2009/08/07

キリンホールディングス-サントリーホールディングスの経営統合に関する考察

1. はじめに
本レポートは2009 年7月13日の報道にあった、キリンホールディングス株式会社とサントリーホールディングス株式会社の経営統合に関する考察をまとめたものとなる。考察のベースとしては、各社が提出した有価証券報告書、関連するIRレポート及び、以前に行った同社の企業価値評価となる。

2. 両社の過去業績について
2.1. 全社としてみた比較
2008年12月期における両社の売上高、営業利益、純利益及び、それぞれの指標における過去5年の成長率(CAGRベース)は以下の通りとなる。過去5年の過去業績を見る限り、両社共に売上高、営業利益、純利益共に成長している事が分かる。

2.2. 各事業別における比較
両社の2008年期における事業構造を事業セグメント別に見てみると以下の表の通りとなり、キリンは酒類事業が、またサントリーは食品事業が主な収益源である事が分かる。この事から、両社が経営統合を行った場合、酒類事業及び、食料・飲料(食品)事業において上手く補完を行う事が出来る可能性があると考える。

また、上記表が示す各企業の収益源となっている事業における、営業利益率及び、事業別資産効率(事業別NOPLAT/事業に属する資産)を見てみると、収益の柱となる事業において、収益の改善、資産効率の改善傾向を見て取ることが出来る。以上の事から、両社共に経営における自らの強みを理解した上で、またそこを強化していくことで収益の向上を目指すという方針であろう。また、過去5年を通して実際に主要事業において経営指標を改善させたという実績は、両企業の経営力の一端を示すものであると考える。

2.3. 所在地別セクターにおける比較
2008年12月期において、両社共に日本における売上、営業利益が全体の7割~8割強を占めており、海外セクターが主要な収益源となっている状況にはない。しかしながら、両社共に売上の成長率(CAGR5年ベース)でみると、日本国内における成長率が3~5%となっている事に対して、アジア・オセニア地域における売上の成長率はキリンで約29%、サントリーでは約12%となっており、他の地域と比べて非常に大きな成長を遂げている事が分かる。そこで、中期的にはアジア・オセニア地域が各企業における成長のバリュードライバーになり、また日本以外の地域における収益の柱になると考える。

3. 企業文化について

両社の企業文化を考える上で大きな鍵となり得るのは、キリンホールディングス株式会社は1921年10月に上場して以来、90年近く上場を続けている会社である一方、サントリーホールディングス株式会社は、非上場同族企業という事であると考える。
キリンホールディングス株式会社における経営陣が所有する同社の株式は、全てを合わせても全体0.1%以下と極少数となる。また外国法人等が所有する同社株式が全体の20%を超えている事もあり、経営陣は内外の株主に対して中期的、長期的な経営方針、経営成績等を積極的に公開する姿勢である事が同社のIRページ等から見て取れる。経営陣が、株主に対して経営責任を果たす必要があると言う状況は、同社の経営陣の姿勢及びそこから波及する企業文化に影響を与えていると考える。
一方、サントリーホールディングス株式会社は、同族経営であり、創業家が90%近くの株式を保有しまた、企業トップは創業家と関わりがある人物となっている。この事は、企業トップ=大株主が経営責任を持つ事となり、これが同社の「やってみなはれ」という合い言葉に繋がると考える。また、同社は文化・社会活動にも熱心であると言われており、これは元社長の佐治敬三氏の影響であるとされる。この、創業家一族が経営に大きな影響を与えていると言う事が、同社の企業文化特徴と考える。

4. 経営統合後の株主構成について

先日行った企業価値評価をベースに両社の企業価値を計算すると、キリンホールディングス株式会社:約1兆196億円、サントリーホールディングス株式会社:約8300億円程度となる。この状態で両社が経営統合したと仮定すると、サントリーホールディングス株式会社の大株主である寿不動産(サントリー創業家)が経営統合後企業の約39% の株式を保有する大株主となる。尚、2009年8月6日現在において、キリンホールディングス株式会社の時価総額は約1兆3950億円となり、上記企業価値と比べて約25%程度割高となるため、実際の保有率はこの割合よりも低くなる可能性もあるが、寿不動産はサントリーホールディングス株式会社の株式を89%所有している事もあり、経営統合後企業における大株主になる事は明らかである。寿不動産が経営統合後企業の1/3を超える株式を保有する場合、サントリー創業家が新企業に対する特別決議の否決権を保有する事になり、経営に大きな影響を与える事になる。
以上の事から、統合比率を決める際の両社の企業価値の測定及び、サントリー創業家(寿不動産)が保有する統合後企業の株式の割合は、経営統合を考える上での大きなポイントになると考える。

5. 海外競合企業との比較
キリンホールディングス株式会社が発表したキリン・グループビジョン2015(KV2015)の資料の中に、海外の食品セクターランキングがある。その中から、キリンホールディングス株式会社、サントリーホールディングス株式会社と直接競合にあたると考えられる、Anheuser-Busch InBev社、SABMiller社、Heineken社の3社を取り出して、直近の営業に関する指標をまとめたテーブルが以下になる。Anheuser-Busch InBev社は、2008年にAnheuser-Busch社をInBev社が買収して社名変更をした事もあり、売上等の規模が他を大きく上回る。また、同社は他4社と比較して営業利益率が特に高いことも特徴となる。また、Heineken社は他3社と比べてやや営業利益率が高いが、それ以外の点については特段大きな差を見ることはない。
キリンホールディングス株式会社とサントリーホールディングス株式会社が経営統合した場合、単純に計算すると新たな企業は売上が約3兆8165億円、営業利益が2249億円となる。これは、Anheuser-Busch InBev社の売上を上回る物の、営業利益については同社を下回る。
6. まとめ
過去業績を分析する限り、キリンホールディングス株式会社、サントリーホールディングス株式会社共に単独の企業としても独自の強みを発揮し、成長をしていく事が出来る経営力を持った会社と判断する事が出来る。その為、今回の経営統合は、どちらか一方がもう一方を救済する様な形の後ろ向きの経営統合ではなく、経営統合する事でさらに大きな成長を遂げる為の経営統合を指向しているといえる。しかしながら、企業文化に関する問題、及び経営統合後の株主構成に関する問題は、経営統合を実現していく上で、また実際に経営統合を行った後の企業経営を考える上での大きな問題になるとも考える。
実際に経営統合が実現するかどうかは未知数であるが、仮に実際に経営統合が実現した場合、両社の経営統合比率(サントリー創業家の持株比率)及び、異なる企業文化の融合、また規模の有利を生かした原価低減、販管費低減等の経営効率が何処まで実現可能になるかが経営統合の成否を左右する大きな鍵になると考える。