2009/09/15

アサヒビール株式会社

1. はじめに
本レポートはアサヒビール株式会社 (証券コード:2502)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年8月下旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。

2. 要旨
株価 1606円(2009年9月11日終値)に対し、理論株価は 1609円となり乖離率は0%となる。同社においては、酒類部門が売上、利益の大部分を占めるが、飲料部門、食料・医薬品部門の売上げが伸びてきており、酒類部門の大幅な成長が見込めない場合、今後の成長の鍵としては上記2部門になると考える。

3. 企業概要
会社名:アサヒビール株式会社(証券コード:2502)
設立:1949年9月
上場:1949年10月東京証券取引所上場
事業概要:酒類事業、飲料事業、食品・薬品事業、その他の事業(麦芽の製造販売、不動産事業等)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
代表取締役会長の池田氏から取締役兼執行役員の長尾氏までが社内から登用された取締役となり、執行役員となっていない取締役の3面が社外取締役となる。また、過去5年における傾向として、代表取締役会長から常務取締役まで年齢順及び入社年度順に並んでいる事が多い。また、経営陣が保有する株数は全株数から見ると非常に少なく、経営陣の持つ議決権が全体に与える影響は殆ど無い。

大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
キリンホールディングス株式会社と同様、社歴及び上場してからの期間が長いこともあり、最大の株主でも議決権の5.11%しか保有せず、上位10大株主の議決権を合わせても31.98%となり、特定の株主の影響を受けにくい構成となっている。

従業員数(連結): 16,357人 (2008年12月31日時点)
過去3期ほど従業員がやや増加傾向にある。事業別では、酒類事業が約45%、飲料事業が約28%、食品・医薬品事業が約9%、その他の事業が約18%となり、酒類事業及び飲料事業で全体の75%近い従業員を占めている。また、年収ラボにおけるランキングによると、2009年において同社の年収は、ビール業界では三位となっている(一位:キリンHD、二位:サントリー)。

・経営理念
同社の経営理念としては、「アサヒビールグループは、最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します」となり、『アサヒビールグループは、「食と健康」の領域においてお客様へ「生涯を通じた喜びと感動」を提供し続けていくことで、成長性溢れる“リーディングカンパニー”となることを目指し、日々、グループをあげて取り組んでおります。』という文章が、トップメッセージとして掲げられている。

4. ビジネスモデル
キリンホールディングスでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、2008年12月期において酒類事業が売上の約半分、利益の70%以上を占める主要な事業となっている。主な事業及び、主要な子会社等は以下の表の通りとなる。

・グループ長期ビジョン
同社では以下に説明するように2007 年2月に第三次中期経営計画を発表している。この発表に際し、同社では『「食と健康」を事業ドメインとして、アジア地域を中心に、お客様へ生涯を通じた喜びと感動を提供し続けることにより、成長性溢れるリーディングカンパニーを目指す』という長期ビジョンを掲げ、この長期ビジョンの達成に向けて以下のような中期経営計画を作成している。

・2007-2009年中期経営計画
2007年2月に発表した2007-2009年中期経営計画によると、中期事業方針における成長シナリオとしては以下の通りとなる。
・『スーパードライ』を中心として、酒類事業におけるアサヒブランドの基盤を整備し、再成長軌道に乗せることにより、安定的かつ長期的なキャッシュフローの創出を図る。
・既存グループ会社の更なる成長に加えて、M&Aで取得した新たな事業基盤との シナジーの追求、積極的な投資の継続により、グループの新たな成長軌道を確立する。

・バリュードライバー
同社の強みとしては、スーパードライというビール業界におけるトップブランドを保有している事にあると考える。また、同社の2008年における決算説明下によると、同年にビールでは初めてシェア50%を突破したとの記述がある。このブランド力及び大きなシェアを保有しているが同社の強みであると考える。

・競合企業の分析
競合企業の分析については、キリンホールディングスにおける競合企業の分析とほぼ重なると考える。

5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。売上、営業利益についてはほぼ横ばい傾向となるものの、純利益については増加傾向にある。また、原価率はやや改善傾向にあるももの、販管費率はやや悪化傾向にある。営業利益率については、販管費率悪化の影響が大きい為に、やや悪化もしくは横ばい傾向となっている。
その他の点としては、自己資本比率が上昇傾向にあるという事があげられる。これは有利子負債の総額はそれほど変化がない一方、資本(利益剰余金)が積み上がっている為となる。また、過去5年を通して流動比率が100%を割っており、常に流動負債の方が流動資産よりも大きい状態となる。この点は、以前分析を行った、キリンホールディングス株式会社、サントリーホールディングス株式会社とは大きく異なる点となる。
また、キャッシュフローの観点から見ると、2008年3月期を除きFCFを稼ぎ出している事が分かる。2008年3月期は「アサヒ飲料株式会社」の子会社化及び「カゴメ株式会社」との資本提携などによる投資CFの支出の為FCFがマイナスとなっている。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)

事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。これによると同社では、酒類部門が売上全体の70%弱、営業利益全体の95%強を占めている事が分かる。また、各部門の営業利益率の観点からも、酒類部門の営業利益率が他の事業と比べて最も高くなっている。また、酒類部門の営業利益率の推移を見ると、2005年12月期より改善傾向を見て取る事が出来、2008年12月期の営業利益は前年に比べて1%以上の大きな改善となっている。
一方、売上、営業利益の成長という観点では、酒類部門の成長はほぼ横ばいもしくはやや下降気味である一方、食品・医薬部門の売上、営業利益が大きく成長している事が分かる。現時点において、同部門は売上全体の5%強、営業利益全体の2%強となっているものの、今後の成長の鍵となり得る部門と考える。
過去5年の推移を見ると、売上全体における酒類部門が占める割合は下落傾向にあり、その分を飲料部門、食品・薬品部門が補っている事が分かる。しかしながら、営業利益全体における酒類部門が占める割合は増加傾向にある。理由としては、酒類部門に次ぐ売上を計上している飲料部門の営業利益率が下落傾向となり、このインパクトが大きい為となる。飲料部門の営業利益率が下落している理由としては、原材料価格の上昇及び、海外部門の不振が挙げられている。

所在地セグメント別の売上、営業利益率について
同社では、全セグメントの売上高及び資産における国内の割合がいずれも90%を超えている事から、所在地別のセグメント情報は公開していない。

資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全社的なROICの推移としては、負債ベース、資産ベース共に2004年12月期から2007年12月期まで下落傾向にあるものの、2008年12月期になって改善している事が分かる。一方、各事業別セグメントについて見ると、酒類部門については全社的な傾向と同じ流れを見て取る事が出来る一歩言う、飲料、食品部門については過去5年を通して下落傾向である事が分かる。これは、同部門における営業利益率も下落傾向である為、それに伴って資本効率も下落しているものと考える。

ROICツリー分析
アサヒビールの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはビール業界大手である、キリンホールディングスと、サッポロホールディングスを選択した。
ROICツリーを見ると、アサヒビールが最も高いROICとなる。これは同社が最も高い営業利益率であり、また投下資本回転率も高い為となる。売上原価率については、サントリー、キリンホールディングスと比べて若干劣るものの、販管費率が上記2社と比べて小さい為に、結果的に最も高い営業利益率となっている。投下資本観点率はサントリーに劣るものの、キリンホールディングス及びサッポロホールディングスと比べて高い。運転資本回転率は、サントリーホールディングス、サントリーホールディングスに劣るものの、固定資産回転率はサントリーホールディングスに次ぐ値となっている。

6. 資本政策の分析
・配当
同社では継続的かつ安定的な配当を基本としつつ、連結配当性向20%を目標としている。また、配当以外にも自己株式の取得も視野に入れた株主還元策の充実化を図るとしている。
過去5年の配当性向の推移を調べると、2004年12月期に24%となっているものの、それ以降は20%近くの安定した配当性向となっている・

・自社株買い
 上記で述べたように、同社では配当及び自社株買いのセットにて株主還元策を考えている。過去5年においては、2007年12月期を除き自社株買いを実施しており、金額としては2004年12月期において70億円弱ほど、2008年12月期においては150億円弱分の自社株買いを行っている。同社では、(配当総額+自社株取得額)/当期利益率=総還元性向という値を用いており、これによると2007年12月期を除き、過去5年の総還元性向は50%前後となっている。また、過去の推移を見る限り、配当については安定的に行い、自社株買いを機動的に行う事で、総還元性向を調整しているように見える。

・資金調達
同社の決算説明会時における質疑応答によると、2009年12月期においてD/Eレシオが0.7倍近くになるものの、新規のエクイティファイナンスは考えてはおらず、優良な投資案件によっては、D/Eレシオ1.2倍くらいまでは借入れする可能性が述べられている。

7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%とする。
有利子負債コスト:同社の社債明細は、個別の社債の情報が表示されていない。その為、有利子負債コストについては、2008年12月期の有利子負債残高とキャッシュフロー計算書の支払利息額から計算した。その結果、有利子負債コストは1.76%となった。
WACC:時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは7.46%となる

・売上高
2009年の売上高予想は同社発表を用いた。またその後の予測については以下のシナリオに従うとした。
酒類事業:今期は-1%の成長を予想とし、その後は0.5%程度の成長が続くと仮定する。

飲料・食品事業:今期の売上げは3%成長とし、その後は2014年まで5%程度の成長を予測する。その後は緩やかに成長が減退すると仮定する。

医薬事業:今期は19%の成長とし、その後は2011年まで15%程度の高成長を予想する。その後は、成長速度が減退し、2018年頃は10%程度の成長とする。

その他の事業:今期は86%の成長を予想しているが、来期以降については予想が難しい為、保守的に見積もり0%成長とする。

・営業費用(売上原価・販管費)
過去5年の経緯を見ると、売上原価は減少傾向にある事から、原価低減の努力が行われている事が予想される。一方、原材料費高騰の可能性も考慮し、売上原価は66~65%程度で推移すると仮定する。
販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の60%が変動費になると仮定したまた、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。

・減価償却費
過去の推移から判断して、売上高の3%~3.5%程度の減価償却を行うと仮定する。

・設備投資
IR資料等の情報から、2009年から2011年に掛けて設備投資及び事業投資を含めて3000億円程度の投資を行うと仮定する。その後は投資が一巡するとし、年間500億円程度の設備投資になると仮定した。

・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。

・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。

・実効税率
有価証券報告書における実効税率の計算から、46.1%と仮定した。

8. バリュエーション 
2009年9月11日の株価1606円
上記各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1609円 乖離+0%

9. IR関連
同社のIRサイトには中期経営計画、決算短信、決算説明会資料、有価証券報告書、ビール類の月次販売データなどの各種財務情報・資料がダウンロード可能となっており充実していると言える。また、財務諸表の約20年分に及ぶ時系列データがエクセル形式にて公開されており非常に便利である。この事から同社における基本的な情報は、IRサイトから参照可能となっており、IRサイトとしては充実していると考える。

10. まとめ
株価 1606円(2009年9月11日終値)に対し、理論株価は 1609円となりほぼフェアバリューとなった。今回のバリュエーションにおいて、成長のドライバーとしては飲料・食品部門及び薬品部門にあるとした。両部門は過去の経緯を見ると、現時点の主事業たる酒類部門に比べて高い成長を遂げている。また、2009年における同社の見通してとしても、酒類部門はマイナス成長を予測しているにもかかわらず、飲料・食品部門は3%、薬品部門については19%と高い成長を見込んでいる。一方、これらの部門については、酒類部門と比べて営業利益率と資本効率が低いという事が指摘できる。よって、売上の増加と共に、営業利益率、資本効率をどのように向上していくかという事が今後の課題になると考える。
また、同社では日本における売上及び資産が全体の90%を超える為、地域別セグメントについての情報が開示されていない。これがキリンホールディングス、サントリーホールディングスと大きく異なる点である。よって海外進出という点においては上記2社よりも後手を拝している現状となる。同社では中国、韓国、オーストラリアへの投資を行っており、これらの展開も、同社における今後の成長の鍵になると考える。