2009/07/20

キリンホールディングス株式会社(2503)

1. はじめに
本レポートはキリンホールディングス株式会社 (証券コード:2503)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
尚、キリンホールディングスとサントリーホールディングスは2009 年7月13日の報道により経営統合への交渉が始まったとあるが、本レポートにおいては経営統合の影響は織り込まず、キリンホールディングスが単独で事業を行った場合を想定する。

2. 要旨
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。同社では2006年より量的拡大に向けた投資を行い、売上及び総資産額を大きく伸びている。今後は、量的拡大から質的拡大を如何に充実させていくかという事が課題になると考える。

3. 企業概要
会社名:キリンホールディングス株式会社(証券コード:2503)
設立:1907年2月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:キリンホールディングスは純粋持ち株会社として、グループ戦略の策定、系などを行う。グループの事業としては酒類事業、飲料・食品事業、医薬事業、その他の事業(バイオ関連)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
略歴を見る限り、代表取締役(社長、副社長)及び常務取締役までが同社における生え抜きとなり、松田氏は協和発酵がキリングループの傘下入りした事による取締役就任、また岸氏、弦間氏は社外取締役と思われる。代表取締役社長の加藤氏から、常務取締役末席の大和田までの略歴を調べると、入社年度及び年齢順に並んでいる事が分かる。また、過去5年程の役員の状況を調べる限り、副社長において幾つか例外があるものの、全般的に社長から常務取締役末席まで、入社年度及び年齢順に並んでいるように見える。

大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
社歴として100年以上ある事もあり、大株主としては、信託銀行企業及びその他の企業で占められている。また、上位10株主の議決権を合わせても31.09%となっており、特定の会社等の影響を受けにくい株主構成であると考える。

従業員数(連結):36,554人 (2008年12月31日時点)
2007 年7月に麒麟麦酒からキリンホールディングスへの持株会社へ移行しているため、2007年12月期から単体における従業員数が激減している。また事業別従業員数は、酒類及び飲料・食料セグメントがそれぞれ約35%の人員を占め、医薬事業が約12%を占めている。尚、年収ラボの企業情報によると、2007年において同社はビール業界においては最も高い平均給与となっている。但し、2007年はすでに持株会社移行後になっており、純粋持株会社であるキリンホールディングスには、グループ内において比較的給与水準の高い社員が集まった結果という可能性もある。

・経営理念
「おいしさを笑顔にKIRIN」をキャッチフレーズに、「自然と人を見つめるものづくりで、「食と健康」の新たな喜びを広げていく」という事を経営理念として掲げている。

4. ビジネスモデル
キリンホールディングスでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、2008年12月期において酒類事業が売上の約半分、利益の70%以上を占める主要な事業となっている。主な事業及び、主要な子会社等は以下の表の通りとなる。

・キリングループ長期経営構想(KV2015)
キリンホールディングスは2006年5月に、「キリン・グループ・ビジョン2015」と名付けた長期経営構想を発表している。この長期経営構想のなかで、2015年における連結到達目標としては、以下のような目標を掲げている。

上記の目標を達成する為には、飛躍的な成長が必要であることから、その為の成長シナリオとして以下の3つを挙げている。
・酒類、飲料市場全体を視野に入れた、総合飲料グループ戦略の推進
・国際化の推進(アジア・オセニアでのリーディングカンパニーを目指し、拡大重点エリアとする)
・酒類、飲料、医薬に次ぐ健康・機能性食品事業の推進


・2007-2009年中期経営計画
2006年12月に2007-2009年中期経営計画を発表しているが、外部環境に変化等に対応する為、2008年8月に修正中期経営計画を発表している。中期経営計画の基本方針としては、「基盤事業強化と飛躍的な成長の実現」「企業価値の最大化に向けた財務戦略」「新グループ経営体制による運営」「KIRINブランドの価値向上とキリングループCSRの確立と実践」という4つを掲げている。
また、修正中期経営計画における強化ポイントとしては以下の3点となる。
・「事業会社の自律的成長」⇒綜合飲料グループ戦略推進に向けた事業構造改革
・「グループ内シナジーによる成長」⇒機能強化のためのグループ組織体制の改善
・「大胆な資源配分による成長」⇒次期中計とあわせ総額3,000億円規模の事業投資
2007-2009年中期経営計画における定量的な目標としては以下の通りとなる。

・バリュードライバー
同社の強みとしては、ビール、清涼飲料業界の大手としての規模を生かし、シナジー効果や積極的なM&A等で売上を伸ばす一方、過去業績分析で述べるように、事業の柱となる酒類事業において売上を伸ばしつつも営業利益率、資本効率を高める事が出来る経営力に強みがあると考える。

・競合企業の分析
日本におけるビール業界の競合としては、アサヒビール、サントリーホールディングス、サッポロホールディングスがある。また、長期経営構想発表時の資料によると、世界の食品セクターランキングにおいて、キリンホールディングスは24番目にランクしており、ビール関連企業の中では上位6番目となる。売上が上位の会社としては、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社、ハイネケンインターナショナル社、ペプシボトリンググループ社、SABミラー社となる。以上の事から、日本ではビール業界において最も大きな規模ではあるが、世界的に見みるとそれほど大きな規模とは言えない。


5. 過去業績分析

過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。2006年から2007年に掛けて売上が8%伸びているが、これは主にメルシャン(株)の連結等によるものとなる。また、2007年から2008年に掛けては売上が28%近くの伸びとなるが、これは主に豪州ナショナルフーズ社及び協和発酵キリン(株)の連結によるものとなる。これらの連結に伴って、営業利益及び純利益につても絶対額では増えているものの、営業利益率は2006年からやや下落気味である。販管費率は下がっているものの、原価率上昇のインパクトの方が大きかった為となる。
また、2006年から2008年にかけて総資産額が大きく伸びている一方、自己資本比率が2006年の50.6%から2008年の35.4%へ減少傾向となっており、2008年におけるD/E比率は0.72となっている。これは近年の成長戦略に要する事業投資資金として主に負債を用いてきた為となる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)

事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。全体の傾向としては、酒類が全体の6割~5割強の売上を挙げ、全体の7割強の利益を酒類が生み出している。売上の成長率では、飲料・食品及び医薬事業の成長が大きいが、これは近年の企業吸収による影響となる。
営業利益の成長という観点では、飲料・食品事業を除いて各事業とも10%~20%の成長をしている。飲料・食品事業については、営業利益が減少傾向であり、2008年12月期においては営業利益が50%以上減少している。この理由としては、原材料の高騰・消費の低迷及び豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却という理由が説明されている。
営業利益率の推移を見ると、医薬事業の営業利益率が他の事業に比べて非常に高い事が特徴となる。また、酒類事業の営業利益が過去5年を通して上昇傾向にある事もポイントの一つであり、これは酒類事業が良くマネージメントされている事を表していると考える。全体の営業利益が低下している原因としては、飲料・食品事業における営業利益率の低下が原因となっている。

所在地セグメント別の売上、営業利益率について
所在地別セグメントを見ると、日本における売上が全体の70%~80%を占めているものの、全体の傾向としては、日本における売上の割合は減少傾向にある。その部分を埋める形としてアジア・オセニアからの売上が伸びており直近の数字で20%弱を占める。また、売上の成長率をみても、アジア・オセニアの売上が他の地域に比べて高い成長をしている。
営業利益率を見ると、日本での営業利益率は横ばいながら、アジア・オセニア地域の営業利益率が過去数年高い事が分かる。また、その他の地域(欧州・アメリカ)での営業利益率についても過去5年を通して上昇傾向である。2008年12月期において、アジア・オセニア地域の営業利益率が大幅に減少している理由としては、事業別セグメントでもあったとおり、豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却の影響と考える。所在地別セグメントの売上成長から考えるに、同社の成長に対するドライバーとしては、アジア・オセニア地域での売上拡大になると考える。

資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別、地域別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全社的なROICの推移としては、横ばいもしくはやや下落傾向となっている。一方、事業別セグメントにおける資本効率を見ると、酒類における資本効率が上昇している。酒類事業は、営業利益率も過去を通して上昇傾向であることを合わせると、この事業に対する経営効率が年を追う毎に改善されている事を表していると考える。一方、飲料・食品事業及び医薬事業における資本効率は下落傾向にある。これは、企業の合併等により、資産が増えているものの、資産の増加割合に比べて営業利益の増加割合が低いという事を示すものである。ただし、企業合併等に絡むのれん代、ブランド代等の償却が進むにつれて、これらの事業における資産効率が上昇する可能性もあると考える。地域別セグメントの観点から見た場合の資本効率については、特に大きな特徴となる点は見受けられないように見える。

ROICツリー分析
キリンホールディングスの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはビール業界大手である、アサヒビールと、サッポロホールディングスを選択した。尚、2009年7月13日において、キリンホールディングスの時価総額は、約1兆3596億円、アサヒビールは約6731億円、サントリーホールディングスは約2115億円となる。
ROICツリーを見ると、アサヒビールが最も高いROICとなる。これは同社が最も高い営業利益率であり、また投下資本回転率も高い為となる。キリンホールディングスは、原価率において最も低くい値となっている一方、販管費率が最も高い値となる。投下資本回転率については、運転資本回転率、固定資産回転率共にアサヒビールより低い値となる。尚、サッポロホールディングスは、NOPLAT対売上比及び、投下資本回転率の両方において最も低い値となっている。

6. 資本政策の分析
・配当
2007-2009年における中期経営計画において、連結配当性向30%以上という値を目標値としている。2008年12月期の配当性向としては、27.4%となる。尚、余談ながら同社では1907年の創業以来、毎期欠かさず配当を行っている。

・自社株買い
2008年12月31日現在において、30,157,000株(発行済み株式の約3.06 %)の自己株式を所有している。株式の取得状況としては2005年に取締役会決議による自己株式を取得している。その後は、単元未満株主の買い取り請求等による自己株式の取得があるものの、株主総会、取締役会決議による自己株式の取得は行われていない。

・資金調達
2009年2月発表の事業方針によると、格付けに注視しつつも今後も成長戦略への事業投資資金は負債及び保有資産の流動化にて調達する予定としている。また、長期的にはD/E比率は0.5を目安としつつも、成長の為に一時的に1.0程度までは許容する方針となっている。

7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:ここ3年ほど有利子負債を増やして自己資本比率、D/E比率が下がっている点は株式コストの上昇要因になりえる一方、同社のIRは非常に充実しており同社に対するリスク認識低減に非常に役立っていると考える。両方の要素を考慮し、自分勝手割引率として10%とする。

有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率3.44%となる。キリンホールディングスが発行している社債の利率は約1%台程度であるものの、在外子会社であるLION NATHAN LTD.が発行している社債の利率が3%~8%台とキリンホールディングスが発行している社債に比べて割高になっている。これが連結で見た場合の有利子負債の上昇要因となる。

WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは7.40%となる

・売上高
2009年の売上高予想は同社発表を用いた。またその後の予測については以下のシナリオに従うとした。尚、今回の予測においては、KV2015の売上げ達成はやや厳しい見込みとした。
酒類事業:足下の業績は、景気減速の影響を受けて悪化するものの、2010年以降より回復に向かうと仮定。長期的には、アジア・オセニア地域における成長が酒類事業の成長を引き上げるとし、2%~3%程度の成長と仮定した。

飲料・食品事業:酒類事業同様、飲料・食品事業についても、日本では低成長になるものの、アジア・オセニア地域の成長が事業全体の成長を引き上げるとし、会社予想の3%程度の成長が続くと仮定する。

医薬品事業:協和発酵キリンにおけるシナジー効果等が発揮されるとし、今後数年にわたって高い成長率15%~10%になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。

その他の事業:医薬品事業同様に、医薬・健康食品市場向けアミノ酸等を中心に今後数年にわたって高い10%程度の高い成長率になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。

・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価は、原価低減の努力等は行われるが、原材料費の高騰等の可能性を考慮し、今までよりもやや高めの61%程度で推移すると仮定する。
販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の70%が変動費になると仮定した。また、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。
結果として、2015年における営業利益率は7.2%となりKV2015における目標値である営業利益率10%以上の達成は厳しいと予測した。

・減価償却費
2007,2008年の各種投資における減価償却、のれん償却等が発生する事で、今後しばらくは1200億円程度の減価償却を行うと仮定する。

・設備投資
IR資料等の情報から、2009年から2011年に掛けて設備投資及び事業投資を含めて3000億円程度の投資を行うと仮定する。その後は投資が一巡するとし、年間500億円程度の設備投資になると仮定した。

・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。

・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。

・実効税率
40%と仮定した。

8. バリュエーション 
2009年7月17日の株価1387円
上記書くシナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1036円 乖離-25%

9. IR関連
同社のIRサイトには、長期経営計画、中期経営計画、単年度事業方針を説明した資料に始まり、決算短信、決算説明会資料、有価証券報告書などの各種財務情報・資料がダウンロード可能となっており非常に充実している。また、資料の中身においても、長期経営構想や中期経営計画の具体的な説明等まで含まれており、投資家及び関係者に対して自社の方針をきちんと説明しようとする姿勢が感じる事が出来る。IR部門の目的は資本コストを下げる事という観点に立つと、中長期方針の説明から、事業毎に翌来の売上高及び営業利益の予想及びその理由等まで開示してあり、投資家が自ら同社に対する投資方針を決める際に非常に役立つ情報となっている。以上の事から、同社のIR部門の質は非常に高いと考える。

10. まとめ
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。キリンホールディングスでは2006年に発表した「キリン・グループ・ビジョン2015(KV2015)」に基づき、2015年における売上3兆円(酒税込み)、営業利益率(酒税抜き)10%以上を目指す為に、同年から売上の拡大を目指して、積極的にM&A等を行っている。これにより、2006年から2009年に掛けて売上及び資産総額が大きく伸びている。
2009年のキリングループ事業方針によると、今後の時期中期経営計画にむけて3000億円程度の成長投資を予定しているとある一方、今後の課題として、量的拡大から質的拡大というテーマを掲げている。具体的には、規模の優位の活用、シナジー、効率性、人事交流及び基盤効率重視から利益創出重視への投資戦略のシフトという点が挙げられている。この質的拡大は、同社における今後のテーマになると考える。また、投資資金の調達として、有利子負債の他に資産の流動化によるキャッシュ捻出も計画されている。資産流動化による資金調達は、全社的にみて資産効率の上昇に繋がると考える。
過去業績分析から判断するに、主に酒類事業において売上を拡大しつつも営業利益率及び、事業別資産効率が向上している事から、同事業における経営効率改善が上手くいっていると考える事が出来る。質的拡大にむけて、酒類事業にみられるような経営効率の改善をグループ全体にどのように広げていくかという事が、課題の一つとなる。
バリュエーションにおいて、理論株価に大きな影響をもつ要素としては、売上、原価率、設備投資となる(ここでの設備投資は、事業投資の額を含む)。特に2006,2007年と、規模拡大に向けて、営業CFを上回る額の投資CFを支出している。そこで、今後はこれらの投資CFを如何にして売上及び営業CFに結びつけるかという点に注目するべきと考える。
今回のバリュエーションでは、KV2015の目標達成は売上高、営業利益率共にやや厳しいという見立ての元の結果であるが、今後の売上拡大及び、グループ全体における経営効率の改善による営業利益率の向上次第によって、理論株価も上がっていくことになる。

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