シェル エネルギーシナリオ 2050 (その1)の続きです。
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3 Blueprint (青写真)
Blueprint - overview at glance (ブループリントにおける概要)
ブループリントシナリオでは、利害による新たな連携に関するダイナミクスについて述べる。これらのダイナミクスは、統一した目的について反映させる必要はなく、供給サイドの懸念、環境に関する利害、および関連した起業チャンスの組み合わせにより形成される。ライフスタイルや経済的発展についての懸念がある世界では、先進国、発展途上国ともに行動を促すような新たな連立が形成される。この事により世界は、供給、需要および環境圧力について同時に対応出来る為の状況が出来上がり、これらの問題について迅速に対応するようになる。
これは世界的な他利主義によって行われた訳では無い。最初は、地域に根付いた個人がイニシアチブを取るようになる。これらの運動は次第に政府と結びつき、ばらばらであった各基準について調和をとれた形にするように促す力となり、また、生まれつつある政治的イニシアチブを活用できるようになる。実際、継ぎはぎ状態となっている様々な政策の現状が、ビジネス側から見ると明瞭な政策を求めるためのロビー活動を行う切掛けとなる。
その結果、マーケット主導による有効的な需要サイドの効率性についての基準はより素早く出来上がり、マーケット主導のCO2のマネージメント手法が広がる。CO2取引市場もより効率的になり、CO2価格はより早い段階で高くなる。エネルギー効率化に関する改善と、電気自動車の大衆化が加速される。大気中におけるCO2濃度の成長率は、環境に対してより継続性のある行動等により抑えられる事となる。
3.1 Starting at the grassroots (草の根運動からの始まり)
国際団体がどのような環境政策であるべきか、またどの政策が現実可能であるか議論したり、多くの国々がエネルギー安全保障について懸念を持っている間にも、行動を起こす為に新しい連携が生まれる。異なる産業に属する企業が、エネルギーに関する共通の利害の元に集まるようになる。街や地域に基づいたその他の連合では、自らの運命を自らの手で治めるようになり、自らのエネルギーの将来についてのブループリントを作るようになる。個人は、難しいエネルギー問題に対して効率的に責任を政府以外の幅広い機関に対して委任するようになる。成功に対する報酬は、キャッシュ、投票、正当性といった物となる。
そのプロセスは最初ゆっくりとしたものであり、2歩進んで1歩戻るようなものである。初期の頃は理性的というよりは政治的な日和見主義的な状態である。多くの団体は新しい政策に対する回避策、弱体化、抜け道等を探し、代替エネルギーに対するインセンティブを設けようとする。規制の見通しが不確実である事は、新たな開発に対する妨げになる場合もある。しかしながら、成功したベンチャー企業も生まれ、停滞したプロセスは、風力、太陽発電といったよりクリーンなエネルギー開発へ大きく結びつく。
消費者や投資家が、変化は痛みを伴う必要があるわけではなく、むしろ魅力的だと理解するにつれ、変化に対する恐怖は和らぎ、より大きな政治的行動も可能なようになる。エネルギーやCO2に関連した税制、インセンティブは、より早い時期に行動に移される。その結果、ブループリントシナリオにおいても、大きな変化と政治的な混乱があるものの、世界経済は強いままとなり、より少ないエネルギー消費へと重要な変化をしていく。
21世紀の初頭において、世界における先進的な都市では、効率的なインフラ開発、渋滞の対応、統合された暖房・エネルギー供給に関する優れた実践方法について共有される。幾つかの国々においては、自らの必要性とエネルギーの効率性の為に、グリーンエネルギーへ投資を行う。最初は、大気や水道の質が低下した事による抗議といった危機に対する自覚がこうした変化を引き起こす。より透明性が増した世界においては、知名度の高い地元の関係者がすぐに全国的に影響力を持つようになる。個人によるイニシアチブの成功が、市長、地方自治体に対する信任状となり、国家・国際レベルにおいてもそのトレンドを追いかけるようになる。国家および地方における努力は、お互いに協力するように、またそのことがお互いの努力を増幅するように働き、この徐々に国際的議論の性質を変えていくようになる。
人々の認識は、継続的な経済発展が環境変化に結びつくというジレンマに向かうようになる。経済向上に対する追求と平行して、大気の質や地域環境に対する懸念 - 気候変動や環境に優しい企業家精神という事ではなく- が中国、インド、インドネシアといった国々の行動を最初は推し進める。しかしながら徐々に人々は、水不足や沿岸地域の天候といった、不規則な天気の振る舞いと広い意味での気候変動との意味合いを結びつけるようになる。さらに、途上国における成功した地域では、2012年に期限が切れる京都議定書に置き換わる新たな国際条約のクリーン開発条項により開発が可能になった、新たな環境に対して配慮した設備開発に対する投資を呼び込む事で、経済を刺激する。これらの動きは先進国において、よりコストがかかる自国へのプロジェクトの代替として、途上国における排出量削減プロジェクトに対する投資を可能にする。
ブループリントシナリオにおいて、これらの事を可能にする要素は、炭酸ガス排出に関する取引枠組みに基づいたCO2に対する価格付けメカニズムの導入である。この枠組みはEUで始まっており、徐々に米国、後に中国でも導入されるようになる。この取引の仕組みは、クリーン代替手段、再生可能エネルギー、炭酸ガス捕獲、保存技術等を開発する産業周辺に活気を与える。さらに炭酸ガスに対する与信は、特に再生可能エネルギーを開発する者に対する売り上げ増に繋がり、投資に対する不確実性を減らすようになる。
3.2 Paths to alignment (連携への道筋)
国際的な枠組みへの参加者が十分なほどに増えたのは、他利主義が広がった事に支えられたわけではない。むしろ、地域的、国家レベルで始まった新たなイニシアチブが、一部は多国籍企業からの圧力もあるが、より広い変化の為の動機となる。企業は、地域、国家レベルにおける継ぎ接ぎだらけの規制の結果である非効率で不明確な状態を避ける為に、明確で調和の取れた規制について強力に議論を進める。
米国政府は一般および産業の両方からの圧力に対応し、新たな3つのイニシアチブにも基づくエネルギー効率化に向けて重要なステップを踏み出す。それは、石油販売において採掘から自動車走行に至までの炭酸ガス評価、米国平均燃料経済(the U.S. Corporate Average Fuel Economy (CAFE) standards)における基準を徐々に上げていく事 - これは自動車の最低燃費基準を定めており、これを2020年までに欧州における2007年レベルにする、燃費の悪い車に対して課税をする事でより燃費の良い車への購入を促す、という事から成り立つ。一方欧州では、すでに重要な意味を持つ燃料税を追加するのではなく、むしろ排出量の非常に大きな削減の為にCO2排出量に対してより厳しい制限をかける。
中国、インド政府は国内、経済成長を支えかつ、気候変動、エネルギー効率に関する懸念による国外からの激しい政治的圧力の間でバランスをとる事を試みる。国際的な枠組みに参加する見返りとして、両国は環境技術の移転やエネルギー効率に関する投資を促進させる為の合意を取り付ける。両国はさらに、排出量上限に関する国際的オークションから得られた収入の大部分が、割り当て量に比例して各国が受け取れる事を確約させる。その背景では、参加国はこのような同意が究極的には、中国とインドが国際市場や投資に関連してよりオープンになっていく事を通じて、全参加国にとって利益になると予想している。
このような開発により、米国、中国、インド、日本、欧州の間でCO2管理は連携が取れたものとなる。2012年より、意味を成すには十分な数の国が排出量取引の枠組みへ参加するようになり、新たなエネルギー技術へのイノベーションおよび投資が刺激され、2020年以降におけるCO2捕獲、地下への貯蔵技術への道のりが開かれる。
3.3 Developments benefit the energy poor (開発はエネルギー欠乏国にも利益)
ブループリントシナリオでは、乱立しつつも初期の開発イノベーション及び、草の根活動により証明された実践方法の適用は、低所得国にも利益となる。最初、この動きは石油市場のダイナミクスにより支えられる。OPECは石油価格を抑える為に生産を増やし、よりコストのかかる代替物の開発を遅らせる。風力、太陽発電からの送電に関する成長が加速した事による利益も生まれるようになる。新しい風力発電用タービンや、より低価格のソーラーパネルは簡単に地方に輸出されるようになり、比較的短い間に多くのアフリカ諸国における地方では、より深く、清潔な地下水を汲み上げる為のエネルギーや今後の開発に必要なエネルギーが風力、太陽エネルギーにて賄われるようになる。インドは風力発電に重視して投資を行う一方、中国では新しいソーラー発電に関するパイオニアとなる。そしてこれらの風力および、特に太陽発電に関するテクノロジーは、西側諸国に再輸出される。
各国政府はゼロエミッションカーを重要視するようになり、大量生産の為の財政的支援を行い、今までにない風力、太陽エネルギーの拡大がバッテリー、燃料電池、ハイブリッド技術等を用いた電気自動車市場を活性化させる。電気自動車市場の拡大は、これがなければ衝撃的であったであろう、石油生産の伸びの低下を衝撃無しに各国が受け止められる事を可能にした。ブループリントシナリオでは、エンドユーザが用いるよりエネルギー効率的な電気機器や、その結果による主エネルギー需要の緩やかな伸びがエネルギーの低価格化へと結びつき、これにより以前はエネルギー不足に悩んでいた国が、生活水準の上昇を加速させる事を可能とする。
3.4 Both disaggregation and integration (分解と統合)
2050年において、ブループリントシナリオにおける一つの目に付く革命的な変化は、経済成長はもはや化石燃料の使用量増加に依存しなくなるという事である。これは、世界は分子ではなく電子の世界へ移行する事を意味する。政府によるインセンティブ付けにより大量生産された事によってコストが下がった事と、消費者に対する魅力から、電気自動車は輸送セクターにおける標準へとなる。再生可能エネルギーによる発電は急速に成長し、一方で石炭、ガスによる発電は厳しい炭酸ガス排除テクノロジーを用いる事を求められる。先進国では、OECD諸国のにおける石炭、ガス発電所の90%が、非OECD諸国では50%がCCS(Carbon Capture and Storage:炭酸ガスの確保および保存)テクノロジーの備え付けるようになる。これによりCCS設備がない事と比べて、CO2排出量は全体的に15-20%削減されるようになる。新しい、ファイナンス、保険、トレード市場が生まれ、それらは新しいインフラ設備を建設する為の財務手段の助けとなる。これらの再生可能エネルギーの出現により、ヨーロッパにおける化石燃料の欠乏はもはや不利な事ではなくなる。人口縮小にもかかわらず、また厳しい効率基準を満たす為に早い時期に資本ストックが置き換えられた事により、再生可能エネルギーは経済的となる。
ブループリントシナリオでは、次なるより意味深い変化が政治レベルで起こる。すなわち、国家政策レベル、その実施を引き受けるその下位のレベル、そして国際レベルにおける相乗効果が生まれる。詳細については国々、国際的組織によって異なるものの、環境、世界経済の状態、およびエネルギー保障に関した懸念については、何が上手くいき、何が上手くいかなかったという点についての同意が形成される。これにより、全体像に基づいた行動を取る事が今までに無く可能となる。政治的分断を乗り越えて、起こりそうのないパートナーシップが生まれるようになる。世界の色々な都市が経験を共有し、より広いパートナーシップを形成する。先進都市のグループであるC-40は、その年の数を増やしつつ、都市開発における最も良い方法論を確かめ、さらには農村部においても古いテクノロジーの廃棄場になる事を恐れる事もあり、その連合に参加するようになる。
国境を越えた協力体制はイノベーションのスピードを加速させる。地方、国、国際レベルにおける規制がより統合された事により、新しいテクノロジーはより早く競争力を持つようになり、より簡単にグローバルに展開されるようになる。
ロシアや中東諸国は戦略的利益を考え、自らが使用する為および、化石燃料をより利益の出る輸出に振り向け自国内での使用を減らす為に代替エネルギーを開発する。そしてこれらの事が重要な役割を果たす。他の国々では石炭の開発が続くが、よりクリーンな石炭技術やCCSへの対応を行う。特にOECD諸国における石炭輸出国は、輸出に関連するCO2排出枠が必要となり、このことが炭酸ガス排出を管理する枠組みについての研究を促進させる。このことは、継続可能な大気濃度になるようにCO2排出量を減らす事に役立つ。
新たな企業-政府間における協力体制により促進される多国籍企業によるR&D費、より透明性が高く信頼性が置けるエネルギー統計、効率的な炭酸ガス価格決定、予測可能な規制、これらにより投資における不確実性は取り除かれる。これにより、起業家、投資家によるR&Dへの投資を活気づけ、イノベーションがさらに早くマーケットに届くようになる。
これにより経済発展は安定し、グローバル経済はより統合された世界になる。草の根からの圧力と、ブループリントシナリオを形作るより大きな透明性が、民主政府、独裁政府の両方にとってより説明責任を果たすような圧力となる役割をはたす。幾つかのケースでは、このことが秩序立った変化を促進する。しかしながら、このシナリオにおける加速したテクノロジーおよび規制の変化は追加的なストレスとなり、より硬直した社会や政府にとって変化への対応を難しくする。都市と農村部間における緊張は増し、幾つかの国、特に貧しい国では、劇的な政権交代が起きる。賢く行動をまたは投資を行わない限り、 輸出と売上が減少する事でこのような事は豊かなエネルギー輸出国においても起こりえる。これは、起きつつあるより広い分散された、政治的な混乱と相まって、グローバルに連携をとるような世界である。しかしこの混乱は、徐々にグローバルエネルギーシステムに対してのインパクは減少していく。
3.5 Blueprints for climate change response (ブループリントシナリオにおける気候変化への対応)
気候変化に関する懸念について如何に対応するかという点についての合意は、政治的リーダーが奇跡的いその行動を変えた事によって起こるのではない。これは、草の根からの価値観が、メディアや国際的な圧力団体を通して政治的な検討課題にまで達した事を反映している。またこれは、規制の明確化と一貫性を求める産業からの圧力にも支えられている。このような圧力は、国際的な枠組みによるエネルギー安全保障のマネジメントに関する懸念についての打開策を、気候変動の緩和、対応策と同時に見いだす結果となる。2012年の京都議定書の失効後、地方および都市間の枠組みから、意味のある国際的な炭酸ガス取引の仕組みが、強力な検証および認証の仕組みを持って生まれる。一貫した米国の政策は、テクノロジーへの投資をサポートし、その開発は効果的な変化に対する突破口という目に見える形で報われる。より信頼のおけるエネルギー統計と、より確かな情報に基づく市場分析は炭酸ガス取引の先物市場においてより明確かつ長期的な価格シグナルとなる。これらの枠組みにより、市場はCO2排出の割り当てが厳しくなると予想し、そしてその対策案を練る。
2055年には、米国と欧州は今日に比べて一人当たりのエネルギー使用量が33%ほど少なくなる。中国におけるエネルギー使用量もピークを越える。インドでは未だにエネルギー使用量が増えているものの、比較的発展が遅れていた事から、インドはよりエネルギー消費が少ないまま国として発展していく為の手法等を多く持つ事となる。政治的、官僚的に、エネルギー政策を調和がとれたものにする為の努力は難しいながら行われ、また大きな先行投資が必要となる。しかし、ブループリントシナリオでは、変化に必要な数の国、人々がエネルギー安全保障だけではなくて、継続可能な未来について約束するリーダーをサポートする。初期のプランが、不確実性を取り除き、そして長期的な前進への準備となった。
Concluding remarks
スクランブル、ブループリントシナリオ共に、エネルギー供給、需要、テクノロジーに関する詳細分析に基づいている。もちろん、シナリオにおけるすべてを短い概略に治める事は出来ないが、私たちはこの資料によりシェルにおける最新のエネルギーシナリオと、これから直面する選択肢とその意味合いを伝える事が出来ると信じている。
両方のシナリオともに喜ばしいものではないが、これらは我々が直面している厳しい真実から予想されたものである。両方共に、経済成長の成功とそれに伴うグローバリゼーションについて描いているが、同時に地政学的な混乱を導きかねない分岐点についても描いている。これらのシナリオでは、将来の世代に対して、良いものと混乱するもの、異なる遺産を共に作り出している。しかしながら、これらは合わせて、グローバルエネルギーシステムにおいて革命的な変化を迎える現在の可能性、限界、チャンス、混乱をも描いている。
幾人かの読者は、片方のシナリオが他方よりも好ましいと思ったり、またはもっともらしいと感じるかもしれない。これは、読者がそれぞれの持つ経験や興味からシナリオを判断する為であり驚く事ではない。実際、我々はこれらのシナリオを地球上の異なるバックグラウンドを持つ人々や専門家と共に議論し、作り上げてきた事もあり、この二つのストーリについて殆ど全ての反応の組み合わせを得ている。これにより我々は両方ともに現実的であり、かつチャレンジングであると確信している。
これらのストーリをより深く知る為に、我々は幾つかの質問事項を頭に抱きつつレビューする事を勧める。質問事項としては、「どのような節目、イベントが特に我々に影響を及ぼすのか?」「私たちの環境に影響を及ぼすにはどの要素が最も意味があるか?また、それにどう対応するか?」「次の5年、迎えつつある混乱に対応する為に私たちがするべき事は何か?」といったものである。
我々は読者と我々の考えを共有できて喜ばしい。我々は共に次の50年、TANIAを迎えるようになる。迎えつつあるチャレンジに対して理想的な解決策が無いが、我々は多くの難しい問いに対して答えを出さなければならない。明日の世界の複雑なダイナミクスをより明確に理解する事で、我々は避ける事の出来ない混乱をより明確に進む事が出来るであろう。我々はこのシナリオが読者に対して何らかの役に立つ事を望む。
Jeremy B. Bentham
Shell International B.V.
2010/04/06
2010/04/04
シェル エネルギーシナリオ 2050 (その1)
石油会社のシェルはLooking aheadという形で数年ごとにエネルギーという視点からシナリオプランニングを行っており、最新のシナリオでは2050年までのエネルギー環境を描いている。
このシナリオを知る事が、企業価値評価において直接役に立つかどうかは分からないけれども、シェルというエネルギーメジャーがこうしたシナリオを描いている事と、シナリオプランニングの技法に触れる事は、この先の将来業績予測における一つの補助線的な役割になると考え、このシナリオの主要部分について翻訳を行ってみた。
尚、訳については十分な注意を払っているものの、誤訳が含まれている可能性については否定出来ないので、この翻訳の利用については各自のOwn Riskにてお願いします。
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Introduction
如何にして我々はこれから迎える、より先鋭で、ダイナミックに変化するグローバルエネルギーシステムに対して準備をすれば良いのか?
この質問は政府、ビジネス、市民活動における責任あるリーダーは記憶にとどめておくべきものである。これはすべての市民に関わる問題だからである。
グローバルエネルギーシステムは、我々の時代における幾つかの深いジレンマと結びついている。それはすなわち、開発に関するジレンマ:繁栄対貧困、信頼に関するジレンマ:グローバリゼーション対安全保障、産業化に関するジレンマ:成長対環境、といったものである。グローバルエネルギーシステムにおいては常に緊張関係が存在するが、今日、その緊張はますます強まっている。
1990年代、シェルにおけるシナリオプランニングにてTINA(There Is No Alternative:代替案は存在しない)という言葉を持ち出した。市場の自由化、グローバリゼーション、テクノロジーの進化という揺るぎない圧力は世界経済におけるエンジンとなり、これはすでにアジアの多くの人々を巻き込んでいる。1990年代におけるシェルのシナリオは、TINAの異なる側面について調査する為に役に立った。2005年、シェルではTINAに関連して地政学的な危機、信頼に関するシナリオを発表した。これらは9/11やエンロン事件の前兆となったものである。現在、シェルのSignpostにおいて述べられている通り、有力なエネルギー産出国と消費国の間におけるマインドセットと行動について重大な断層が生まれつつある。人口増加、経済成長はエネルギー供給、需要、及び環境に対するストレスを増大させる。全体から見て、我々はエネルギーシステムに関して非常に大きな混乱の時代に突入している。
それでは、その緊張関係や矛盾はシステムの中でどのような働きをしているのか?ここではTINAの次なる言葉を用いたい。TANIA(There Are No Ideal Answers:理想的な解決策は存在しない)である。
近代エネルギーシステムにおいては、その非常に大きな規模、複雑性を考えると、大きな慣性が働いている。新しいエネルギーインフラに対する設計、建設に要する非常に長い時間は、エネルギーシステムが内包する緊張関係は仮に解決できたとしても、簡単、もしくはすぐに解決できるものではない事を意味する。大きな変化が明らかになるには数年という時間が必要だろう。しかし表面下では、各要素がすでに動き出している。そこで、如何にしてその変化を認識し、組み合うかという事が問題となる。
シナリオは、このような変化をとらえ、異なる展望と可能性についての相互作用を考慮する上で役立つものである。またシナリオは、これらの可能性が姿を現した際、人々が備え、社会を形作り、そして繁栄する為にも役立つ。本シナリオではスクランブルとブループリントという、今後50年におけるエネルギーシステムについて二つのシナリオを作成した。
両シナリオともにチャレンジングな見方である。両方とも理想的な世界ではないが、現実可能なものである。これらのシナリオでは、変化の時代について述べている。誰もが、100年後のエネルギーシステムは今日のものとは異なるだろうという事を知っている。しかし、次の数十年においてこの変化はどのように生まれるのであろうか?これらのシナリオでは、政治、規制、テクノロジーの変化の速度、形態に関する重大な差異についてのインパクトを浮き彫りにさせている。
私はこれらが、読者にとって刺激を与え有益であると信じる。しかし、それ以上にこれらのシナリオにより、読者が持続可能なエネルギーの将来について準備をし、社会を形作る事に対して責任をもって参加する事を期待したい。
Jeremy B. Bentham
Global Business Environment Shell International B.V.
シェルエネルギーシナリ2050(その2) へ続く
このシナリオを知る事が、企業価値評価において直接役に立つかどうかは分からないけれども、シェルというエネルギーメジャーがこうしたシナリオを描いている事と、シナリオプランニングの技法に触れる事は、この先の将来業績予測における一つの補助線的な役割になると考え、このシナリオの主要部分について翻訳を行ってみた。
尚、訳については十分な注意を払っているものの、誤訳が含まれている可能性については否定出来ないので、この翻訳の利用については各自のOwn Riskにてお願いします。
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Introduction
如何にして我々はこれから迎える、より先鋭で、ダイナミックに変化するグローバルエネルギーシステムに対して準備をすれば良いのか?
この質問は政府、ビジネス、市民活動における責任あるリーダーは記憶にとどめておくべきものである。これはすべての市民に関わる問題だからである。
グローバルエネルギーシステムは、我々の時代における幾つかの深いジレンマと結びついている。それはすなわち、開発に関するジレンマ:繁栄対貧困、信頼に関するジレンマ:グローバリゼーション対安全保障、産業化に関するジレンマ:成長対環境、といったものである。グローバルエネルギーシステムにおいては常に緊張関係が存在するが、今日、その緊張はますます強まっている。
1990年代、シェルにおけるシナリオプランニングにてTINA(There Is No Alternative:代替案は存在しない)という言葉を持ち出した。市場の自由化、グローバリゼーション、テクノロジーの進化という揺るぎない圧力は世界経済におけるエンジンとなり、これはすでにアジアの多くの人々を巻き込んでいる。1990年代におけるシェルのシナリオは、TINAの異なる側面について調査する為に役に立った。2005年、シェルではTINAに関連して地政学的な危機、信頼に関するシナリオを発表した。これらは9/11やエンロン事件の前兆となったものである。現在、シェルのSignpostにおいて述べられている通り、有力なエネルギー産出国と消費国の間におけるマインドセットと行動について重大な断層が生まれつつある。人口増加、経済成長はエネルギー供給、需要、及び環境に対するストレスを増大させる。全体から見て、我々はエネルギーシステムに関して非常に大きな混乱の時代に突入している。
それでは、その緊張関係や矛盾はシステムの中でどのような働きをしているのか?ここではTINAの次なる言葉を用いたい。TANIA(There Are No Ideal Answers:理想的な解決策は存在しない)である。
近代エネルギーシステムにおいては、その非常に大きな規模、複雑性を考えると、大きな慣性が働いている。新しいエネルギーインフラに対する設計、建設に要する非常に長い時間は、エネルギーシステムが内包する緊張関係は仮に解決できたとしても、簡単、もしくはすぐに解決できるものではない事を意味する。大きな変化が明らかになるには数年という時間が必要だろう。しかし表面下では、各要素がすでに動き出している。そこで、如何にしてその変化を認識し、組み合うかという事が問題となる。
シナリオは、このような変化をとらえ、異なる展望と可能性についての相互作用を考慮する上で役立つものである。またシナリオは、これらの可能性が姿を現した際、人々が備え、社会を形作り、そして繁栄する為にも役立つ。本シナリオではスクランブルとブループリントという、今後50年におけるエネルギーシステムについて二つのシナリオを作成した。
両シナリオともにチャレンジングな見方である。両方とも理想的な世界ではないが、現実可能なものである。これらのシナリオでは、変化の時代について述べている。誰もが、100年後のエネルギーシステムは今日のものとは異なるだろうという事を知っている。しかし、次の数十年においてこの変化はどのように生まれるのであろうか?これらのシナリオでは、政治、規制、テクノロジーの変化の速度、形態に関する重大な差異についてのインパクトを浮き彫りにさせている。
私はこれらが、読者にとって刺激を与え有益であると信じる。しかし、それ以上にこれらのシナリオにより、読者が持続可能なエネルギーの将来について準備をし、社会を形作る事に対して責任をもって参加する事を期待したい。
Jeremy B. Bentham
Global Business Environment Shell International B.V.
1 An era of revolutionary transition (革命的な変化の時代)
1:Step-change in energy use (エネルギー使用方法の段階的変化)
膨大な人口を持つ中国・インドを含め発展途上国は、産業化が進み、インフラが整備され、人・物の移動が増えている事もあり、経済発展の段階において最もエネルギー消費が激しい所に来ている。需要サイドの圧力は、代替エネルギーや、より効率的な消費を促す。しかしながら、これら一つだけではそのエネルギー需要の成長を完全に相殺するには不十分である。多くの人々の希望を失望させるような政策を取り入れる事で経済成長を抑制する事は回答にはならず、また政治的にも現実的ではない。
2:Supply will struggle to keep pace (供給ペースを保つ事は難しい)
2015年において、アクセス容易な石油、ガスの産出の成長率は、予測される需要の伸び率に対応できないであろう。一方、石炭は世界中に豊富に存在しているが、輸送の困難や環境破壊の点から、石炭の産出についても成長には制限がある。一方で、代替エネルギーとなるバイオ燃料等はエネルギー全体からみてより重要なポジションになるであろうが、エネルギー問題を完全に解決するであろう”特効薬”は存在しない。
3:Environmental stresses are increasing (環境からの圧力も高まっている)
もし、化石燃料が今後もエネルギー供給における今と同じ割合を保つ事が出来てかつ、需要の伸びにも対応できたとしても、CO2排出が人々の生活を大きく脅すであろう。化石燃料が適度に抑えられ、CO2排出の管理が効果的に出来たとしても、その先の道は非常にチャレンジングである。大気中のCO2レベルと望ましいレベルにとどめておく事も、ますます難しくなるであろう。
Preparing for the future (将来に向けての準備)
需要、供給、環境への影響という現在のエネルギー環境において最も重要な要因が大きな変化を迎えている事もあり、我々は革命的な変化と大きな混乱の時代に直面している。エネルギー価格とテクノロジーがこの変化を駆り立てるが、政治、社会的な選択も重要な要素である。この選択は、我々がこの起きつつある変化に対して如何に敏感であるかに依存する。特に、この先10年程は健全な発展と思われているものに我々は混乱させられるであると思われるからである。しかし、この平常通りと思われている事の水面下では、変化はすでに起き始めている。政府・企業はより長期的な代替ポジションを取り始めており、規制の枠組みが議論され始め、特効薬は存在しないものの、再生可能エネルギーといった新しいテクノロジーを組み合わせた開発が進み、既存のエネルギー供給システムとの統合が始まっている。また、二酸化炭素を捕らえ保存するといった新しいインフラが求められており、古い非効率なインフラは退役させる必要がある。
人々は、エネルギーの使用方法が、我々の最も大きな価値である、健康、コミュニティとその環境、子供の将来そして地球そのものを養うと同時に脅威にもなる事を理解し始めている。これらの深い個人的な希望と恐怖は、異なる集合的な結果に対してある意味では激しく相互作用する事もあり、また、新しいエネルギー時代を様々な道から導くものとなりえる。
Two possible worlds (二つの異なる世界)
この意味深い変化は不可避である事を踏まえて、如何に変化がおきるのであろうか?国家は単純に自らのエネルギー確保の為に奪い合い(Scramble)をするのであろうか?それとも、地域から国際間といった社会の様々なレベルにおける連合により新たな青写真(Blueprint)がうまれ、新しいエネルギーの枠組みが生まれるのであろうか?
2 Scramble (スクランブル)
Scramble - overview at glance (スクランブルにおける概要)
スクランブルシナリオは、国家のエネルギーに関する安全保障に焦点をおいている。とりわけ、自国及び同盟国における近未来のエネルギー保証の必要性といった目の前にある圧力が意思決定者を動かしている。国家の注意は、二国間協議や地元の資源開発にむけたインセンティブといった供給サイドから見てすぐに手に入る物に自然と向けられる。石炭やバイオ燃料の成長も特に重要である。
レトリックは増えるものの、気候変化やエネルギーの効率性向上に向けた実際の行動は未来に追いやられ、注目の順序は供給、需要、気候変動となる。需要サイドの政策は、供給の限界が明らかになるまで特に先には進まない。同様に、環境に関する政策も、大きな気候変化に関する何かが政治的な反応を起こさない限りは真剣には取り組まれない。気候変化に関する何かが起きると、それは生まれつつ圧力にたいして手遅れになりがちでかつ激しい反応を呼び、それはエネルギー価格の高騰や激しい変動という結果になる。これは、力強い経済成長全体に対して一時的な減速に繋がるであろう。
大気中のCO2濃度の成長は、この期間の終わりには適度な所になるであろうが、長期的には550ppmを大きく超えるものになる。経済活動とイノベーションの一部は徐々にかつ究極的には気候変化のインパクトの対応準備に向けられるであろう。
2.1 Fear and security (恐怖と保証)
スクランブルシナリオにおける主な登場人物である国家は、エネルギー政策を供給面から注目する。なぜならばエネルギー需要を抑える事は、つまり経済成長を抑える事は、あまりにも政治的に不人気な手段であり実行する事は出来ないからである。国際的な協力体制が不在である事は、個々の国々が不本意ながらも、結果的に各々の経済成長にダメージを与える一方的な活動をする事を意味する。結果としてこの事は、石炭、重油、様々な地域による基準や技術の集まりとなるバイオ燃料や他の再生可能エネルギー等を含む国家独自にて入手可能なエネルギー確保に関する開発に向けた、比較的まとまりのない範囲での国家による開発指令や開発の為のインセンティブとなる。
国際間において、スクランブルシナリオはエネルギー産出国と消費国の間における二国間取引の世界となる。国家は国内のエネルギー会社を通じて、エネルギー供給に関して如何によい条件を引き出すか競争を行う。エネルギー消費国間においては強力な競争要素があるが、利害が一致した場合は協力関係となる。このような世界において、エネルギー会社は仲介人としての役割を果たすが、その役割は政治的なメカニズムの中に埋没していく。グローバリゼーションはこの国家間の緊張を深刻化させ、政策立案者をエネルギーや気候変動に関する国際的な協力関係を築く為の行動を行う必要性から背ける事になる。
ビジネスサイクルの変動は継続するが、エネルギー価格は一般的に強気となる。これは供給サイドにおける本質的な圧力だけではなく、2004年のエネルギー価格高騰から、世界経済はエネルギー価格の上昇を比較的容易に吸収できるとOPECが学んだ事にもよる。OPEC加盟国の経済的利益の観点から、OPECは石油価格下落の初期段階から供給を絞るようになる。価格が高止まりする事と供給が増えない事から、エネルギー輸入国にとって”有利な条件”とは供給が中断しないと保証する事を意味するようになる。
スクランブルシナリオでは、主な資源保有国がルールを受け入れるのではなく、ルールを作る側になる。彼らはその拡大する力を国際政策に、 特に彼らが内政問題と主張する人権や民主主義といった事柄において、 影響を与えるような形で行使する。石油産出国との間に”有利な条件”を作り出した国家は、ようやく作り出した条件を駄目にするような事は望まず、その結果国際関係は継続的な繁栄を望む為の競争となり、継続可能な国際間コミュニティーをつくり出すような動きとはならない。
異なる国々の間では、経済、エネルギーに関するパフォーマンスに非常に大きな差が存在する。発展途上国においては経済的発展を遂げる為に必要なエネルギー調達に邁進する一方、先進国においては既存のライフスタイルを維持する為に、エネルギー消費形態を如何に対応させていくか問題を抱える。国家レベルにおいてエネルギー確保に邁進する行為は、国家は相互依存であるという不可避な現実が障害となる。共有されたエネルギー伝送構造と同様に、経済的・政治的に複雑な繋がりは、ある国のエネルギー安全保障は他国の協力を必要とする。不可避として存在する問題は、 国際間における枠組みの欠如と多国間制度が弱い事から、徐々にまた非効率に扱われる
エネルギーシステムにおける圧力の増加から、ニュースメディアは定常的に世界のある部分で起きているエネルギー危機に関する報道を行う。変化の早い社会的ストレスを抱えている政権は、国民からの正当性を簡単に失うようになり、幾つかの国では劇的な政権変化も起きるであろう。幾つかのケースにおいては、エネルギー需要を抑える為の誤った判断から条件反射的に補助金等を削除した事が、上記のような大きな変化を起こす要因となろう。そのような大きな混乱にも関わらず、この初期の期間においては大部分の人々は物質的には発展を経験するであろう。全体として、2025年までの世界経済は継続的な発展を遂げるであろう---主に石炭に由来して。
2.2 Flight into coal (石炭への逃避)
エネルギーに関する懸念事項が増す中、低コストのオプションとして石炭をできる限り活用する事が政治的、市場的にも好まれるようになる。エネルギーに関する自立という一般からの圧力に対する反応や、石炭の活用は自国内に雇用を創出する事等から、大きな経済圏を持つ国々の政府はこの自国内で得られる資源を活用するようになる。2000-2025年にかけて、世界の石炭市場は倍増し、2050年にはおよそ2.5倍になるであろう。
しかしながら、環境保護団体が忌憚なく指摘するように石炭の活用は問題がある。米国やその他の豊かな国々では、新たらしい石炭工場の建設を行うたびに抗議と抵抗運動が発生する。中国では、地方の環境悪化問題が社会不安を引き起こす。また、中国の鉄道インフラは大量の石炭を国内に輸送する、もしくは石炭をオーストラリア、インドネシ等から輸入するには問題を抱えており、その為、鉄道インフラを大規模かつコストをかけて改善する必要がある。気候変化についての問題は、中国とアメリカにおける石炭産業の拡大と紐ずけられる。石炭に対する抗議が広がるものの、政府は経済成長にダメージを受ける事を恐れて、二酸化炭素税、二酸化炭素トレード、効率的な委託機構といった温室効果ガスを管理する為の仕組み作りにはなかなか取り組まない。
石炭発電による需要を抑える事を目的として、幾つかの国では原子力発電の増加が重要であると結論づけるようになる。石炭とは反対に、原子力発電は世界規模で素早く展開をするには最も難しいエネルギー源の一つである。ウラン鉱山および原子力発電所の開発には時間を要する。核廃棄物の廃棄問題がさらに問題に難しさを加えている。自国にて核施設を持ち運営している幾つかの国においても、非常に大きく、かつ長期的な財務的リスクを有する原子力発電所の建設を企業が行うには、政府の重要なサポートが必要となる。加えて、核兵器拡散への懸念による核技術を友好国以外に提供する事への躊躇いから、スクランブルシナリオにおいて核エネルギーがエネルギー構成に占める割合は本来のポテンシャルに比べて小さいものになるであろう。
2.3 The next green revolution (次世代の緑の革命)
農業に関する大規模なロビー団体は先進国においてすでに強力であり、本シナリオの初期においてはバイオ燃料に対する大きな期待が存在する。これは液体輸送燃料の急速な成長に結びつくものの、同時に予期しない結果にも結びつく。第一世代のバイオ燃料は食料生産と競合し、世界的に、特にトウモロコシを食料使っている地域にて、食料市場の値上がりに繋がる。また、EUのように食料生産のポテンシャルが不十分な地域では食料不足を輸入で補い、それが間接的に貧しい国々が、ヤシ油、トウモロコシ生産の為に熱帯雨林や現地の生息環境の大部分を破壊する事に繋がる。土地の使用方法の変化は、地中に保存されていた大量のCO2が大気中に開放される事も同時に意味する。
これらの予期しない結果は、次世代のバイオ燃料が2020年までに確立される事の一因となる。次世代バイオ燃料は、食料生産の際に発生する茎や葉等の木製の廃棄燃料を用いている。継続性を推進する為に、第一世代、第二世代のバイオ燃料に対して認定システムが作られる。第二世代のバイオ燃料の主な利点は、特に熱帯地域以外においてエネルギー生産が高い事にある。主なOECD国は温暖地域にある事から、これらの国々では第二世代のバイオ燃料に合わせて経済活動を結びつける事に熱心になるであろう。
2.4 Solutions are rarely without drawbacks (難点がない解決策はなし)
オイルサンド、シェイル、石炭といった毛色の変わった石油がスクランブルシナリオにおけるエネルギー安全保障の手短な解決策として挙げられたとしても、それらにもネガティブな結果が存在する。2010年代を通して、投資家はますます多くの資金を新たな形の石油開発プロジェクトに投入し、それが供給圧力に対する重要な役割を果たすであろう。それにもかかわらず、これらの開発は水資源、環境保護ロビー団体が、開発に対する環境への影響を懸念して反対するようになる。これらの反対運動は、究極的には最もよくマネージメントされたプロジェクトに対しても政治的な反動を呼び起こすであろう。
供給サイドによるアクションは、需要増に対しては不十分もしくは不人気である事が証明された事により、政府は最終的にエネルギー需要を和らげる方法に踏み出す。しかしながらすでに需要圧力は予期せぬ結果と共に臨海値に達している。例えば、新たな建設に関する厳しいエネルギー効率基準の突然の導入は、業者や官僚が新しい規制に対応できるまで新たな開発を遅らせる事となる。幾つかの例では、この事が全体のエネルギー効率向上のトレンドを遅らせる。
スクランブルシナリオにおいては、典型的な3つのパターンが生まれている。最初は、エネルギー供給がタイトになった事に対応する為に国家は、石炭や炭化水素、バイオ燃料に逃避する。次に、石炭産出が成長する事で、石油やガスはメインテナンスされなくなり、全体における供給危機が起こる。最後に、政府はこの事に対応する為に、急激かつ突然の国内におけるエネルギー価格上昇、もしくはバリューチェーンの混乱、経済活動に対する重大な転位を伴う個人移動に対する厳しい規制を課す。2020年までに、エネルギー経済における様々なエリアで繰り返し起こるこの非常に厳しい3つのステップは、一時的な世界経済の減速という結果に繋がるであろう。
2.5 The bumpy road to climate change (気候変動への浮き沈みの激しい道)
主に新興国において経済成長に焦点を当てたままにしておく事は、気候変動に関する議論を置き去りのままにする事となる。活動家による抗議が増えつつあるも、警告が多すぎる事により一般の人々は警戒慣れしてしまう。気候変動に関する国際的な議論は、豊かな先進国と、貧しい発展途上国との間における対立する立場同士の耳を貸さないイデオロギー的な対話により身動きが取れなくなる。これにより大気中のCO2濃度はますます高まっていく。
生まれつつあるエネルギー供給、需要間の緊張は、レトリック的に述べている懸念に対して真に対応せざるを得なくなるまで、政治家が対応を行うのが難しいであろう。気候変動に対して対応を行う事は、経済に対する更なる圧力と受け止められ、対応に要する事柄の質から、誰もが最初に対応を行うというリスクに対して準備が出来ていない。
一方で、起きつつあった経済成長に対する憧れが突然失望に変わった途上国においては、政治的な圧力が強まる。国際的な協力関係についても同様に緊張状態に置かれる。ロシア国内における石油の使用は、東ヨーロッパの成長を抑え、低所得のアフリカ諸国では石油に対するアクセスに苦労するようになるであろう。
最終的にこの行動の欠如が、極端な天候や供給縮減に対する政治的に日和見主義な非難、もしくは政治的目的を持った反射的な反応を起こしやすい状態を作り出す。これらの反応は手遅れという事だけではなく、需要側に対して違いを起こすには小さ過ぎるものである。幾つかの国々が高炭素エネルギー資源の開発に対して一時的なモラトリアムを設定するなど、混乱を起こすほど過剰反応を呼び起こすケースもある。
2.6 Necessity - the mother of invention (必要性 - 発明の母)
変化は必要に迫られ起こるのだが、エネルギーシステムにおける大規模な変化が必要な事から、方向転換には10年を要する。国内におけるエネルギー価格高騰と、政府によって課された要求水準の非常に高い基準は、エネルギー効率における重要な進歩を引き起こす。最終的に、バイオ燃料、風力、地熱ソーラーといった国内で開発された代替エネルギー供給は、以前に比べて大きな役割を果たすようになる。イノベーションを起こす為に、非常に大きな刺激策を行う事で厳しい時期を乗り越えた新しいエネルギーセクター等、2030年には健全な経済発展を取り戻す。
エネルギー構成全体における炭化水素燃料の割合が減少していく事、代替エネルギーの割合が増えていく事、エネルギー効率が改善される事すべてが、大気中のCO2濃度を適度なレベルにしていく事に貢献する。しかし、結果として起こる経済発展が再び始まる事は、CO2排出を引き起こす力強いエネルギー消費が再び始まる。また、CO2濃度はすでに高い状態にある。エネルギー安全保障と気候変動の緩和の為に新たな国際的なアプローチの必要性について世論の一致を見るようになるが、2015年までにそのような仕組みがもし出来ていたとすると、世界は20年以上遅れている事になる。経済発展は多くの人々に富を運ぶようになるが、規制がはっきりしない事もしくは、国際的な合意がない事から、温暖化ガスに対する対応についての市場からの反応は鈍い。経済活動において、増えつつある一部とイノベーションは究極的に、気候変動のインパクトに対応する為の準備に向けられるようになる。初期の段階において厳しい判断を避けた事により、国家は2050年を超えても厳しい現実に向かい合わなければならなくなったという事を認識するようになる。
シェルエネルギーシナリ2050(その2) へ続く
2010/03/29
企業価値評価の手順等について
番外編ではあるが、ここで企業価値分析を行う上での手法、及び気をつけているポイント等をまとめてみました。ざっくりとまとめた段階なので、もしかしたら今後も定期的にアップデートするかもしれません。(2010/03/29)
1,企業価値分析を行う上での情報源
・有価証券報告書
EDINET から取得
・各企業のWebサイトから得られる各種IR資料
(決算説明会資料(年次、四半期)、決算短信、適時開示資料など)
・その他各社のサービス、製品名で行った検索結果
2,企業価値分析を行う手順
ここで行っている企業価値の手順としては主に以下の様な手順で行っている。
A) 企業に関連する主なステークホルダーのチェック(経営者、株主、従業員(、取引先))
B) 過去業績分析(ビジネスモデル、過去業績(売上、各セグメント毎、資本効率)、ROICツリー、資本政策等)
C) IR部門への質問
D) 将来業績予測からDCFに基づき理論株価算出
理屈としては、株主から見た企業価値は将来FCFをDCFで一定に割り引いた値から算出されるが、情報無しに将来の事を予測するのは難しい。また、企業とは関連するステークホルダーによる営みと考える事ができ、これらのステークホルダーによって対象企業の将来業績が形作られる。そこで、将来業績予測を行う為に、まずはどのようなステークホルダーが存在しており、過去においてどのようなビジネスの元で業績を重ねてきたかを調べる事をここでは主に重視している。
A) 企業に関連する主なステークホルダーのチェック
ここでは主に、経営者(役員)、株主、従業員について注目する。
経営陣(役員):
企業の意思決定において最も重要な役割を果たすのが取締役であるという視点から取締役を注目する。特に以下のポイントを注目する。
・取締役が保有する議決権(株式)の割合
・取締役の年齢および、該当企業との関わりを持ち始めた日付
・社外取締役の数
株主:
株主については、誰がどれだけ議決権を持っているか注目する。特定の経営陣が大株主である場合は、その者が持つ影響力が非常に大きいと判断する。但し、経営者と大株主が同一である事が、すぐに会社の経営にとって悪影響があるとは判断しないが、配当を行っている場合は少々注意する。また、可能ならば過去の株主の推移もチェックする。
従業員:
従業員数の過去の推移を調べ、拡大傾向ならばその企業における事業が拡大傾向であると判断する。また、セグメント毎の従業員数を表示されている場合は、従業員数に動きがある事業に注目する事で、その事業の状況を判断する理由の一つとする。
B) 過去業績分析
ここでは主にビジネスモデル分析、過去業績分析(全体)、過去業績分析(セグメント)、資本効率、ROICツリー分析、過去の資本政策についての分析を行う。
ビジネスモデル分析:
有価証券報告書における、事業の内容、事業の状況等の項目から対象企業の事業内容を把握する。また、企業が発表しているIR資料(決算説明報告会資料)等も事業内容を把握するには有力な情報となる。但し、有価証券報告書とは異なり、IR資料についてはフォーマットが自由な事から、意識・無意識に関わらず企業側にとってバイアスが掛かった表現をしている可能性があるのでそこは注意する。
ビジネスモデル分析においては、「マネタイズ」「何においてそのサービス/プロダクトは価値を生み出しているか?」という事をポイントにするとより理解が深まるのではないかと考えている。
過去業績分析(全体):
過去業績分析においては過去5年程度の実績から会社の財務状態、経営成績をざっくりと判断する。
ここでは、売上高、営業利益、営業利益率といった基本的な財務指標を中心に企業の過去業績をチェックする。売上高、利益共に増加していく事が望ましいが、絶対値のみに注目するのではなく、原価率、販管費率、営業利益率についても注意を払う。絶対値が増えているが、利益率が減少し続けている場合は注意を要する。
安全性の面で、流動比率、自己資本比率にもチェックするが、これらの指標については業界毎に基準が異なるので一社だけで単純に判断するのは難しい。可能ならば同じ業界に属する複数の会社を通してチェックしたい。数値に大きな変化があった場合は、その理由について注目する。
キャッシュフローについては主に営業CFと投資CFに注目する。営業利益がプラスにもかかわらず、営業CFがマイナスである年が複数年にわたっている場合は要注意。また、営業CFに比べて投資CFが大きい状態が続いている会社の場合、将来に向けて投資CFを増やしているのか、属する業界が過当競争等に巻き込まれていないか等、その投資理由について調べる。
また、CFについても過去の推移と比べて大きな変化がある場合は、その理由に注目する。
過去業績分析(セグメント):
連結決算を行っている会社の場合、セグメント毎の情報が存在するのでそれをチェックする。ここではどの事業が実質的な経営の柱になっているか、事業毎の営業利益、営業利益率、資本効率等を調べる。営業利益、営業利益率にも注目するが、対象セグメントの資本効率(営業利益/資産)についても同様に注目する。
特に売上、利益の柱となっている事業における営業利益率、資本効率に注目する。柱となっている事業の利益率、資本効率が改善傾向にある場合、その企業は本業にリソースを注力した上でかつ、結果を出している経営力があると判断する。
資本効率:
ROIC=NOPLAT(みなし税引き後営業利益)/IC(投下資本)を資産側、負債側から過去5年程度計算する。営業利益の絶対値が拡大しているにもかかわらず、資本効率が低下傾向にある企業の場合は、ROICが低下している理由として利益側、資産側のどちらに理由があるか注意する。
また、資産における現金保有率が非常に大きい場合、資産側と負債側のROICが大きく乖離する事があるので注意する。
ROICツリー:
分析対象企業と同じ業界に属する企業を2社選び、ROICツリーを作成して各項目の比較を行う。また、対象企業、比較対象企業の規模(大会社、ベンチャー)によりROICツリーの内容が異なるので、そこは注意する。
資本政策:
資本政策としは、配当、自社株買い、資金調達方法について調べる。
配当:
政策として一定の配当性向を示しているか否かを調べる。また、配当を行った時点における事業のステージを想定し、配当する事が妥当な判断かどうか考える。また、配当が行われる場合、大株主に注目し配当により誰が最も利益を受けるか合わせて調べる。
自社株買い:
自社株買いを行っていた場合、その理由及び自社株買いを行った時点における株価が妥当であるか調べる。
資金調達:
資金調達を行っていた場合、Equity, Debtのどちらで行ったか、またその理由が妥当であるか調べる。また、過去にMSCB等を発行しているかどうかも調べる。過去においてもMSCB発行企業である場合は投資対象としない。
c) IR部門への質問
必要に応じて会社のIR部門へ電話質問を行う。質問に際しては有価証券報告書等を読み込んだ方が実りのある質問になる。質問内容としては、有価証券報告書において疑問を感じたポイントや、今後の設備投資、減価償却に関してなど。今後の設備投資、減価償却等については具体的な数値は答えて頂けないが、方向感(増加、減少、横ばい)程度ならば答えて頂ける事が多い。
また、事業の状況等についても、具体的な数値等を得る事を目的とするのではなく、質問による回答から、企業(経営陣)が把握している問題点・課題点および将来に対する自信といった事を聞き取るように心がける。これらの質問内容の結果は、将来業績予測に何らかの形で織りこむ。
D) 将来業績予測からDCFに基づき理論株価算出
将来業績予測は、過去業績分析を元にそのビジネスがどの程度伸びるか判断する。また、会社の過去業績分析といった内部情報だけに留まらず、その企業が属する業界の情報といった外部情報も可能な限り探し出したほうが良い。
以下、将来業績予測における具体的な手法に関してここで行っている事をまとめる。
・資本コストの計算
有利子負債コストは有価証券報告書における記載から計算する。
株主コストについては基本としてまずは「10%」を最低水準とする。これは個人的に株式投資をする場合のリスク認識として、少なくとも10%の利回りを期待したという所からの数字となる。但し、分析する上での感じた企業の状況等に応じて12.5%, 15%といった値を適宜用いる。
・売上高の予測
基本的には有価証券報告書にあるセグメント毎に売上高の予測を行い、その合算した値を全社売上の値とする。将来業績予測については毎回悩むところではあるのだが、過去業績分析、業界の現状・将来性等を考えて、自分が納得できそうな数字を用いる。但し、直近の予測については、特に問題を感じない限り会社発表の値を用いている。会社発表の数字には一定のバイアスがあると考えられるが、情報量等を考えるとある程度の信頼性をおける数字であると仮定している為である。また、直近では大きく売上が伸びると予想される事業についても、5−6年後からは売上の伸び率を落とすもしくは横ばい程度になるよう仮定する事が多い。
・営業費用(売上原価、販管費(固定費、変動費))、減価償却費、設備投資
これらの値については、基本的に過去の水準とほぼ同じであると仮定する場合が多い。但し、企業を調べていく上で特定の要因等を発見した場合はそれを織りこむようにする。
・会社発表の予測との整合性チェック
DCFによるモデル化を行った際、今期における会社発表の売上予測と、過去水準から用いた売上原価、販管費から計算した営業利益等が、会社発表の営業利益の予測値と大きく異なる場合は注意を要する。これはモデルおける事業構造(売上、原価、販管費(固定費、変動費))が対象企業の事業構造と大きく乖離している可能性を示唆する。その為、このような時は、原価割合、販管費割合の調整を行い、会社発表の営業利益に近くなるようにする。ここがモデルにおける整合性チェックのポイントとしている。
・割引率と売上高について
個人という立場で分析を行う為、取得できる情報量には限りがある。そこで、このポイントをリスク認識として織りこむ為に、売上高の予測はやや抑え目に、割引率はやや高目に設定する事で、安全率を2重に設定している。これは控えめな予測による機会損失よりも、楽観的な予測に基づいた投資による実損失を防ぐ事を重視している為である。
3,まとめ
ここで行っている企業価値評価の手法としてはおおよそ上記の通りとなる。
企業価値評価の一義的な目的は理論株価の算出ではあるが、より一歩踏み込んだ目的としては分析を通じていく上で企業そのものを知る事にあると考えている。理論株価は、将来業績予測は割引率を修正する事で大きく変化するものであり、ここで算出している値はあくまでも参考値程度のものでしかない。
結果的に現在算出した理論株価は割高になるかもしれないが、その企業を調べた上で将来的な投資に値する企業であると考える事が出来れば、割安になるまで待てば良いからである。
また、企業価値評価を行うと、対象企業のみならず関連する企業、業界等を調べる事が多い。例えばGREE, DeNA, mixiといった同じようなビジネスを展開している企業の比較を行うと、一企業の分析から得られる以上の事が分かると思う。
こういった、分析を行う上で色々と得られる知見が、企業価値評価を行う上での面白さの一つであると考えている。
1,企業価値分析を行う上での情報源
・有価証券報告書
EDINET から取得
・各企業のWebサイトから得られる各種IR資料
(決算説明会資料(年次、四半期)、決算短信、適時開示資料など)
・その他各社のサービス、製品名で行った検索結果
2,企業価値分析を行う手順
ここで行っている企業価値の手順としては主に以下の様な手順で行っている。
A) 企業に関連する主なステークホルダーのチェック(経営者、株主、従業員(、取引先))
B) 過去業績分析(ビジネスモデル、過去業績(売上、各セグメント毎、資本効率)、ROICツリー、資本政策等)
C) IR部門への質問
D) 将来業績予測からDCFに基づき理論株価算出
理屈としては、株主から見た企業価値は将来FCFをDCFで一定に割り引いた値から算出されるが、情報無しに将来の事を予測するのは難しい。また、企業とは関連するステークホルダーによる営みと考える事ができ、これらのステークホルダーによって対象企業の将来業績が形作られる。そこで、将来業績予測を行う為に、まずはどのようなステークホルダーが存在しており、過去においてどのようなビジネスの元で業績を重ねてきたかを調べる事をここでは主に重視している。
A) 企業に関連する主なステークホルダーのチェック
ここでは主に、経営者(役員)、株主、従業員について注目する。
経営陣(役員):
企業の意思決定において最も重要な役割を果たすのが取締役であるという視点から取締役を注目する。特に以下のポイントを注目する。
・取締役が保有する議決権(株式)の割合
・取締役の年齢および、該当企業との関わりを持ち始めた日付
・社外取締役の数
株主:
株主については、誰がどれだけ議決権を持っているか注目する。特定の経営陣が大株主である場合は、その者が持つ影響力が非常に大きいと判断する。但し、経営者と大株主が同一である事が、すぐに会社の経営にとって悪影響があるとは判断しないが、配当を行っている場合は少々注意する。また、可能ならば過去の株主の推移もチェックする。
従業員:
従業員数の過去の推移を調べ、拡大傾向ならばその企業における事業が拡大傾向であると判断する。また、セグメント毎の従業員数を表示されている場合は、従業員数に動きがある事業に注目する事で、その事業の状況を判断する理由の一つとする。
B) 過去業績分析
ここでは主にビジネスモデル分析、過去業績分析(全体)、過去業績分析(セグメント)、資本効率、ROICツリー分析、過去の資本政策についての分析を行う。
ビジネスモデル分析:
有価証券報告書における、事業の内容、事業の状況等の項目から対象企業の事業内容を把握する。また、企業が発表しているIR資料(決算説明報告会資料)等も事業内容を把握するには有力な情報となる。但し、有価証券報告書とは異なり、IR資料についてはフォーマットが自由な事から、意識・無意識に関わらず企業側にとってバイアスが掛かった表現をしている可能性があるのでそこは注意する。
ビジネスモデル分析においては、「マネタイズ」「何においてそのサービス/プロダクトは価値を生み出しているか?」という事をポイントにするとより理解が深まるのではないかと考えている。
過去業績分析(全体):
過去業績分析においては過去5年程度の実績から会社の財務状態、経営成績をざっくりと判断する。
ここでは、売上高、営業利益、営業利益率といった基本的な財務指標を中心に企業の過去業績をチェックする。売上高、利益共に増加していく事が望ましいが、絶対値のみに注目するのではなく、原価率、販管費率、営業利益率についても注意を払う。絶対値が増えているが、利益率が減少し続けている場合は注意を要する。
安全性の面で、流動比率、自己資本比率にもチェックするが、これらの指標については業界毎に基準が異なるので一社だけで単純に判断するのは難しい。可能ならば同じ業界に属する複数の会社を通してチェックしたい。数値に大きな変化があった場合は、その理由について注目する。
キャッシュフローについては主に営業CFと投資CFに注目する。営業利益がプラスにもかかわらず、営業CFがマイナスである年が複数年にわたっている場合は要注意。また、営業CFに比べて投資CFが大きい状態が続いている会社の場合、将来に向けて投資CFを増やしているのか、属する業界が過当競争等に巻き込まれていないか等、その投資理由について調べる。
また、CFについても過去の推移と比べて大きな変化がある場合は、その理由に注目する。
過去業績分析(セグメント):
連結決算を行っている会社の場合、セグメント毎の情報が存在するのでそれをチェックする。ここではどの事業が実質的な経営の柱になっているか、事業毎の営業利益、営業利益率、資本効率等を調べる。営業利益、営業利益率にも注目するが、対象セグメントの資本効率(営業利益/資産)についても同様に注目する。
特に売上、利益の柱となっている事業における営業利益率、資本効率に注目する。柱となっている事業の利益率、資本効率が改善傾向にある場合、その企業は本業にリソースを注力した上でかつ、結果を出している経営力があると判断する。
資本効率:
ROIC=NOPLAT(みなし税引き後営業利益)/IC(投下資本)を資産側、負債側から過去5年程度計算する。営業利益の絶対値が拡大しているにもかかわらず、資本効率が低下傾向にある企業の場合は、ROICが低下している理由として利益側、資産側のどちらに理由があるか注意する。
また、資産における現金保有率が非常に大きい場合、資産側と負債側のROICが大きく乖離する事があるので注意する。
ROICツリー:
分析対象企業と同じ業界に属する企業を2社選び、ROICツリーを作成して各項目の比較を行う。また、対象企業、比較対象企業の規模(大会社、ベンチャー)によりROICツリーの内容が異なるので、そこは注意する。
資本政策:
資本政策としは、配当、自社株買い、資金調達方法について調べる。
配当:
政策として一定の配当性向を示しているか否かを調べる。また、配当を行った時点における事業のステージを想定し、配当する事が妥当な判断かどうか考える。また、配当が行われる場合、大株主に注目し配当により誰が最も利益を受けるか合わせて調べる。
自社株買い:
自社株買いを行っていた場合、その理由及び自社株買いを行った時点における株価が妥当であるか調べる。
資金調達:
資金調達を行っていた場合、Equity, Debtのどちらで行ったか、またその理由が妥当であるか調べる。また、過去にMSCB等を発行しているかどうかも調べる。過去においてもMSCB発行企業である場合は投資対象としない。
c) IR部門への質問
必要に応じて会社のIR部門へ電話質問を行う。質問に際しては有価証券報告書等を読み込んだ方が実りのある質問になる。質問内容としては、有価証券報告書において疑問を感じたポイントや、今後の設備投資、減価償却に関してなど。今後の設備投資、減価償却等については具体的な数値は答えて頂けないが、方向感(増加、減少、横ばい)程度ならば答えて頂ける事が多い。
また、事業の状況等についても、具体的な数値等を得る事を目的とするのではなく、質問による回答から、企業(経営陣)が把握している問題点・課題点および将来に対する自信といった事を聞き取るように心がける。これらの質問内容の結果は、将来業績予測に何らかの形で織りこむ。
D) 将来業績予測からDCFに基づき理論株価算出
将来業績予測は、過去業績分析を元にそのビジネスがどの程度伸びるか判断する。また、会社の過去業績分析といった内部情報だけに留まらず、その企業が属する業界の情報といった外部情報も可能な限り探し出したほうが良い。
以下、将来業績予測における具体的な手法に関してここで行っている事をまとめる。
・資本コストの計算
有利子負債コストは有価証券報告書における記載から計算する。
株主コストについては基本としてまずは「10%」を最低水準とする。これは個人的に株式投資をする場合のリスク認識として、少なくとも10%の利回りを期待したという所からの数字となる。但し、分析する上での感じた企業の状況等に応じて12.5%, 15%といった値を適宜用いる。
・売上高の予測
基本的には有価証券報告書にあるセグメント毎に売上高の予測を行い、その合算した値を全社売上の値とする。将来業績予測については毎回悩むところではあるのだが、過去業績分析、業界の現状・将来性等を考えて、自分が納得できそうな数字を用いる。但し、直近の予測については、特に問題を感じない限り会社発表の値を用いている。会社発表の数字には一定のバイアスがあると考えられるが、情報量等を考えるとある程度の信頼性をおける数字であると仮定している為である。また、直近では大きく売上が伸びると予想される事業についても、5−6年後からは売上の伸び率を落とすもしくは横ばい程度になるよう仮定する事が多い。
・営業費用(売上原価、販管費(固定費、変動費))、減価償却費、設備投資
これらの値については、基本的に過去の水準とほぼ同じであると仮定する場合が多い。但し、企業を調べていく上で特定の要因等を発見した場合はそれを織りこむようにする。
・会社発表の予測との整合性チェック
DCFによるモデル化を行った際、今期における会社発表の売上予測と、過去水準から用いた売上原価、販管費から計算した営業利益等が、会社発表の営業利益の予測値と大きく異なる場合は注意を要する。これはモデルおける事業構造(売上、原価、販管費(固定費、変動費))が対象企業の事業構造と大きく乖離している可能性を示唆する。その為、このような時は、原価割合、販管費割合の調整を行い、会社発表の営業利益に近くなるようにする。ここがモデルにおける整合性チェックのポイントとしている。
・割引率と売上高について
個人という立場で分析を行う為、取得できる情報量には限りがある。そこで、このポイントをリスク認識として織りこむ為に、売上高の予測はやや抑え目に、割引率はやや高目に設定する事で、安全率を2重に設定している。これは控えめな予測による機会損失よりも、楽観的な予測に基づいた投資による実損失を防ぐ事を重視している為である。
3,まとめ
ここで行っている企業価値評価の手法としてはおおよそ上記の通りとなる。
企業価値評価の一義的な目的は理論株価の算出ではあるが、より一歩踏み込んだ目的としては分析を通じていく上で企業そのものを知る事にあると考えている。理論株価は、将来業績予測は割引率を修正する事で大きく変化するものであり、ここで算出している値はあくまでも参考値程度のものでしかない。
結果的に現在算出した理論株価は割高になるかもしれないが、その企業を調べた上で将来的な投資に値する企業であると考える事が出来れば、割安になるまで待てば良いからである。
また、企業価値評価を行うと、対象企業のみならず関連する企業、業界等を調べる事が多い。例えばGREE, DeNA, mixiといった同じようなビジネスを展開している企業の比較を行うと、一企業の分析から得られる以上の事が分かると思う。
こういった、分析を行う上で色々と得られる知見が、企業価値評価を行う上での面白さの一つであると考えている。
2010/03/27
GREE, DeNA, mixiのバリュエーション比較
少々古いネタではありますが、2月にXBRL勉強会にてGREE, DeNA, mixiの比較バリュエーションに関する発表を行いました。その際に用いた発表のスライドが以下にアップされているのでここでも公開します。ちなみに、同じような発表を某MLにおける動画撮影でも用いました。
Thanks>>Yanoshinさん。
文章で表現するのと異なり、人前で発表を行う場合は相手の反応をダイレクトに見る事が出来るところが大きく異なり、これはこれで非常に勉強になります。なかなかこういう機会を貰う事はないけれど、チャンスがあればなるべく参加してみたいと思いました。
Thanks>>Yanoshinさん。
文章で表現するのと異なり、人前で発表を行う場合は相手の反応をダイレクトに見る事が出来るところが大きく異なり、これはこれで非常に勉強になります。なかなかこういう機会を貰う事はないけれど、チャンスがあればなるべく参加してみたいと思いました。
2010/01/21
株式会社ディー・エヌ・エー (2432)
1.はじめに
本レポートは株式会社ディー・エヌ・エー(証券コード:2432)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2010年1月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2.要旨
株価 542,000円(2010年1月19日終値)に対し、理論株価は275,275円となり乖離率は-49%となる。尚、割引率は15%として計算している。同社の株価は2009年第2四半期の決算発表以後、ソーシャルゲームによる今後の売上期待で大きく伸びているが、現状の株価はその効果をおおよそ折りこんでいるように思える。
3.企業概要
会社名:株式会社ディー・エヌ・エー(証券コード:2432)
設立:1999年3月 設立
上場:2005年2月東証マザーズ上場。2007年12月東証一部に市場変更
事業概要:モバイル事業を中心に、Webコマース事業、ソリューション事業、その他(旅行代理店等)の事業を営む。
経営陣:2009年6月提出の有価証券報告書より
現代表取締役の南場智子氏が創業以来取締役に就任している創業者であると共に、同氏は議決権の14.83%を保有する第二位の株主でもある。また、社内取締役の中で春田氏、川崎氏、川田氏の3名が30代となっている。新興3市場(ジャスダック、マザーズ、ヘラクレス)における役員の平均年齢は53歳というデータ(http://www.nikkei.co.jp/needs/manabu/index_7.html)からみると、同社の役員は比較的若いと言える。
大株主:2009年6月提出の有価証券報告書より
創業時点から関わりのある、ソネットエンタテイメントと南場氏の議決権を合わせると31.71%となる。前年までは2者を合わせて1/3の議決権を超えていたが、ソネットエンタテイメントが株を少し手放した事により両社を合わせた議決権は1/3を割るようになっている。また、2008年の大株主と比べて4者(ユービーエスエイジーロンドンアジアエクイティーズ,クレディ・スイス、 ノムラインターナシヨナルピーエルシーアカントジヤパンフロウ、 モルガンホワイトフライヤーズエキュイティディリヴェイティヴ)が新たに入っている。
従業員数(連結):574人 (2009年6月30日時点)
連結における従業員の状況の推移は以下の通りとなる。グラフが示す通り、ソリューション事業を除き、従業員数は年を追う毎に増えているが、中でもモバイル事業に関わる従業員が急速に伸びおり、現在では関わる従業員の人数はWebコマース事業の倍近い。これは主に「モバゲータウン」に関わる業績がこの間に非常に伸びた事が原因と考えられる。また、2007年に旅行代理店業務に関わる会社を買収した事により、関連する従業員が増加したと思われる。また、現時点における給与水準は550万円程度となり、これは競合他社であるmixi(580万円)、GREE(620万円)よりも安い。
4.ビジネスモデル
同社ではモバイル事業を中心に展開しており、2009年3月期において1,344万人の会員を持つ「モバゲータウン」を主な基盤としている。モバイル事業における収益としては、アバター関連売上、広告関連売上、大手ゲーム会社と共に開発したアイテム課金型ゲームによる売上等が主な柱となる。
その他の事業としては、Webコマース事業としてPC,携帯向けショッピング&オークションサイトを展開しており、その他にもその他の事業としてインターネット旅行サービスを行う旅行代理店業務を行っている。
ただし、全体を通してみると利益の90%以上をモバイル事業から挙げており、他の事業が全体の業績に与える影響は非常に小さい。
モバゲータウン
「モバゲータウン」は2006年2月にサービスを開始した、主に携帯向けの総合ポータルサイトとなり、ゲーム(200種類上)、ECコンテンツ、SNS、情報系(ニュース、天気、乗り換えetc)、投稿系(小説、楽曲、動画etc)を提供するサイトとなる。2009年3月期において同社の売上の約半分を占めているサービスとなる。
サービス開始以降のモバゲータウンの会員数およびPVは以下の通りとなり、直近(2009年12月)の会員数は1,581万人、PVは380億となる。2007年8月頃より、会員数の伸びに比べてるとPVが伸びなくなっており、後で分析する通り2008年度に入るとモバゲータウンによる売上もピークに比べると減少していた。
しかしながら2009年10月にリリースされた内製ソーシャルゲーム「海賊トレジャー」「ホシツク」「怪盗ロワイヤル」を本格的に投入と共にPVが3ヶ月程度の間に倍近くに伸びている。同社によるとこれらのゲームは既存ゲーム比較してユーザ間のインタラクションの要素が多く、複数回プレイする傾向があるとの事である。PVの伸びからすると、ゲームの開発にあたってはユーザ間のインタラクションを増やす事でゲーム滞在時間、回数を増やす方策が非常に練られていたものと思われる。PVの増加ほどに会員数は伸びていないものの、PVの増加により同サイトにおける広告媒体としての魅力が今後さらに増すという可能性がある。
初期の頃のモバゲータウンのユーザの年齢層は10代が中心ではあったが、ユーザが増えるにつれて20代、30代のユーザも増えている。収益の観点から見ると、可処分所得の高い20代、30代のユーザが増える事は同社にとってプラス傾向と考える。また、同社によると課金対象となるユーザとしては、20代、30代が中心となっている模様である。
同社は2009年8月に、モバゲータウンにおけるAPI公開をサービス事業者・開発者に公開し、オープン化する事を発表している。オープン化したゲームの最初の発表は2010年1月を予定している。オープン化に際しては、今まで培ってきたノウハウを用いて、開発者に対して集客、カスタマーサビス、マネタイズ等に関するサポートも同時に行う予定である。オープン化に踏み切った理由としては、ゲームデベロッパーの強いニーズ、ユーザからのソーシャルアプリへのニーズおよび、内製するには内部のリソース不足といった事が説明されているが、上記で述べたようにPV数が伸び悩んでおり、その対策として外部リソースの活用する事でモバイル事業の魅力をさらに向上させるという施策に踏み切ったという理由も考えられる。2009年10月の内製ソーシャルゲームリース後のPVの伸びから考えると、外部開発リソースを利用したオープン化は外注費の発生による利益率の低下というデメリットも考えられるが、アバター販売、ゲーム内課金、広告収入といった点においては次なる成長への大きな可能性となりえる。また、オープン化されたゲーム等における課金については、開発会社7割:DeNA3割という割合でレベニューシェアを行うとされる。これにより、同社としては原価率が悪化する可能性があるものの、その影響以上に市場および売上を増やせるという見込みを持っていると考えられる。
ポケットアフィリエイト
モバゲータウンの次に売上の柱となっているのはポケットアフィリエイトとなり、全体の20%弱程度の売上を占めている。この事業では、アフェリエイトサービスを提供するASPを運営している。広告媒体としては、約50%強を他社メディアが占め、残りが自社メディアとなる。そのため、モバゲータウンの拡充により自社メディアの広告価値を挙げて行く事は、同時にポケットアフィリエイトの事業にも相乗効果を期待する事が出来る。
その他の事業
その他の事業としては、モバオク(携帯向けオークションサイト)、モバコレ(携帯ファッション通販)、ペイジェント(決済代行サービス)等を展開している。それぞれ全体の売上における割合としては1割前後と小さいものの、近年この中では決済代行サービスを展開しているペイジェント事業が一般加盟数拡大とともに売上を大きく伸ばしている。
海外展開
近年同社では、iPhoneのゲームデベロッパ向けコミュニティサイトを展開している米Aurora Feint社との資本業務提携、US等で携帯向けSNSを展開する米IceBreaker社を子会社、中国でモバイルSNSを展開するWAPTXを子会社化する等して海外展開を進めている。これは現在DeNAは多額の現金を保有しいる事と、以下で述べるように足下の業績が伸び悩んでいる事から、次なる成長の柱として海外展開を行っていると考える。
5.過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。2005年から2008年にかけて、売上、利益共に倍以上のペースで伸びていが、2009年3月期は、それまでの成長度合いから比べると緩やかな伸びとなっている。これは、2006年から展開しているモバゲータウンが成功したことと、2008年頃からの同サイトにおけるPVの伸び悩みを反映した結果であると考える。
過去5年を通じて原価率は大きな変化がみられないものの、販管費率は年を追う毎に下落傾向になる。従業員増加等により販管費そのものは増加しているものの、それ以上に売上が伸びている為となる。これにより同社のビジネスは、販管費において人件費等の固定費(売上増によっても増加しない費用)の割合が比較的高い可能性が考えられる。また、それ以外の理由としては、同社の管理部門が無駄な費用をきちんと管理した結果であるとも言える。
キャッシュフローをみると、過去5年一貫してフリーキャッシュフローがプラスになっている事から、同社のビジネスは、拡大をするに辺りそれほど投資キャッシュを必要としないモデルである事がわかる。また、2009年3月期は財務キャッシュフローの支出が大幅に増加しているが、これは主に2008年11月から12月にかけて行った自社株買いによるよるものとなる。同社では2005年3月期、2006年3月期を通じておよそ80億円近く第三者割り当て等で株式を売り出しているが、2009年3月期の自社株買いは金額にしておよそこの時の40%に相当する額となる。自社株買い以前、同社では資産の70%(226億円)を現金が占めていた事もあり、この余裕資金を有効活用する手段として、自社株買いを行ったと考えられる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
事業セグメント別の売上、営業利益について
事業セグメント別の売上と営業利益をまとめたグラフおよび表は以下になる。この表から、直近では売上の80%強、利益においては95%近くをモバイル事業から挙げている事がわかる。また、グラフからここ近年の同社の成長は殆どモバイル事業(モバゲータウン)の成功による事がよくわかる。
一方で、同社が発表している四半期毎による主要サービス別売上推移を調べてみると、2007年3月期の第4四半期以降、モバゲータウンにおける四半期毎売上の成長が止まりつつある。これは先に述べた同時期におけるPV数の伸びが停滞している事と関連があると思われる。その為、ここ数年モバイル事業と共に同社の業績は大きく成長してきていたが、足下の売上推移を見る限り、今後の成長については注視が必要な状況であると考える。
また、同社ではモバゲータウンのオープン化およびソーシャルゲームのリリースを2009年後半に行っているが、これは上記で述べた足下の状況から現状のままでは成長の限界があるという判断のもと、今後の成長政策として実施したとも考える事が出来る。2009年10月以降のPV推移を見ると、この施策は今のところ成功しているように思われ、引き続きPV増加、および加入者数の増加が続けば、さらなる成長も見込まれる。
資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。また、同社は現預金の保有額が非常に大きい事から、現金を計算に入れない資産ベースのROICが非常に高くなる。負債ベースのROICをみると、売上増と共にROICも大きく増えている。この事からも、同社のビジネスは、売上が
ROICツリー分析
DeNAの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。ROICツリーの詳細については、株式会社グリーのレポートを参照の事。
6.資本政策の分析
・配当
同社では2007年3月期より配当を行いようになり、それ以前は内部留保の拡充を優先して配当を行っていなかった。2007年3月期は、モバイル事業の成功により売上、利益、フリーキャッシュフロー共に大きく伸びていった時期でもあるので、その一部を株主に還元するという事であったと考えられる。配当性向としては10%を目安にするとされている通り、およそ10%程度である。
・自社株買い
過去業績分析で述べたように、2008年11月から12月にかけておよそ30億円近くの自社株買いを行った。自社株買いを行った理由としては、余裕資金の有効活用であると思われる。また、株価推移から判断すると、近年ではこの自社株買いを行った時期から株価のトレンドが反転上昇している。
・資金調達
2009年3月末において、現金を240億円近く保有しており、これは全資産の65%に相当する。また、現時点で有利子負債は保有していない。また、投資キャッシュフローから見るに、同社のビジネスは大きな投資キャッシュを必要としていない。このことから、当面の資金調達としては、大規模な企業買収等を行わない限り自己資金で十分に賄えるものと考える。
7.将来動向 (シナリオの前提)
■外部環境
・インターネット普及率
総務省による平成20年「通信利用動向調査」によるとインターネットの利用者数は9,091万人となり、人口普及率は75.3%となる。また、年齢別に見ると13〜39歳までは利用率が95%を超えており、この年齢層がDeNAのユーザーの大部分を占めていると考えられる事から、インターネットそのものの普及率は頭打ちになると想定する。
・携帯普及率
同調査によると、携帯の個人利用率は全体で75.4%、世代別の利用率としては、20代〜40代で90%を超えている。携帯についてもDeNAがターゲットとするユーザはほぼ携帯が普及しているといえる。
・インターネット広告費
電通総研によると、2008年インターネット広告費は6983億円、うちモバイル広告費は913億円となっている。インターネット広告費自体は伸び悩んでいるが、モバイル広告は前年比147%となった。この事から、広告費としては景気後退の影響を受けるものの、モバイル向け広告費市場は今後もゆるやかに成長するものと仮定する。
■内部環境
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として15%を用いる。
有利子負債コスト:有利子負債は保有していない。
WACC:株主コスト=WACCとなり、WACCは15%となる。
・売上高
2010年3月期の中間期業績では、予想よりも芳しくないものの、2009年10月以降のソーシャルゲームリリース後のPV増加に伴った売上があると想定し、2010年3月期の売上予想は会社発表に合わせる形とした。また、モバゲータウンのオープン化に伴い、有望なコンテンツが増えると仮定し、それによるユーザ数増加、PV増加を伴った20%〜30%の売り上げ増が2012年頃まで続くと想定する。ソーシャルゲームリリース後、PVは急速に伸びているが、会員数の増加はそれほどでも無い事から、ここ最近の会員数の増加率等を考え、会員数そのものがこれから大幅に増加するとは考えにくいとした。
また、Webコマース事業については、過去の水準を踏まえ、モバゲータウンの成長に引っ張られる形で2012年ごろまで20%程度の成長と仮定した。
その他の事業については、旅行事業等が不況等の影響を受けると仮定し、過去の水準からみてやや保守的に8%程度の成長と仮定する。
また、海外展開からの売上は今回のバリュエーションでは考慮にいれていない。
・営業費用(売上原価・販管費)
過去2年の売上原価の詳細をみると、約半分が広告媒体費となっており、商品売上原価は原価の1%程度、労務費は4.5%程度である。ただし今後はオープン化に伴うレベニューシェアの影響のため、同社としての売り上げ原価率は悪化する傾向にあると想定する。
販管費については、今までの傾向から事業の拡大とともに販管費率がある程度下落していくと予想するが、サービス拡大等による人員増加、販促費、広告費等の増加を見込み、販管費率は30%弱程度と想定する。
・減価償却費
ソフトウエアおよびサーバが資産となるので耐用年数は5年とする。
・設備投資
2012年頃までは会員数の増加とともに積極的に設備投資を行うが、会員数増加率が逓減していくとともに、設備投資額も減少して行くと想定。また、M&A等については想定に入れていない。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
現預金を除き、非事業用資産は保持していない。
・実効税率
実効税率は、法定実効税率と殆ど差がないとの事から、実効税率として40.8%を用いる。
8.バリュエーション
2010年1月19日の株価542,000円
上記各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:275,275円 乖離-49%
9.IR関連
同社のIRサイトには、決算短信、決算説明会、モバゲータウンの会員数、PV等の月別資料がダウンロード出来るようになっており、多くの資料はここから取得可能である。正し、有価証券報告書のみは、EDINETのサイトからダウンロードする仕様となっていて、少々不便であった。
また、同社のIR部門に対して、設備投資、従業員数、今後の見通しなどについて伺った所、一通りの回答を頂く事が出来た。主なQAとしては以下の通り。
ユーザ層として20代位以上が比較的多いが、実際に課金が発生しているユーザの層は?
20〜30代のユーザが多い
ユーザ一人当たりの単価は伸びているか?
10月のソーシャルゲームリリース後、ユーザ当たりの単価は増加している。
Q.PVの増加に比べて新規会員数の伸びは少ないが、今後、ユーザ数を増やす施策を何か考えているか?
12月以降からTVCMを再開している。ただ、ユーザ数を増やす事も大事だが、既存会員のアクティビティを増やす事も重視している。
今後の設備投資の見通しは?
業容に合わせて設備投資をしていく。現在、明らか出来るような大規模な設備投資は予定していない。
240億あるキャッシュの使い道は?
現在検討中。
2009年第2四半期に12億円近く有価証券に対して投資を行っているが、これは何に使ったものか?
中国でモバイル向けSNSを展開するWAPTXを子会社化する為の支出となる。
社内からみた、競合他社と比較した自社の強みはどう理解しているか?
mixiはリアルを含むが、DeNAはバーチャルに特化した所が異なる。GREEとは、サービス全体における総合力というところで差別化していく。
10.まとめ
株価 542,000円(2010年1月19日終値)に対し、理論株価は275,275円となり乖離率は-49%となる。同社は過去数年にわたってモバイル事業を中心に業績を大きく伸ばしてきているが、足下の業績を見ると2007年3月期の終盤から売上成長がとまりつつある事がわかる。この状況の下、モバゲータウンのオープン化およびソーシャルゲームのリリースは、ユーザ間のアクティビティを増加する事で、同サイトの広告媒体としての魅力向上および、アイテム課金を通して収益力を向上させていくための施策であると考える。現時点の情報では2009年10月から12月にかけてPVは急激に増加しているが、ユーザ一人当たりから発生するPVには限りがあるので、中長期的には会員数の増加が無い限り、PVの成長が持続していくのは難しいのではないかと考える。
理論株価は株主コストを15%と設定している事もあり、割高になっているが、この将来予測の基で理論株価と株価が一致するように株主コストをゴールシークすると株主超すとは約8%となる。ブルームバーグにおける同社のベータは0.777である事から、リスクフリーレートを2%、リスクプレミアムを5%と仮定すると、CAPMを用いた株主コストは5.9%となる。これは、CAPMを用いると、現状の株価はやや割安となる。
株主コストをどう設定するかは投資家によって異なるが、同社におけるGREE、mixi等の競合の存在、モバゲータウンオープン化による今後の影響、海外展開の正否など今後のリスク要因(もちろん上ぶれリスクも含む)を考えると、実際の株主コストはCAPMから求められるものよりも、高くなるであろうと考える。
株価としては2009年10月27日の第2四半期決算発表以降伸びており、この時点から比べるとおよそ3ヶ月弱で倍程度になっている。この決算発表時に、ソーシャルゲームによる売上と、PVの大幅な伸びが報告されており、それが株価に反映していると考える。ただし、この事により今後数年の同社の売上が30%程度伸びていくと仮定した場合のキャッシュフローから考えると、現状の株価はその伸びを折り込んでいるように思える。その為、現時点で同社が予測している以上に売上、利益の伸びが達成されない限り、今以上に株価が大きく伸びるのは難しいと考える。
本レポートは株式会社ディー・エヌ・エー(証券コード:2432)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2010年1月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2.要旨
株価 542,000円(2010年1月19日終値)に対し、理論株価は275,275円となり乖離率は-49%となる。尚、割引率は15%として計算している。同社の株価は2009年第2四半期の決算発表以後、ソーシャルゲームによる今後の売上期待で大きく伸びているが、現状の株価はその効果をおおよそ折りこんでいるように思える。
3.企業概要
会社名:株式会社ディー・エヌ・エー(証券コード:2432)
設立:1999年3月 設立
上場:2005年2月東証マザーズ上場。2007年12月東証一部に市場変更
事業概要:モバイル事業を中心に、Webコマース事業、ソリューション事業、その他(旅行代理店等)の事業を営む。
経営陣:2009年6月提出の有価証券報告書より
現代表取締役の南場智子氏が創業以来取締役に就任している創業者であると共に、同氏は議決権の14.83%を保有する第二位の株主でもある。また、社内取締役の中で春田氏、川崎氏、川田氏の3名が30代となっている。新興3市場(ジャスダック、マザーズ、ヘラクレス)における役員の平均年齢は53歳というデータ(http://www.nikkei.co.jp/needs/manabu/index_7.html)からみると、同社の役員は比較的若いと言える。
大株主:2009年6月提出の有価証券報告書より
創業時点から関わりのある、ソネットエンタテイメントと南場氏の議決権を合わせると31.71%となる。前年までは2者を合わせて1/3の議決権を超えていたが、ソネットエンタテイメントが株を少し手放した事により両社を合わせた議決権は1/3を割るようになっている。また、2008年の大株主と比べて4者(ユービーエスエイジーロンドンアジアエクイティーズ,クレディ・スイス、 ノムラインターナシヨナルピーエルシーアカントジヤパンフロウ、 モルガンホワイトフライヤーズエキュイティディリヴェイティヴ)が新たに入っている。
従業員数(連結):574人 (2009年6月30日時点)
連結における従業員の状況の推移は以下の通りとなる。グラフが示す通り、ソリューション事業を除き、従業員数は年を追う毎に増えているが、中でもモバイル事業に関わる従業員が急速に伸びおり、現在では関わる従業員の人数はWebコマース事業の倍近い。これは主に「モバゲータウン」に関わる業績がこの間に非常に伸びた事が原因と考えられる。また、2007年に旅行代理店業務に関わる会社を買収した事により、関連する従業員が増加したと思われる。また、現時点における給与水準は550万円程度となり、これは競合他社であるmixi(580万円)、GREE(620万円)よりも安い。
4.ビジネスモデル
同社ではモバイル事業を中心に展開しており、2009年3月期において1,344万人の会員を持つ「モバゲータウン」を主な基盤としている。モバイル事業における収益としては、アバター関連売上、広告関連売上、大手ゲーム会社と共に開発したアイテム課金型ゲームによる売上等が主な柱となる。
その他の事業としては、Webコマース事業としてPC,携帯向けショッピング&オークションサイトを展開しており、その他にもその他の事業としてインターネット旅行サービスを行う旅行代理店業務を行っている。
ただし、全体を通してみると利益の90%以上をモバイル事業から挙げており、他の事業が全体の業績に与える影響は非常に小さい。
モバゲータウン
「モバゲータウン」は2006年2月にサービスを開始した、主に携帯向けの総合ポータルサイトとなり、ゲーム(200種類上)、ECコンテンツ、SNS、情報系(ニュース、天気、乗り換えetc)、投稿系(小説、楽曲、動画etc)を提供するサイトとなる。2009年3月期において同社の売上の約半分を占めているサービスとなる。
サービス開始以降のモバゲータウンの会員数およびPVは以下の通りとなり、直近(2009年12月)の会員数は1,581万人、PVは380億となる。2007年8月頃より、会員数の伸びに比べてるとPVが伸びなくなっており、後で分析する通り2008年度に入るとモバゲータウンによる売上もピークに比べると減少していた。
しかしながら2009年10月にリリースされた内製ソーシャルゲーム「海賊トレジャー」「ホシツク」「怪盗ロワイヤル」を本格的に投入と共にPVが3ヶ月程度の間に倍近くに伸びている。同社によるとこれらのゲームは既存ゲーム比較してユーザ間のインタラクションの要素が多く、複数回プレイする傾向があるとの事である。PVの伸びからすると、ゲームの開発にあたってはユーザ間のインタラクションを増やす事でゲーム滞在時間、回数を増やす方策が非常に練られていたものと思われる。PVの増加ほどに会員数は伸びていないものの、PVの増加により同サイトにおける広告媒体としての魅力が今後さらに増すという可能性がある。
初期の頃のモバゲータウンのユーザの年齢層は10代が中心ではあったが、ユーザが増えるにつれて20代、30代のユーザも増えている。収益の観点から見ると、可処分所得の高い20代、30代のユーザが増える事は同社にとってプラス傾向と考える。また、同社によると課金対象となるユーザとしては、20代、30代が中心となっている模様である。
同社は2009年8月に、モバゲータウンにおけるAPI公開をサービス事業者・開発者に公開し、オープン化する事を発表している。オープン化したゲームの最初の発表は2010年1月を予定している。オープン化に際しては、今まで培ってきたノウハウを用いて、開発者に対して集客、カスタマーサビス、マネタイズ等に関するサポートも同時に行う予定である。オープン化に踏み切った理由としては、ゲームデベロッパーの強いニーズ、ユーザからのソーシャルアプリへのニーズおよび、内製するには内部のリソース不足といった事が説明されているが、上記で述べたようにPV数が伸び悩んでおり、その対策として外部リソースの活用する事でモバイル事業の魅力をさらに向上させるという施策に踏み切ったという理由も考えられる。2009年10月の内製ソーシャルゲームリース後のPVの伸びから考えると、外部開発リソースを利用したオープン化は外注費の発生による利益率の低下というデメリットも考えられるが、アバター販売、ゲーム内課金、広告収入といった点においては次なる成長への大きな可能性となりえる。また、オープン化されたゲーム等における課金については、開発会社7割:DeNA3割という割合でレベニューシェアを行うとされる。これにより、同社としては原価率が悪化する可能性があるものの、その影響以上に市場および売上を増やせるという見込みを持っていると考えられる。
ポケットアフィリエイト
モバゲータウンの次に売上の柱となっているのはポケットアフィリエイトとなり、全体の20%弱程度の売上を占めている。この事業では、アフェリエイトサービスを提供するASPを運営している。広告媒体としては、約50%強を他社メディアが占め、残りが自社メディアとなる。そのため、モバゲータウンの拡充により自社メディアの広告価値を挙げて行く事は、同時にポケットアフィリエイトの事業にも相乗効果を期待する事が出来る。
その他の事業
その他の事業としては、モバオク(携帯向けオークションサイト)、モバコレ(携帯ファッション通販)、ペイジェント(決済代行サービス)等を展開している。それぞれ全体の売上における割合としては1割前後と小さいものの、近年この中では決済代行サービスを展開しているペイジェント事業が一般加盟数拡大とともに売上を大きく伸ばしている。
海外展開
近年同社では、iPhoneのゲームデベロッパ向けコミュニティサイトを展開している米Aurora Feint社との資本業務提携、US等で携帯向けSNSを展開する米IceBreaker社を子会社、中国でモバイルSNSを展開するWAPTXを子会社化する等して海外展開を進めている。これは現在DeNAは多額の現金を保有しいる事と、以下で述べるように足下の業績が伸び悩んでいる事から、次なる成長の柱として海外展開を行っていると考える。
5.過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。2005年から2008年にかけて、売上、利益共に倍以上のペースで伸びていが、2009年3月期は、それまでの成長度合いから比べると緩やかな伸びとなっている。これは、2006年から展開しているモバゲータウンが成功したことと、2008年頃からの同サイトにおけるPVの伸び悩みを反映した結果であると考える。
過去5年を通じて原価率は大きな変化がみられないものの、販管費率は年を追う毎に下落傾向になる。従業員増加等により販管費そのものは増加しているものの、それ以上に売上が伸びている為となる。これにより同社のビジネスは、販管費において人件費等の固定費(売上増によっても増加しない費用)の割合が比較的高い可能性が考えられる。また、それ以外の理由としては、同社の管理部門が無駄な費用をきちんと管理した結果であるとも言える。
キャッシュフローをみると、過去5年一貫してフリーキャッシュフローがプラスになっている事から、同社のビジネスは、拡大をするに辺りそれほど投資キャッシュを必要としないモデルである事がわかる。また、2009年3月期は財務キャッシュフローの支出が大幅に増加しているが、これは主に2008年11月から12月にかけて行った自社株買いによるよるものとなる。同社では2005年3月期、2006年3月期を通じておよそ80億円近く第三者割り当て等で株式を売り出しているが、2009年3月期の自社株買いは金額にしておよそこの時の40%に相当する額となる。自社株買い以前、同社では資産の70%(226億円)を現金が占めていた事もあり、この余裕資金を有効活用する手段として、自社株買いを行ったと考えられる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
事業セグメント別の売上、営業利益について
事業セグメント別の売上と営業利益をまとめたグラフおよび表は以下になる。この表から、直近では売上の80%強、利益においては95%近くをモバイル事業から挙げている事がわかる。また、グラフからここ近年の同社の成長は殆どモバイル事業(モバゲータウン)の成功による事がよくわかる。
一方で、同社が発表している四半期毎による主要サービス別売上推移を調べてみると、2007年3月期の第4四半期以降、モバゲータウンにおける四半期毎売上の成長が止まりつつある。これは先に述べた同時期におけるPV数の伸びが停滞している事と関連があると思われる。その為、ここ数年モバイル事業と共に同社の業績は大きく成長してきていたが、足下の売上推移を見る限り、今後の成長については注視が必要な状況であると考える。
また、同社ではモバゲータウンのオープン化およびソーシャルゲームのリリースを2009年後半に行っているが、これは上記で述べた足下の状況から現状のままでは成長の限界があるという判断のもと、今後の成長政策として実施したとも考える事が出来る。2009年10月以降のPV推移を見ると、この施策は今のところ成功しているように思われ、引き続きPV増加、および加入者数の増加が続けば、さらなる成長も見込まれる。
資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。また、同社は現預金の保有額が非常に大きい事から、現金を計算に入れない資産ベースのROICが非常に高くなる。負債ベースのROICをみると、売上増と共にROICも大きく増えている。この事からも、同社のビジネスは、売上が
ROICツリー分析
DeNAの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。ROICツリーの詳細については、株式会社グリーのレポートを参照の事。
6.資本政策の分析
・配当
同社では2007年3月期より配当を行いようになり、それ以前は内部留保の拡充を優先して配当を行っていなかった。2007年3月期は、モバイル事業の成功により売上、利益、フリーキャッシュフロー共に大きく伸びていった時期でもあるので、その一部を株主に還元するという事であったと考えられる。配当性向としては10%を目安にするとされている通り、およそ10%程度である。
・自社株買い
過去業績分析で述べたように、2008年11月から12月にかけておよそ30億円近くの自社株買いを行った。自社株買いを行った理由としては、余裕資金の有効活用であると思われる。また、株価推移から判断すると、近年ではこの自社株買いを行った時期から株価のトレンドが反転上昇している。
・資金調達
2009年3月末において、現金を240億円近く保有しており、これは全資産の65%に相当する。また、現時点で有利子負債は保有していない。また、投資キャッシュフローから見るに、同社のビジネスは大きな投資キャッシュを必要としていない。このことから、当面の資金調達としては、大規模な企業買収等を行わない限り自己資金で十分に賄えるものと考える。
7.将来動向 (シナリオの前提)
■外部環境
・インターネット普及率
総務省による平成20年「通信利用動向調査」によるとインターネットの利用者数は9,091万人となり、人口普及率は75.3%となる。また、年齢別に見ると13〜39歳までは利用率が95%を超えており、この年齢層がDeNAのユーザーの大部分を占めていると考えられる事から、インターネットそのものの普及率は頭打ちになると想定する。
・携帯普及率
同調査によると、携帯の個人利用率は全体で75.4%、世代別の利用率としては、20代〜40代で90%を超えている。携帯についてもDeNAがターゲットとするユーザはほぼ携帯が普及しているといえる。
・インターネット広告費
電通総研によると、2008年インターネット広告費は6983億円、うちモバイル広告費は913億円となっている。インターネット広告費自体は伸び悩んでいるが、モバイル広告は前年比147%となった。この事から、広告費としては景気後退の影響を受けるものの、モバイル向け広告費市場は今後もゆるやかに成長するものと仮定する。
■内部環境
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として15%を用いる。
有利子負債コスト:有利子負債は保有していない。
WACC:株主コスト=WACCとなり、WACCは15%となる。
・売上高
2010年3月期の中間期業績では、予想よりも芳しくないものの、2009年10月以降のソーシャルゲームリリース後のPV増加に伴った売上があると想定し、2010年3月期の売上予想は会社発表に合わせる形とした。また、モバゲータウンのオープン化に伴い、有望なコンテンツが増えると仮定し、それによるユーザ数増加、PV増加を伴った20%〜30%の売り上げ増が2012年頃まで続くと想定する。ソーシャルゲームリリース後、PVは急速に伸びているが、会員数の増加はそれほどでも無い事から、ここ最近の会員数の増加率等を考え、会員数そのものがこれから大幅に増加するとは考えにくいとした。
また、Webコマース事業については、過去の水準を踏まえ、モバゲータウンの成長に引っ張られる形で2012年ごろまで20%程度の成長と仮定した。
その他の事業については、旅行事業等が不況等の影響を受けると仮定し、過去の水準からみてやや保守的に8%程度の成長と仮定する。
また、海外展開からの売上は今回のバリュエーションでは考慮にいれていない。
・営業費用(売上原価・販管費)
過去2年の売上原価の詳細をみると、約半分が広告媒体費となっており、商品売上原価は原価の1%程度、労務費は4.5%程度である。ただし今後はオープン化に伴うレベニューシェアの影響のため、同社としての売り上げ原価率は悪化する傾向にあると想定する。
販管費については、今までの傾向から事業の拡大とともに販管費率がある程度下落していくと予想するが、サービス拡大等による人員増加、販促費、広告費等の増加を見込み、販管費率は30%弱程度と想定する。
・減価償却費
ソフトウエアおよびサーバが資産となるので耐用年数は5年とする。
・設備投資
2012年頃までは会員数の増加とともに積極的に設備投資を行うが、会員数増加率が逓減していくとともに、設備投資額も減少して行くと想定。また、M&A等については想定に入れていない。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
現預金を除き、非事業用資産は保持していない。
・実効税率
実効税率は、法定実効税率と殆ど差がないとの事から、実効税率として40.8%を用いる。
8.バリュエーション
2010年1月19日の株価542,000円
上記各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:275,275円 乖離-49%
9.IR関連
同社のIRサイトには、決算短信、決算説明会、モバゲータウンの会員数、PV等の月別資料がダウンロード出来るようになっており、多くの資料はここから取得可能である。正し、有価証券報告書のみは、EDINETのサイトからダウンロードする仕様となっていて、少々不便であった。
また、同社のIR部門に対して、設備投資、従業員数、今後の見通しなどについて伺った所、一通りの回答を頂く事が出来た。主なQAとしては以下の通り。
ユーザ層として20代位以上が比較的多いが、実際に課金が発生しているユーザの層は?
20〜30代のユーザが多い
ユーザ一人当たりの単価は伸びているか?
10月のソーシャルゲームリリース後、ユーザ当たりの単価は増加している。
Q.PVの増加に比べて新規会員数の伸びは少ないが、今後、ユーザ数を増やす施策を何か考えているか?
12月以降からTVCMを再開している。ただ、ユーザ数を増やす事も大事だが、既存会員のアクティビティを増やす事も重視している。
今後の設備投資の見通しは?
業容に合わせて設備投資をしていく。現在、明らか出来るような大規模な設備投資は予定していない。
240億あるキャッシュの使い道は?
現在検討中。
2009年第2四半期に12億円近く有価証券に対して投資を行っているが、これは何に使ったものか?
中国でモバイル向けSNSを展開するWAPTXを子会社化する為の支出となる。
社内からみた、競合他社と比較した自社の強みはどう理解しているか?
mixiはリアルを含むが、DeNAはバーチャルに特化した所が異なる。GREEとは、サービス全体における総合力というところで差別化していく。
10.まとめ
株価 542,000円(2010年1月19日終値)に対し、理論株価は275,275円となり乖離率は-49%となる。同社は過去数年にわたってモバイル事業を中心に業績を大きく伸ばしてきているが、足下の業績を見ると2007年3月期の終盤から売上成長がとまりつつある事がわかる。この状況の下、モバゲータウンのオープン化およびソーシャルゲームのリリースは、ユーザ間のアクティビティを増加する事で、同サイトの広告媒体としての魅力向上および、アイテム課金を通して収益力を向上させていくための施策であると考える。現時点の情報では2009年10月から12月にかけてPVは急激に増加しているが、ユーザ一人当たりから発生するPVには限りがあるので、中長期的には会員数の増加が無い限り、PVの成長が持続していくのは難しいのではないかと考える。
理論株価は株主コストを15%と設定している事もあり、割高になっているが、この将来予測の基で理論株価と株価が一致するように株主コストをゴールシークすると株主超すとは約8%となる。ブルームバーグにおける同社のベータは0.777である事から、リスクフリーレートを2%、リスクプレミアムを5%と仮定すると、CAPMを用いた株主コストは5.9%となる。これは、CAPMを用いると、現状の株価はやや割安となる。
株主コストをどう設定するかは投資家によって異なるが、同社におけるGREE、mixi等の競合の存在、モバゲータウンオープン化による今後の影響、海外展開の正否など今後のリスク要因(もちろん上ぶれリスクも含む)を考えると、実際の株主コストはCAPMから求められるものよりも、高くなるであろうと考える。
株価としては2009年10月27日の第2四半期決算発表以降伸びており、この時点から比べるとおよそ3ヶ月弱で倍程度になっている。この決算発表時に、ソーシャルゲームによる売上と、PVの大幅な伸びが報告されており、それが株価に反映していると考える。ただし、この事により今後数年の同社の売上が30%程度伸びていくと仮定した場合のキャッシュフローから考えると、現状の株価はその伸びを折り込んでいるように思える。その為、現時点で同社が予測している以上に売上、利益の伸びが達成されない限り、今以上に株価が大きく伸びるのは難しいと考える。
2010/01/12
The danger of the bounce
The danger of the bounce Jan 7th 2010
金融危機後、先進国、新興国共に、低金利と政府支出拡大による刺激策が行われているが、これが新たなバブルを生むのではないか?という議論を行っている。ざっくりとまとめると以下の通り。
---
金融危機後、先進国、新興国の政府は金利を下げて投資家にリスクマネーを提供するように誘導している。しかしこれが新たなバブルを生み出すのではないか?
先進国の株式市場、住宅市場を分析すると、株については高水準のピークに比べては安いが、歴史的な長期水準を比較すると高い価格となっている。また、家賃利回りからみた住宅価格も、アメリカではフェアバリューだが、他の国では30-50%割高という指摘もある。さらに、借入に関わる信用拡大のプロセスは現在見られず、この事から熱狂を伴うバブルの状況ではないと判断する。
また、新興国では将来の成長期待から大きく買われている。市場拡大、低金利、通貨安を伴えば、新興国でバブルが生まれると想像するのは容易かもしれないとしている。ほかにも金相場はバブルではないかという分析もある。政府が通貨安を誘導する事で、相対的に金が上昇している。但し、金相場は底値から4倍近く、金利を生み出す資産でもないので価値評価は難しい。
一方、世界経済は景気刺激策に過度に依存しすぎているという指摘もある。自動車、住宅などの売れ行きは補助金に依存している。最終的に、景気刺激策が続くかどうかは、政府が低金利による国債発行を何処まで行えるかどうか?という事に依存しているようだ。また、量的緩和策によって中央銀行のバランスシートは急速に拡大している。市場はいつまでも政府の財政赤字に対して寛容ではないが、政府の対応はなかなか進まないものである。
現在の政府による並外れた経済刺激策は、国債の発行金利が低いままである事に依存しているが、成長予測が低かったり長期インフレ率が低いと期待されるならば、市場は国債を買う事は正しい。一方、この予測の元では過去の水準よりも高い値を付けている株や不動産は買うべきではない。おそらく、この矛盾は近いうちに解消されるであろうが、それは新たな混乱の引き金になるかもしれない。
---
政府の刺激策は国債を低金利で発行出来るかどうかに依存している、という点はキャッシュの流れをルックスルーするとその通りではあるが、有意義な視点だと思った。また、最後の国債市場、株式市場、住宅市場における矛盾については、どの市場にて矛盾が解消されるかは分からないけれど、こういう矛盾を市場が抱えているという事は覚えておいた方が良さそうだ。
金融危機後、先進国、新興国共に、低金利と政府支出拡大による刺激策が行われているが、これが新たなバブルを生むのではないか?という議論を行っている。ざっくりとまとめると以下の通り。
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金融危機後、先進国、新興国の政府は金利を下げて投資家にリスクマネーを提供するように誘導している。しかしこれが新たなバブルを生み出すのではないか?
先進国の株式市場、住宅市場を分析すると、株については高水準のピークに比べては安いが、歴史的な長期水準を比較すると高い価格となっている。また、家賃利回りからみた住宅価格も、アメリカではフェアバリューだが、他の国では30-50%割高という指摘もある。さらに、借入に関わる信用拡大のプロセスは現在見られず、この事から熱狂を伴うバブルの状況ではないと判断する。
また、新興国では将来の成長期待から大きく買われている。市場拡大、低金利、通貨安を伴えば、新興国でバブルが生まれると想像するのは容易かもしれないとしている。ほかにも金相場はバブルではないかという分析もある。政府が通貨安を誘導する事で、相対的に金が上昇している。但し、金相場は底値から4倍近く、金利を生み出す資産でもないので価値評価は難しい。
一方、世界経済は景気刺激策に過度に依存しすぎているという指摘もある。自動車、住宅などの売れ行きは補助金に依存している。最終的に、景気刺激策が続くかどうかは、政府が低金利による国債発行を何処まで行えるかどうか?という事に依存しているようだ。また、量的緩和策によって中央銀行のバランスシートは急速に拡大している。市場はいつまでも政府の財政赤字に対して寛容ではないが、政府の対応はなかなか進まないものである。
現在の政府による並外れた経済刺激策は、国債の発行金利が低いままである事に依存しているが、成長予測が低かったり長期インフレ率が低いと期待されるならば、市場は国債を買う事は正しい。一方、この予測の元では過去の水準よりも高い値を付けている株や不動産は買うべきではない。おそらく、この矛盾は近いうちに解消されるであろうが、それは新たな混乱の引き金になるかもしれない。
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政府の刺激策は国債を低金利で発行出来るかどうかに依存している、という点はキャッシュの流れをルックスルーするとその通りではあるが、有意義な視点だと思った。また、最後の国債市場、株式市場、住宅市場における矛盾については、どの市場にて矛盾が解消されるかは分からないけれど、こういう矛盾を市場が抱えているという事は覚えておいた方が良さそうだ。
2010/01/10
グリー株式会社(3632)
1.はじめに
本レポートはグリー株式会社 (証券コード:3632)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2010年1月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2.要旨
株価 5290円(2010年1月7日終値)に対し、理論株価は2,826円となり乖離率は-47%となる。同社では2008年、2009年に掛けて業績が大幅に上昇しており、また、株価も2008年12月の上場以降、比較的堅調に伸びている。業績が伸びているが、上場直後でかつ業績が大きく伸びている段階のベンチャー企業である事、業界の先行きがやや不透明等から、やや高めな割引率(15%)を用いた結果、現状の株価は割高となった。
3.企業概要
会社名:グリー株式会社(証券コード:3632)
設立:2004年12月 設立
上場:2008年12月マザーズ上場。
事業概要:インターネットメディア事業を展開し、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の「GREE」の運営を行う。
経営陣:2009年9月提出の有価証券報告書より
創業者であり代表取締役である田中氏が発行済株式の約60%を所有するオーナー社長である。また、社内取締役である田中氏、山岸氏、藤本氏、青柳氏ともに30代前半となり、非常に若い経営陣であると言える。一方、社外取締役および監査役は社内取締役の4名よりも10歳〜20歳近く年上であり、若い経営陣をサポートする役割であるように見える。
大株主:2009年9月提出の有価証券報告書より
経営陣のところで述べた通り、創業者である田中氏が議決権の約60%近くを保有する大株主となっている。また、上場して間もない事もあると思われるが、上位10位までが持つ株式で、議決権の約90%近くを占めている事も特徴であると考える。
(注:同社は2009年9月30日に1:2の株式分割を行ったので、現時点での株数は以下の表と異なる。)
従業員数(連結):102人 (2009年6月30日時点)
2009年6月期中に従業員が28名増加しており、これは業容拡大による新規採用となっている。また、年間平均給与は約620万円となる。この平均給与を競合(DeNA,mixi)と比較すると、DeNA(約550万円)、mixi(約580万円)よりもやや高い給与水準となる。
コーポレートメッセージ:
コーポレートメッセージとして「インターネットを通じて、世界をより良く」という文言が同社のWebサイトに明記されている。
4.ビジネスモデル
SNSサービス「GREE」は、日記、コミュニティ、メール等のユーザが主体となって情報を発信出来るプラットフォームを提供している。また、これに加え、モバイル環境に特化したSNS連動型ゲーム、FLASHゲーム、占い、辞書等のコンテンツの独自開発、提供を行う。
「GREE」開設当初はPC中心の提供が中心ではあったが、2006年11月より開始したKDDIとの事業提供を通じ、現在では携帯経由でのアクセスが全体の約98%を占めている。以下の表は、KDDIとの事業提携直前の2006年11月と2009年9月におけるGREE会員数、モバイル、PCのページビューをまとめたものとなる。この表からもモバイル経由でのPVが大きく伸びている事が分かる。
同社の収益構造としては「広告メディア収入」、「有料課金収入」の二つから構成されている。それぞれの内容は以下の通り。尚、携帯キャリア(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル)からの売上が全体の79%を占めており、モバイル各社を通じた有料課金収入が同社の収益の柱となっている事が分かる。
グリーにおけるゲームについて:
過去業績分析で示す通り、同社の売上はモバイル向けサービスが大部分を占める。この中でも、非常に大きな要素となっている部分が、ゲーム内課金、アバター販売になる。ゲームとしては自社内で内製した「釣り★スタ」「クリノッペ」「体験ドリランド」「ハコニワ」等が用意されている。基本的にこれらは無料で利用出来て、かつユーザ間のコミュニケーションが行えるようになっている。同社による課金機会としては、ゲーム内のアイテム購入、アバターのアイテム購入といった他のユーザとの差異化を行うタイミングとなる。また、これらのゲームでは定期的に「大会」「イベント」等が開かれており、ユーザ間の交流およびアイテム購入を促進する仕組みが用意されている。無料ゲームにてユーザを引きつけ飽きさせず、その後ゲーム内にてユーザに課金出来るような仕組みを作り出しかつ運営出来ている所が同社の大きな強みである。
会員数、PVの成長率について:
以下の表は、2006年1月から2009年6月までの各半年毎の「総会員数」「モバイル経由PV」「PC経由PV」の成長率をしめした表となる。これを見ると、2006/07〜2006/12におけるモバイルPV成長率が非常に大きいが、これは10月から12月に掛けてPVが7千万から2.2億に伸びている事が原因となる。その為会員数、PV共に順調に成長を始めたのは2007年以降となる。また、会員の成長率よりもモバイルPVの成長率の方が大きい事から、モバイルの利用率も高まっていると思われる。一方、PCのPV成長率はモバイルの成長率に比べると見劣りする。この事からも同社ではモバイルに注力してる事が伺える。
2007年前半以降、総会員数成長率、モバイルPV成長率が逓減しており、これが2009年前半に大規模な広告宣伝キャンペーンを行った理由であると思われる。この結果、2009年前半に再び成長率が上がっており、広告宣伝の効果が確かに現れていると見て取れる。但し、大規模な広告を行ったにも関わらず、会員数、モバイルPVの成長率は2008年前半と同じ程度となる。PC経由のPV成長率が伸びているが、母数が小さいので全体としてはあまりインパクトがない。
今後も引き続き10%を超える会員数、モバイルPV成長率を維持出来るかは、サービスの質の向上、効果的な宣伝広告といったポイントがキーとなると考えるが、過去の推移を見る限りは少々厳しい状況のように思える。
グリーとDeNA間における訴訟について:
2009年9月25日に同社は、著作権侵害で「モバゲータウン」を運営するDeNAを提訴している。これは、GREEが展開する「釣り★スタ」とDeNAが展開する「釣りゲータウン2」が酷似しているからという理由である。この件を同社のビジネスモデルから考えると、モバイルアクセスが収入の柱となっている事から、グリーが同様なサービスを提供している競合他社について非常に敏感になっている事を表していると考える。
但し、ゲームとSNSを組み合わせたモデル自体はDeNAが「モバゲータウン」として2006年2月にサービスを開始しており、2007年6月にリリースされた「釣り★スタ」を初めとするグリーのサービスモデルの方がDeNAの後追いとなる。
5.過去業績分析
過去5年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。売上高、営業利益、純利益ともに2008年6月期に大きく成長している。2008年6月期に売上、利益共に大きく成長出来た理由の一つとしては、2007年5月にリリースした「釣り★スタ」、同年7月にリリースした「踊り子クリノッペ」および、2007年6月に行ったモバイル向けGREEのリニューアルと共に登場した「アバター」等によりモバイルの利用率が高まった為と思われる。これらの「釣り★スタ」、「踊り子クリノッペ」、「アバター」は無料で使用する事が出来るが、有料課金サービスを用いる事で他のユーザとの差別化を行う事が出来る。この、「ゲーム内アイテム課金」が2008年6月期より大きく売上、利益をのばせた最大の理由であると考える。
2009年6月期の販管費の増加そのものは、231%増と大幅に増えている。これは主に広告宣伝費、人件費、地代家賃等の増加である。特に、広告宣伝費については、2009年4月〜6月に掛けて大幅な広告キャンペーンを行っている。この期間に用いた宣伝広告費は11億円以上に上り、これは同期間の売上の約21%、営業利益の約42%に相当し、2009年1月〜3月期と比べても倍額以上となる。日経ビジネスオンラインの記事(http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091022/207799/?P=5)によると、これらは上場後の資金余裕があった為に広告費を用いたのではなく、広告宣伝費の費用対効果を細かく管理しながら広告を行った模様である。
また、財務的には、現時点では大きな問題となりそうな点は見当たらない。売上高の75%に相当する現預金を持っている事から、これらの資金をどのよう効率的に用いるかが今後の課題となる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。また、同社は2008年12月に上場している事と、2009年10月に株式分割をしている為、2009年6月期の一株あたり純資産、純利益は単純に前期との比較は出来ない。)
同社の販売先は以下の通りとなる。2009年6月期において携帯キャリア3社からの売上が大きく伸びており、売上高のの79%を占める。また、モバイルからのアクセスが「GREE」のPVの98%を占めている事から、モバイル向けサービスの展開が同期における成長の源泉となって来た事が分かる。
また、アフェリエイト広告事業を行っている株式会社アドウィエイズからの売上を含めると、全体の90%近くをこの4社から売り上げている。
資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。また、同社は現預金の保有額が非常に大きい事から、資産ベースのROICの計算にあたり現預金の一部を投下資本に計算している。2008年6月期に売上、利益が大きく改善した事により、ROICが大幅に改善している。2008年12月の上場による資本増加の割合に比べて、営業利益率の伸びが低かった事から、ROICは低減している。但し、その点を考慮しても非常に高いROICであると言える。
ROICツリー分析
グリーの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、ミクシィ、DeNAを選択した。この中ではグリーが最も高いROICとなっている。これは他社と比べて売上原価率、販管費率共に優れた結果となっている。これは、グリーではゲームの制作を内製で行っている事が一つの理由であると考える。
投下資本回転率は3社共に大きな違いはない。ただ、3社に共通する点としては非常にキャッシュリッチな状況にあり、売上の60%〜90%にあたる現金額を保有している。3社共にこれらの現金をどのように活用して行くかは、今後の大きな課題である。
7.将来動向 (シナリオの前提)
■外部環境
・インターネット普及率
総務省による平成20年「通信利用動向調査」によるとインターネットの利用者数は9,091万人となり、人口普及率は75.3%となる。また、年齢別に見ると13〜39歳までは利用率が95%を超えており、この年齢層がグリーのユーザーの大部分を占めていると考えられる事から、インターネットそのものの普及率は頭打ちになると想定する。
・携帯普及率
同調査によると、携帯の個人利用率は全体で75.4%、世代別の利用率としては、20代〜40代で90%を超えている。携帯についてもグリーがターゲットとするユーザにはほぼ携帯が普及しているといえる。
・インターネット広告費
電通総研によると、2008年インターネット広告費は6,983億円、うちモバイル広告費は913億円となっている。インターネット広告費自体は伸び悩んでいるが、モバイル広告は前年比147%となった。この事から、広告費としては景気後退の影響を受けるものの、モバイル向け広告費市場は今後もゆるやかに成長するものと仮定する。
■内部環境
・資本コスト
株式コスト:上場直後の企業という事もあり、自分勝手割引率としてやや高めの15%を用いる。
有利子負債コスト:有利子負債は保有していない。
WACC:株主コスト=WACCとなり、WACCは15%となる。
・売上高
2010年6月期の売上予想は会社発表に合わせる形とした。代表取締役の田中氏によると、将来的にグリーの利用者を2,000−3,000万人を目指すとの発言がある。直近の2010年6月期第一四半期決算によると、2009年9月時点の利用者は1,512万人となり3ヶ月で252万人増えた。よって、多少楽観的ではあるが3〜4年以内に2,500万人に程度には達すると仮定した。その後、加入者の伸びは逓減していくと想定する。売上についても、IRへの質問を元に、有料課金、広告収入共にあまり不況の影響を受けずに加入者の伸びに応じて伸びて行くと想定した。
・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価の約85%が労務費と賃借料となっている。これらは加入者増、サービス拡充に伴って増えて行く事が予想され、対売上比で徐々に悪化して行くと想定。
販管費については、今後、ユーザ増加に伴う経費、広告宣伝費等が予想される事から、対売上比40%程度の経費がかかると想定する。
・減価償却費
ソフトウエアおよびサーバが資産となるので耐用年数は5年とする。
・設備投資
2012年頃までは会員数の増加とともに積極的に設備投資を行うが、会員数増加率が逓減していくとともに、設備投資額も減少して行くと想定。M&A等については想定に入れていない。但し、売上、利益等に比べて設備投資額が非常に小さい事から、設備投資額がバリュエーションに与える影響は小規模となる。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
現預金を除き、非事業用資産は保持していない。
・実効税率
過去5期における実効税率の平均が46.4%だった事もあり、この値を用いる。
8.バリュエーション
2010年1月7日の終値5,290円
上記各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:2,826円 乖離-47%
9.IR関連
同社のIRサイトには、決算短信、新規公開目論見書、有価証券報告書がダウンロード出来るようになっており、基本的な情報はここから取得出来るようになっている。また、同社のIR部門に対して、設備投資、従業員数、今後の見通しなどについて伺った所、一通りの回答を頂く事が出来た。いくつか質問の回答に時間がかかった点もあったが、誠実に答えて頂いたと思う。
主なQAとしては以下の通り。
Q.ユーザ層として30代以上が比較的多いが、実際に課金が発生しているユーザの層は?
A.ユーザ層とそれほど変わらず、30〜40代のユーザが多い。
Q.ユーザ一人当たりの単価は伸びているか?
A.ユーザの伸びに応じてユーザ間のコミュニケーションも増えている事から、比較的堅調に単価も伸びている。
Q.携帯キャリアからの売上が80%、広告収入が20%となっているが、今後のこの割合の見通しは?
A.直近において大きく変化する見通しは無い。また、ユーザ数に応じて、有料課金収入、広告収入共に伸びている。その為、不況の影響をもろに受けているという事は無い。
Q.今後の設備投資の見通しは?
A.特段大きな設備投資は予定していない。事業拡大に応じて人員は見合った規模にする予定はある。その際、競合他社が200〜300人規模なので、それは一つの目安となる。
Q.100億円あるキャッシュの使い道は?
A.現在検討中。
Q.社内からみた、競合他社と比較した自社の強みはどう理解しているか?
A.1、内製にてゲーム&SNSを組み合わせて運営する事が出来る体制を持っている事。2、他社と比較して可処分所得が高い30代以上のユーザ層が比較的厚い事。
10.まとめ
株価 5,290円(2010年1月7日終値)に対し、理論株価は2,826円となり乖離率は−47%となる。同社では2008年6月期以降、急速に伸びており今後もしばらくは業績が伸びて行く事が予想されるが、それを考慮に入れても現時点では割高な結果となった。また、理論株価と株価が一致するように株主コストをゴールシークすると、株主コストは9.7%となる。同社は上場後間もないため、Web上からベータを取得する事は出来なかったが、おそらくCAPMで計算した場合の株主コストは9%前後になると思われ、その意味では現状の株価はおよそフェアバリューとも言える。但し、ベンチャー企業であり上場後間もない企業である事、SNS業界における個人認証に関わる規制等の問題を含めて今後の先行きが見通しにくい業界である事から、現実の株式コストは10%よりも高いと想定する。
また、同社は2008年12月の公募増資により約36億円に及ぶ財務キャッシュフローを取得しているが、2009年6月期のフリーキャッシュフローは約56億円となり、公募増資の約1.5倍ほどのキャッシュを稼いでいる。結果的に2009年6月期に業績が大幅に上昇しているからという結果論ではあるが、キャッシュフローだけでみると、公募増資を行わなくても同社が必要な投資キャッシュフローは十分に稼げている。そこで、今後、如何にして株主資本を有効に活用して行くか?という事が同社にとって大きな課題になるであろう。
自分勝手割引率を用いた場合、同社の株価は割高であるが、ビジネス自体は優れているといえる。特に、サイト自身のオープンはミクシィとほぼ同時(2004年2月)にも関わらず、一端ミクシィやDeNA(モバゲータウン)に会員数、サービス内容に大きな遅れをとっていた。その後、2007年後半以降にかけてモバイル向けサービスに特化する事で急速に業績を改善、拡大してきた同社の経営力は非常に高く評価出来る。その事から財務的な同社の価値は、モバイル経由によるユーザ課金、広告収入ではあるが、本質的な価値は代表取締役の田中氏を初めとする同社の経営陣および、各種サービスを企画、実装、運用するスタッフの実行力にあると考える。
本レポートはグリー株式会社 (証券コード:3632)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2010年1月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2.要旨
株価 5290円(2010年1月7日終値)に対し、理論株価は2,826円となり乖離率は-47%となる。同社では2008年、2009年に掛けて業績が大幅に上昇しており、また、株価も2008年12月の上場以降、比較的堅調に伸びている。業績が伸びているが、上場直後でかつ業績が大きく伸びている段階のベンチャー企業である事、業界の先行きがやや不透明等から、やや高めな割引率(15%)を用いた結果、現状の株価は割高となった。
3.企業概要
会社名:グリー株式会社(証券コード:3632)
設立:2004年12月 設立
上場:2008年12月マザーズ上場。
事業概要:インターネットメディア事業を展開し、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の「GREE」の運営を行う。
経営陣:2009年9月提出の有価証券報告書より
創業者であり代表取締役である田中氏が発行済株式の約60%を所有するオーナー社長である。また、社内取締役である田中氏、山岸氏、藤本氏、青柳氏ともに30代前半となり、非常に若い経営陣であると言える。一方、社外取締役および監査役は社内取締役の4名よりも10歳〜20歳近く年上であり、若い経営陣をサポートする役割であるように見える。
経営陣のところで述べた通り、創業者である田中氏が議決権の約60%近くを保有する大株主となっている。また、上場して間もない事もあると思われるが、上位10位までが持つ株式で、議決権の約90%近くを占めている事も特徴であると考える。
(注:同社は2009年9月30日に1:2の株式分割を行ったので、現時点での株数は以下の表と異なる。)
2009年6月期中に従業員が28名増加しており、これは業容拡大による新規採用となっている。また、年間平均給与は約620万円となる。この平均給与を競合(DeNA,mixi)と比較すると、DeNA(約550万円)、mixi(約580万円)よりもやや高い給与水準となる。
コーポレートメッセージ:
コーポレートメッセージとして「インターネットを通じて、世界をより良く」という文言が同社のWebサイトに明記されている。
4.ビジネスモデル
SNSサービス「GREE」は、日記、コミュニティ、メール等のユーザが主体となって情報を発信出来るプラットフォームを提供している。また、これに加え、モバイル環境に特化したSNS連動型ゲーム、FLASHゲーム、占い、辞書等のコンテンツの独自開発、提供を行う。
「GREE」開設当初はPC中心の提供が中心ではあったが、2006年11月より開始したKDDIとの事業提供を通じ、現在では携帯経由でのアクセスが全体の約98%を占めている。以下の表は、KDDIとの事業提携直前の2006年11月と2009年9月におけるGREE会員数、モバイル、PCのページビューをまとめたものとなる。この表からもモバイル経由でのPVが大きく伸びている事が分かる。
過去業績分析で示す通り、同社の売上はモバイル向けサービスが大部分を占める。この中でも、非常に大きな要素となっている部分が、ゲーム内課金、アバター販売になる。ゲームとしては自社内で内製した「釣り★スタ」「クリノッペ」「体験ドリランド」「ハコニワ」等が用意されている。基本的にこれらは無料で利用出来て、かつユーザ間のコミュニケーションが行えるようになっている。同社による課金機会としては、ゲーム内のアイテム購入、アバターのアイテム購入といった他のユーザとの差異化を行うタイミングとなる。また、これらのゲームでは定期的に「大会」「イベント」等が開かれており、ユーザ間の交流およびアイテム購入を促進する仕組みが用意されている。無料ゲームにてユーザを引きつけ飽きさせず、その後ゲーム内にてユーザに課金出来るような仕組みを作り出しかつ運営出来ている所が同社の大きな強みである。
会員数、PVの成長率について:
以下の表は、2006年1月から2009年6月までの各半年毎の「総会員数」「モバイル経由PV」「PC経由PV」の成長率をしめした表となる。これを見ると、2006/07〜2006/12におけるモバイルPV成長率が非常に大きいが、これは10月から12月に掛けてPVが7千万から2.2億に伸びている事が原因となる。その為会員数、PV共に順調に成長を始めたのは2007年以降となる。また、会員の成長率よりもモバイルPVの成長率の方が大きい事から、モバイルの利用率も高まっていると思われる。一方、PCのPV成長率はモバイルの成長率に比べると見劣りする。この事からも同社ではモバイルに注力してる事が伺える。
2007年前半以降、総会員数成長率、モバイルPV成長率が逓減しており、これが2009年前半に大規模な広告宣伝キャンペーンを行った理由であると思われる。この結果、2009年前半に再び成長率が上がっており、広告宣伝の効果が確かに現れていると見て取れる。但し、大規模な広告を行ったにも関わらず、会員数、モバイルPVの成長率は2008年前半と同じ程度となる。PC経由のPV成長率が伸びているが、母数が小さいので全体としてはあまりインパクトがない。
今後も引き続き10%を超える会員数、モバイルPV成長率を維持出来るかは、サービスの質の向上、効果的な宣伝広告といったポイントがキーとなると考えるが、過去の推移を見る限りは少々厳しい状況のように思える。
2009年9月25日に同社は、著作権侵害で「モバゲータウン」を運営するDeNAを提訴している。これは、GREEが展開する「釣り★スタ」とDeNAが展開する「釣りゲータウン2」が酷似しているからという理由である。この件を同社のビジネスモデルから考えると、モバイルアクセスが収入の柱となっている事から、グリーが同様なサービスを提供している競合他社について非常に敏感になっている事を表していると考える。
但し、ゲームとSNSを組み合わせたモデル自体はDeNAが「モバゲータウン」として2006年2月にサービスを開始しており、2007年6月にリリースされた「釣り★スタ」を初めとするグリーのサービスモデルの方がDeNAの後追いとなる。
5.過去業績分析
過去5年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。売上高、営業利益、純利益ともに2008年6月期に大きく成長している。2008年6月期に売上、利益共に大きく成長出来た理由の一つとしては、2007年5月にリリースした「釣り★スタ」、同年7月にリリースした「踊り子クリノッペ」および、2007年6月に行ったモバイル向けGREEのリニューアルと共に登場した「アバター」等によりモバイルの利用率が高まった為と思われる。これらの「釣り★スタ」、「踊り子クリノッペ」、「アバター」は無料で使用する事が出来るが、有料課金サービスを用いる事で他のユーザとの差別化を行う事が出来る。この、「ゲーム内アイテム課金」が2008年6月期より大きく売上、利益をのばせた最大の理由であると考える。
2009年6月期の販管費の増加そのものは、231%増と大幅に増えている。これは主に広告宣伝費、人件費、地代家賃等の増加である。特に、広告宣伝費については、2009年4月〜6月に掛けて大幅な広告キャンペーンを行っている。この期間に用いた宣伝広告費は11億円以上に上り、これは同期間の売上の約21%、営業利益の約42%に相当し、2009年1月〜3月期と比べても倍額以上となる。日経ビジネスオンラインの記事(http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20091022/207799/?P=5)によると、これらは上場後の資金余裕があった為に広告費を用いたのではなく、広告宣伝費の費用対効果を細かく管理しながら広告を行った模様である。
また、財務的には、現時点では大きな問題となりそうな点は見当たらない。売上高の75%に相当する現預金を持っている事から、これらの資金をどのよう効率的に用いるかが今後の課題となる。
同社の販売先は以下の通りとなる。2009年6月期において携帯キャリア3社からの売上が大きく伸びており、売上高のの79%を占める。また、モバイルからのアクセスが「GREE」のPVの98%を占めている事から、モバイル向けサービスの展開が同期における成長の源泉となって来た事が分かる。
また、アフェリエイト広告事業を行っている株式会社アドウィエイズからの売上を含めると、全体の90%近くをこの4社から売り上げている。
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。また、同社は現預金の保有額が非常に大きい事から、資産ベースのROICの計算にあたり現預金の一部を投下資本に計算している。2008年6月期に売上、利益が大きく改善した事により、ROICが大幅に改善している。2008年12月の上場による資本増加の割合に比べて、営業利益率の伸びが低かった事から、ROICは低減している。但し、その点を考慮しても非常に高いROICであると言える。
グリーの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、ミクシィ、DeNAを選択した。この中ではグリーが最も高いROICとなっている。これは他社と比べて売上原価率、販管費率共に優れた結果となっている。これは、グリーではゲームの制作を内製で行っている事が一つの理由であると考える。
投下資本回転率は3社共に大きな違いはない。ただ、3社に共通する点としては非常にキャッシュリッチな状況にあり、売上の60%〜90%にあたる現金額を保有している。3社共にこれらの現金をどのように活用して行くかは、今後の大きな課題である。
7.将来動向 (シナリオの前提)
■外部環境
・インターネット普及率
総務省による平成20年「通信利用動向調査」によるとインターネットの利用者数は9,091万人となり、人口普及率は75.3%となる。また、年齢別に見ると13〜39歳までは利用率が95%を超えており、この年齢層がグリーのユーザーの大部分を占めていると考えられる事から、インターネットそのものの普及率は頭打ちになると想定する。
・携帯普及率
同調査によると、携帯の個人利用率は全体で75.4%、世代別の利用率としては、20代〜40代で90%を超えている。携帯についてもグリーがターゲットとするユーザにはほぼ携帯が普及しているといえる。
・インターネット広告費
電通総研によると、2008年インターネット広告費は6,983億円、うちモバイル広告費は913億円となっている。インターネット広告費自体は伸び悩んでいるが、モバイル広告は前年比147%となった。この事から、広告費としては景気後退の影響を受けるものの、モバイル向け広告費市場は今後もゆるやかに成長するものと仮定する。
■内部環境
・資本コスト
株式コスト:上場直後の企業という事もあり、自分勝手割引率としてやや高めの15%を用いる。
有利子負債コスト:有利子負債は保有していない。
WACC:株主コスト=WACCとなり、WACCは15%となる。
・売上高
2010年6月期の売上予想は会社発表に合わせる形とした。代表取締役の田中氏によると、将来的にグリーの利用者を2,000−3,000万人を目指すとの発言がある。直近の2010年6月期第一四半期決算によると、2009年9月時点の利用者は1,512万人となり3ヶ月で252万人増えた。よって、多少楽観的ではあるが3〜4年以内に2,500万人に程度には達すると仮定した。その後、加入者の伸びは逓減していくと想定する。売上についても、IRへの質問を元に、有料課金、広告収入共にあまり不況の影響を受けずに加入者の伸びに応じて伸びて行くと想定した。
・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価の約85%が労務費と賃借料となっている。これらは加入者増、サービス拡充に伴って増えて行く事が予想され、対売上比で徐々に悪化して行くと想定。
販管費については、今後、ユーザ増加に伴う経費、広告宣伝費等が予想される事から、対売上比40%程度の経費がかかると想定する。
・減価償却費
ソフトウエアおよびサーバが資産となるので耐用年数は5年とする。
・設備投資
2012年頃までは会員数の増加とともに積極的に設備投資を行うが、会員数増加率が逓減していくとともに、設備投資額も減少して行くと想定。M&A等については想定に入れていない。但し、売上、利益等に比べて設備投資額が非常に小さい事から、設備投資額がバリュエーションに与える影響は小規模となる。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
現預金を除き、非事業用資産は保持していない。
・実効税率
過去5期における実効税率の平均が46.4%だった事もあり、この値を用いる。
8.バリュエーション
2010年1月7日の終値5,290円
上記各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:2,826円 乖離-47%
9.IR関連
同社のIRサイトには、決算短信、新規公開目論見書、有価証券報告書がダウンロード出来るようになっており、基本的な情報はここから取得出来るようになっている。また、同社のIR部門に対して、設備投資、従業員数、今後の見通しなどについて伺った所、一通りの回答を頂く事が出来た。いくつか質問の回答に時間がかかった点もあったが、誠実に答えて頂いたと思う。
主なQAとしては以下の通り。
Q.ユーザ層として30代以上が比較的多いが、実際に課金が発生しているユーザの層は?
A.ユーザ層とそれほど変わらず、30〜40代のユーザが多い。
Q.ユーザ一人当たりの単価は伸びているか?
A.ユーザの伸びに応じてユーザ間のコミュニケーションも増えている事から、比較的堅調に単価も伸びている。
Q.携帯キャリアからの売上が80%、広告収入が20%となっているが、今後のこの割合の見通しは?
A.直近において大きく変化する見通しは無い。また、ユーザ数に応じて、有料課金収入、広告収入共に伸びている。その為、不況の影響をもろに受けているという事は無い。
Q.今後の設備投資の見通しは?
A.特段大きな設備投資は予定していない。事業拡大に応じて人員は見合った規模にする予定はある。その際、競合他社が200〜300人規模なので、それは一つの目安となる。
Q.100億円あるキャッシュの使い道は?
A.現在検討中。
Q.社内からみた、競合他社と比較した自社の強みはどう理解しているか?
A.1、内製にてゲーム&SNSを組み合わせて運営する事が出来る体制を持っている事。2、他社と比較して可処分所得が高い30代以上のユーザ層が比較的厚い事。
10.まとめ
株価 5,290円(2010年1月7日終値)に対し、理論株価は2,826円となり乖離率は−47%となる。同社では2008年6月期以降、急速に伸びており今後もしばらくは業績が伸びて行く事が予想されるが、それを考慮に入れても現時点では割高な結果となった。また、理論株価と株価が一致するように株主コストをゴールシークすると、株主コストは9.7%となる。同社は上場後間もないため、Web上からベータを取得する事は出来なかったが、おそらくCAPMで計算した場合の株主コストは9%前後になると思われ、その意味では現状の株価はおよそフェアバリューとも言える。但し、ベンチャー企業であり上場後間もない企業である事、SNS業界における個人認証に関わる規制等の問題を含めて今後の先行きが見通しにくい業界である事から、現実の株式コストは10%よりも高いと想定する。
また、同社は2008年12月の公募増資により約36億円に及ぶ財務キャッシュフローを取得しているが、2009年6月期のフリーキャッシュフローは約56億円となり、公募増資の約1.5倍ほどのキャッシュを稼いでいる。結果的に2009年6月期に業績が大幅に上昇しているからという結果論ではあるが、キャッシュフローだけでみると、公募増資を行わなくても同社が必要な投資キャッシュフローは十分に稼げている。そこで、今後、如何にして株主資本を有効に活用して行くか?という事が同社にとって大きな課題になるであろう。
自分勝手割引率を用いた場合、同社の株価は割高であるが、ビジネス自体は優れているといえる。特に、サイト自身のオープンはミクシィとほぼ同時(2004年2月)にも関わらず、一端ミクシィやDeNA(モバゲータウン)に会員数、サービス内容に大きな遅れをとっていた。その後、2007年後半以降にかけてモバイル向けサービスに特化する事で急速に業績を改善、拡大してきた同社の経営力は非常に高く評価出来る。その事から財務的な同社の価値は、モバイル経由によるユーザ課金、広告収入ではあるが、本質的な価値は代表取締役の田中氏を初めとする同社の経営陣および、各種サービスを企画、実装、運用するスタッフの実行力にあると考える。
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