1. はじめに
本レポートはサントリーホールディングス株式会社について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。同社は株式を証券取引所に上場していない非上場会社であるが、有価証券報告書提出会社である事から主に有価証券報告書を元に同社の分析を行った。分析に用いた各種数値については分析時点(2009年7月下旬)における数値となっている。
2009 年7月13日の報道により、キリンホールディングスとサントリーホールディングスは経営統合への交渉が始まったとされる。本レポートにおいては経営統合の影響は織り込まず、サントリーホールディングスが単独で事業を行った場合を想定する。
2. 要旨
バリュエーションの結果、理論株価は 1208円となった。これは一株当たりの純資産とくらべて約105%程度の乖離率となる。
3. 企業概要
会社名:サントリーホールディングス株式会社
設立:1921年10月
上場:未上場企業
事業概要:サントリーホールディングスは純粋持ち株会社として、グループ戦略の策定などを行う。グループの事業としては食品事業、酒類事業、その他の事業(外食事業、フィットネスクラブ、花苗の生産販売等)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
同業であるキリンホールディングスと比べて、取締役の人数が非常に多いことが特徴となる(サントリーホールディングス:31人、キリンホールディングス:9人)。また、代表取締役の佐治氏と鳥井氏は創業者一族となる。サントリー株式会社は、2009 年2月16日付で、サントリーホールディングスの完全子会社となっている。
大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
創業者一族が関連する寿不動産株式会社が議決権の89.33%を保有する同族経営の会社となる。
従業員数(連結): 21,845人 (2008年12月31日時点)
事業別に見ると、食品事業が約45%、酒類事業が約30%、その他の事業が約22%の従業員を占めている。連結における従業員数は増えているものの、この割合は過去5年を通して殆ど変化がない事から、バランス良く人員を配置してきている事が伺える。また、キリンホールディングス株式会社同様、単体における平均給与は、ビール業界において高い部類に入ると言える。
・経営理念
「人と自然と響きあう」という企業理念を持ち、この企業理念を広げる為に「水と生きる SUNTORY」というコーポレートメッセージを掲げている。また、創業者である鳥井信治郎は「利益三分主義」として1/3は顧客に、1/3は社会に還元するべきという信念を持っていた。この事から同社では社会、文化活動に深い関わりを持っている。
4. ビジネスモデル
サントリーホールディングスでは、以下の3つの事業を営んでいる。過去業績分析で述べるが、食品事業が売上の5割、営業利益の8割を占める主要な事業となっている。
・社会文化活動
創業者の鳥井信治郎氏による「利益三分主義(顧客へのサービス拡大、事業の拡大、社会への還元)」という精神に則り、同社ではサントリーホール、サントリー美術館、サントリーミュージアム、サントリー音楽財団等を保有し、社会文化活動にも積極的に参加している。
・バリュードライバー
同社は同族非公開企業であり、他の一般の株主からのプレッシャーを受けない利点を生かし、長期的な視点に立った投資及びブランド戦略の構築が可能である事も同社の強みと考える。また、以下の過去業績分析で述べるような経営効率の改善を行うことができる、経営力も同社の強みの一部となる。
・競合企業の分析
競合企業の分析については、キリンホールディングスにおける競合企業の分析とほぼ重なると考える。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。この間ほぼ順調に売上高、営業利益及び純利益共に伸ばしている事が分かる。また、営業利益率も横ばいもしくは上昇傾向となっており、これが売上高の成長よりも営業利益の成長の方が大きい理由となる。原価率については、やや減少傾向を見る事が出来るものの、販管費率については横ばい傾向となる。
他に注目するべき点としては、過去5年を通して自己資本比率の上昇及びD/Eレシオの減少と共に、資産合計額が減少している事が挙げられる。この間、財務CFが一貫してマイナスとなっており、これは借入金及び社債償還が主な理由となる。この有利子負債返済により、実質有利子負債(借入金+社債―現金同等物)が、この5年で約1/4に減少している。
以上を踏まえると、同社ではバランスシートを小さくしつつも売上高及び営業利益を成長させている事となり、資産効率及び経営効率の改善が進んでいると考える。
事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。食品事業の方が酒類事業よりも売上、利益共に上回っている事が見て取れる。過去5年を通して、売上、営業利益共に、各事業間における割合は、大きな変化が見られない。
食品事業の営業利益率が他の部門に比べて高い事が示すとおり、売上の段階では食品部門が約5割強を占めている物の、営業利益の段階では同部門が8割強を占める。この事から、利益について食品事業が大きく貢献している事になる。
尚、2007年12月期における酒類事業の営業利益率が0.2%と大幅に悪化しているが、これについては、戦略ブランドに積極的な販売促進費、宣伝広告費を投入した事が理由とされている。
全体的な傾向としては、各部門共に営業利益率が上昇傾向にあると見る事ができ、それぞれの部門にて経営効率が改善していると考える。
所在地セグメント別の売上、営業利益率について
所在地別セグメントを見ると、日本における売上が全体の90%近くを占めているものの、営業の成長率としてはアジア・オセニア地方が他の地域に比べて非常に大きく伸びている。一方、営業利益率を調べて見ると、大きく成長しているアジア・オセニア地域の営業利益率が低下傾向を示している一方、日本及び欧州の営業利益が伸びている。アジア・オセニア地域については、売上の大きな伸びに対して、経営改善等が追いついていない可能性を示していると考える。但し売上を大きく伸ばす過程において、一時的に利益追求よりも売上及び規模の拡大を狙うという考えもありえる。
営業利益率において、米州及び欧州が他の地域と比べて非常に高い値となっているものの、欧州地域は、売上及び利益の絶対額が全体と比較して小さい為、全体に対してはそれほど大きなインパクトを持っていない。
資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別、地域別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全体的な傾向としては、負債ベースで見たROICが上昇しているこれは、有利子負債を積極的に返済している結果となる。またその結果として、事業別で見た場合、食品及び酒類事業の資本効率も高まっている。酒類事業の資本効率が他の事業と比較して小さい理由としては、酒類事業は仕込みから出荷までに時間を要する事業であることが大きな理由の一つであると考える。
所在地別資本効率を見ると、アジア・オセニア地域が横ばい、もしくはやや低下傾向にある事に比べ、他の地域はやや上昇傾向にあると言える。アジア・オセニア地域については、売上に関する分析時に述べたときと同様に、現在、成長過程にある地域である為、売上も伸びているが、それ以上もしくは同程度に資産も伸びている為となる。
ROICツリー分析
サントリーホールディングスの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはキリンホールディングス株式会社の分析を行ったときと同じように、アサヒビールと、サッポロホールディングスを選択した。
ROICツリーを見ると、サントリーのROICが他社に比べて最も高くなっている。内訳としてみると、NOPLAT対売上費では、キリン、アサヒに比べて劣っている。原因としては、サントリーは売上原価率が他社に比べて低い物の、販管費率が4社の中で最も高い為、結果として営業利益の足を引っ張っている形となっている。また、投下資本回転率では、4社の中で最も高い値となる。内訳としては、運転資本回転率、固定資本回転率共に4社の中では高い部類の値となっている。これが、同社のROICが4社の中で最も高い理由となる。
6. 資本政策の分析
・配当
過去5年間は連結配当性向が12%強~18%程度となっている。具体的には、一株当たり2円~6円程度の配当を行っている。
・自社株買い
過去5年間において自己株式を取得した形跡は無い。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:
サントリーホールディングス株式会社は非公開企業である為、一般の投資家は同社に対して投資することはできない。しかしながら、同社の企業価値を算出するに辺り、株式コストは非常に重要なポイントとなる。そこで、割引率としては自分勝手割引率として10%を使用する。
有利子負債コスト:
有価証券報告書の社債明細によると、一部の社債について利率の明細が明示されていない所がある。その為、有利子負債コストは、キャッシュフロー計算書の支払利息と、有利子負債の額から算出する。その結果、2008年12月期における支払利息が約61億円となり、有利子負債額が約2648億円だったことから、有利子負債コストは2.31%とする。
WACC:
公開企業においてWACC計算時に用いる株主価値は時価を用いるものの、同社は非上場企業である為時価を用いる事はできない。そこで、便宜的に株主価値は貸借対照表における株主資本を用いる事とする。以上の事から、株主資本ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは6.60%となる
・売上高
同社では、決算発表時に今期の事業別の売上予想を発表している。そこで、今期についてはこの予想に従うとし、その後については以下のようなシナリオに従うとした。
食品事業:今期の売上げの伸びは3.6%とし。その後は2013年頃まで2.5%程度の成長とし、その後は緩やかに成長率が落ちていくと仮定する。
酒類事業:今期の売上げの成長は0.4%とする。その後は、1~2%程度の成長が続くと仮定する。
その他の事業:今期の売上げの成長は7.6%とする。その後は、3%程度の成長が続くと仮定する。但し、その他の事業については、売上全体の5~7%程度の売上程度の売上となる為、全体に対するインパクトはそれほど大きくない。
・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価は、キリンホールディングス同様、原価低減の努力等は行われるが、原材料費の高騰等の可能性を考慮し、今までよりもやや高めの53%程度で推移すると仮定する。
販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の75%が変動費になると仮定した。また、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。
・減価償却費
過去の推移から、平均償却年数を9年と仮定し、その値に沿うように原価償却額を推移させた。
・設備投資
過去の推移から判断して、売上の伸びに応じた設備投資を行うと仮定する。
・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・実効税率
40%と仮定した。
8. バリュエーション
上記の各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1208円
9. まとめ
バリュエーションの結果、同社の理論株価は1208円となる。これは一株当たりの純資産とくらべて約105%程度の乖離率となる。同社の過去業績分析で述べたとおり、過去5年を振り返ると、有利子負債の積極的な返済を進めてバランスシートを小さくしつつも、売上、営業利益をのばし、さらに営業利益率を改善させている。これは同社における経営力を示していると考える事が出来、非常に評価できる点である。
過去業績分析から判断する今後の成長への課題としては、売上の成長が大きいアジア・オセニア地域が鍵になると考える。しかしながら同地域の営業利益率及び、所在地別で見た場合の資産効率が低下傾向にある事から、売上を伸ばしつつも、これらの指標を如何に改善していくかが課題になると考える。
また、今まで分析してきた他社と比べて役員として登録されている方の数が非常に多い点が気になるものの、過去業績分析を見る限り各指標が改善している為、役員の多さが経営に悪影響を及ぼしているようには見えない。その為、この点は同社経営陣のカルチャーの一つと考える。
同社は非公開企業であるが、決算概況、有価証券報告書、財務ハイライト等を公開するサイトを用意しており、これら資料及び、今回の分析から同社は独特の文化を持ちつつも、真っ当に経営している会社である事が見て取れる。
2009/07/31
2009/07/21
株式会社ウェザーニューズ(4825)
1. はじめに
本レポートは株式会社ウェザーニューズ(証券コード:4825)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
株価1562円 (2009年7月21日終値)に対し、理論株価は2232円となり乖離率は43%となる。同社は気象情報会社としては最大手であり、海事気象、交通気象、個人向けコンテンツ作成等、気象情報に関する様々なビジネスを行っている。株価的には2008年以降上昇傾向にあるものの、現時点の株価と将来業績予測を考慮するとまだ投資余地があるのではないかと考える。
3. 企業概要
会社名:ウェザーニューズ株式会社 (証券コード:4825)
設立:1986年6月
上場:2000年12月ナスダックジャパン上場、2002年12月東証二部に上場、2003年11月東証一部に指定替え
事業概要:自然現象のデータを独自に集積・予測し顧客向けにコンテンツを加工した上で企業・個人等に提供する事業を営む。
経営陣:2008年提出の有価証券報告書より
創業者である石橋博良氏が議決権の23.73%を所有する筆頭株主であると同時に代表取締役会長を務めている。この事から同社において、石橋氏の影響力が非常に大きいことが伺える。各取締役の職名から判断するに、各事業・部門における責任者を取締役に登用しているように思える。また、創業者の石橋博良氏が62才、取締役では最年長である磯野氏が77才である事に対し、石橋知博が34才、アントニオ・ブリッツォが40才と取締役内において年齢の幅がある事も伺える。
大株主:2009年4月13日年提出の第三四半期報告書より
上位2者である石橋博良氏と株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートを合わせると議決権の39.05%を保有している。ウェザーニューズ社の新株発行目論見書によると、2000年の時点では株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートの代表取締役は石橋博良氏となっている。この事から、株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートについては実質的に石橋博良の支配下会社と考える。また、2008年の有価証券報告書提出時に比べて、2009年4月の第三四半期報告書の時点では上位10大株主がもつ株式の割合が63.68%から67.32%に上昇している。
従業員数(連結): 589人 (2009年2月28日時点)
連結、単体共に従業員数自体はここ5年減少傾向にある。その一方、連結、単体共に売上げ自体は増加もしくは微増傾向にある。以上のことから同社では非効率なビジネスを見直し、効率的なビジネスに集中した結果の従業員数の推移ではないかと考える。
また、単体における従業員数は減少傾向にあるものの、平均勤続年数は増加傾向にある。このことから、同社における社員の定着率は良いのではないかという事が伺える。
・経営理念
「Always WITH you!」というキャッチフレーズと共に、以下の10項目が経営理念として同社のWebサイトに掲示されている。
・サポーター価値創造
・社会に貢献する全球郷土人
・情報民主主義
・サポーターとの共感・共創
・感謝のリサイクル方程式
・Most Preferred Maker
・バランスのとれた成長安定で企業価値を最大化
・マンとマシンの共有的分業
・高貢献・高収益・高分配
・自己達成・自己実現・他者実現社員
4. ビジネスモデル
同社による認識では気象市場は6,000億円以上の市場規模があり、今後も先進国のみならず、アジア、南米などにおいて潜在的な市場は成長するとの記述が2007年の有価証券報告書以降ある。尚、同社のIRによると6000億円の数字は、先進国の気象庁における予算を合算した数字から算出している模様である。
この市場規模の認識の元、同社では官製の気象サービスに依存することなく気象コンテンツを提供する「フルサービス・ウェザーカンパニー」になることを目標として挙げている。同社のビジネスモデルとしては、大分すると以下の二つになる。
同社では、サービスを利用する企業、個人との間で構築された独自ネットワークと世界各国の官営気象データを元に、全世界の気象データベースを保持&更新を行う。BtoB(企業向け)市場においては、各事業に必要なデータを企業と共に収集・共有して各企業に合わせたサービスに利用する。また、その際、独自の気象予測、顧客の気象リスクを元に、顧客がどのような対応を取ればよいかという「最適化された対応策」を提示する事まで行う。一方、BtoS(個人向け:Sはサポーターの意味)では、個人のニーズに合わせた防災・減災、桜開花、等の生活者向けコンテンツをモバイル、インターネット、ブロードキャスト等の各メディアを通じて個人に発信を行う。提供している気象サービスとしては、BtoB、BtoSを合わせて、全部で33種類に及ぶ。代表的なサービスとしては、航海気象、石油気象、海上気象、道路気象、鉄道気象、モバイル、インターネットなどが挙げられる。
・バリュードライバー
官製及び世界各国から集めた気象データに加え、独自に集めた気象データを元に、各サービス及び顧客に必要なコンテンツに加工した上で、顧客の意志決定に役立てるデータを提供する。この気象情報に関する一貫したサービスを展開出来る所が同社の強みであると考える。
・中期ビジョン
同社では、中期ビジョン(2008年6月-2011年5月)として、以下の5項目を挙げている。
1. BtoB市場 - 重点市場(海事気象、交通気象)のやりぬき
2. BtoS市場 - 分衆市場の立ち上げ
3. 革新的なサービス及びサービスを実現する技術、インフラへの取り組み
北極海航路に向けた取り組み、超小型ドップラーレーダーの構築等、BtoB市場、BtoS市場共に従来にいないサービスを実現する為の技術、インフラ構築へ取り組む
4. エリア展開
2009年5月期は欧州、2010年5月期は北米、南米アメリカ、2011年5月期は日本を重点エリアと位置づけ販売体制の強化を行う。
5. 中期経営目標
(ア) 売上目標
① BtoB市場は10%以上成長
② BtoS市場は20%以上成長
(イ) 営業利益率
20%
(ウ) 配当
業績に応じた配当
・競合企業の分析
気象情報という性格上、競合企業としては官民の両方があげられる。現在、予報業務の許可を持つ事業者一覧としては、気象庁のサイトに一覧があり(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/minkan.html)広義ではこれらの企業が競合にあたると言える。上述のリストによると、一般向けの天気予報関連コンテンツを作成しているサイト(お天気.com、e-天気.net)や、海洋気象情報に特化している会社((株)サーフレジェンド)が見受けられる。現時点において、気象予報を主業務とした上場企業はウェザーニューズ社のみとなり、同規模で気象予報業務を行っている会社はなさそうに見えるが、個々のビジネスにおいては競合する企業があるといえる。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
2008年5月期より売上高に比べて営業利益が急激に伸びている事が分かる。これは原価率及び販管費率が2007年までと比べて低下している事が原因となる。2008年の有価証券報告書によると、これは2004年より進めてきた海外販売拠点の見直し等の事業運営の整理・整頓が効果を発揮した為とされている。
市場別・所在地別セグメント別売上げについて
同社のビジネスは主に気象情報に関するコンテンツ販売となり、事業別のセグメント情報は無いものの、販売市場及び、所在地別のセグメントは以下の通りとなる。
BtoB市場(法人向け市場)については、過去5年を通じて堅調に伸びていると言える。2009年5月期の決算短信によると重点事業である海事気象情報(航海、石油、海上)及び、交通気象(道路、鉄道、航空)共に順調に売上げを伸ばしているとの言及がある。一方、BtoS市場(個人向け市場)については、インターネット・モバイルを利用したコンテンツ販売が伸びているものの、CS放送の中止、注文受注サービスを意図的に減少させてきた事により、BtoS市場における売上げ自体はやや減少及び横ばい傾向となっている。
2007年より、「放送・報道気象コンテンツサービス」の区分をBtoBからBtoSに変更している
所在地別の売上げ及び利益については、過去5年ほど日本からの売上げが70%後半とほぼ安定している。また、北米からの売上げが減少傾向であり、欧州の売上げはほぼ横ばい、アジア・豪州からの売上げはやや増加傾向となっている。北米からの売上げについては、事業の見直し、整理等の結果、重点事業に集中した結果と考える。欧州については、売上げが減少しているにも関わらず、営業損失も大幅に減少している。これは過去数年行ってきた運営組織、販売組織の見直しが効果を出し始めた可能性がある。アジア・豪州については、航海気象を中心に売上げが伸びている模様。但し、売上げ、利益共に単純に右肩上がりで伸びている状況ではない。
資本効率について
負債側、資産側共に過去3年で大きく上昇している。これは、資産の増加に対して営業利益の伸び率が大きい為となる。これは、収益性のトールゲート型ビジネスの売上げが増加したことにより、より効率的に利益が上げられるようになってきた為と考える。
6. 資本政策の分析
・配当
同社の売上げの基礎となるトールゲート型サービスは、売上げと共に利益が成長するモデルであるという事の元、2007年5月期より配当については売上と連動する形を取っている。
この事から、同社においてはトールゲート型サービスの売上げ動向を重視しており、この売上げの将来が今後の同社の方針に大きな影響を与えると考える。
・自社株買い
2009年5月期末において、730,200株(発行済み株式の約6%)の自己株を保有している。自社株買いについては2006年2月16日に900,000株(約682百万円)取得しているが、それ以降自社株買いを行った形跡はなく、ここ数年にわたっては徐々に自社株を売却している。
・資金調達方針
資金調達においては、財務安定性及び資本コストの適正性を勘案して行う。基本的に多額の設備投資以外の資金需要は営業キャッシュフローを原資とし、必要に応じて金融機関から短期的な借り入れを行う。設備投資・投融資金については金融機関からの長期借り入れ及び、社債、増資等から調達するとされる。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:
現時点(2009年7月上旬) においてはまだ2009年5月期の有価証券報告書は提出されておらず、最新の情報は決算短信となる。決算短信には社債及び借り入れの明細情報が無い為、有利子負債コストは決算短信から支払利息と有利子負債を用いて概算する。
支払利息:51,249千円、有利子負債:2,801,833千円から有利子負債コストは1.8%と仮定する。尚、2008年5月期有価証券報告書より、この時期の有利子負債コストは1.48%だったことから、やや有利子負債コストが上昇していると見て取れる。
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは8.83%となる。
・売上高
2009年6月29日発表の決算短信によると、2010年5月期の売上げ予想は前年比6.7%増の122億円となり、営業利益は22.3%増の26億円を見込んでいる。そこで、2010年の予測としてはこの値を用いた。また、その後の予測シナリオについては以下の通り。
BtoB市場:過去3年のCAGRにおける成長率は7.33%となっている。BtoB市場はまだ成長が見込まれるものの、現時点では今後の展開がやや不確かなこともあり、2015年まで4.5%成長すると仮定。その後は、ゆるやかに減少していくとする。
BtoS市場:BtoS市場については、モバイル・インターネット関連の売上が成長していくと予想するものの、受注型注文サービスの売上が今後も減少していくと考えられることから、トータルでは5%弱程度の成長と仮定する。
・営業費用(売上原価・販管費)
同社予測に基づいて、売上122億で営業利益26億を達成する為には、売上原価率はおよそ50.3%程度である必要がある。そこで2010年の予測としてはこの値を用いた。これは2009年の売上原価率51.8%とほぼ同様の値となる。これは同社においてトールゲート型ビジネスが成長することにより、利益率が上昇している事を予測していると考える。今後もトールゲート型ビジネスが収益の柱となる事が予測されるので、売上原価率はほぼ同じ値で今後も続くと仮定する。
連結決算における販管費の固定費、変動費につての詳細は公表されていない為、単体決算における販管費の詳細を調べたところ、変動費割合は約10.9%だったので、この値を用いる。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、2011年までは平均償却年数を5.5年として計算した。また、以下で述べるように2010年以降に大きな設備投資を計画している事から、その後についてはやや減価償却が伸びると仮定。また、最終年度(2019/5)については、設備投資額と同額になるように調整。
・設備投資
2008年の有価証券報告書によると、重要な設備の新設という事で、インフラ用設備向けコンピュータ、ネットワークとして、約5億5千万円が計上されている。また、同社のIRから伺った所によると、2010年,2011年の設備投資額としては10億程度を計画している模様。そのため、バリュエーションにおいてもその値を用いる。その後については、現時点では未定ではあるが、ある一定規模の設備投資を継続して行う意志が感じられたことから、7億程度で推移すると仮定した。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月21日の株価1,562円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:2,232円 乖離43%
9. IR関連
IRによると、投資の意志決定に際し、資本コスト及びハードルレートについては特に定めていないという回答を頂いた。また、ここの所、自己資本比率が上昇しているが、長期的な目標水準についても、現時点では特に定めていない。これは2005,2006年に純利益において赤字を計上したが、その後業績が回復しており、現状は次のステップに向けた過渡期であるという認識の為とのこと。
また、将来業績、及び今後の設備投資の予定等についてIRの担当者の方から伺ったところ、非常に誠実な回答を頂く事が出来た。また、同社の現状認識及び、今後の成長についても強い意欲を持っている様に感じた。
10. まとめ
株価1562円 (2009年7月21日終値)に対し、理論株価は2232円となり乖離率は43%となる。チャート上では2004年から2007年年末にかけて株価が下落傾向であったものの、2008年以降から急激に株価が上昇している事が見て取れる。この事から株価上では金融危機に対する影響はあまり見て取れない。
同社の強みは、気象予報に関して官営サービスだけに頼らない独自ネットワーク/数値予報モデルを使って作り上げたコンテンツを提供出来る所にあると考える。また、単に情報提供だけに留まらず、顧客に対して気象予報を元にしたコンサルティングを行える点において、他社との差別化が出来るポイントであろう。この差別化が維持できれば、今後もトールゲート型サービスの増益が期待できるのではないかと考える。
財務面に置いては、ここ数年、流動比率、自己資本比率共に値が上昇している。また、次の成長ステージに向かう為、2009,2010年にそれぞれ10億円程度という例年に比べると大きい投資計画を持っている。これはIRの所でも記述したが、2005,2006年に計上した赤字以降、業務等の見直しを行った結果、その成果が現れており、次のステップへ向けて成長を加速する体制に入ったという事が言えると考える。
一般的に、同社のBtoBビジネスは、顧客企業に対する売上向上を支援すると言うよりは、利益(原価低減)に対して貢献するビジネスであると考える。海事気象においては、経済減速と共に船舶活動自体も減速した事により売上げに影響が出ているものの、不況により顧客がコスト管理に敏感になっている可能性がある事から、同社のビジネスはダイレクトには不況の影響を受けないであろうと予想する。BtoSのサービスは、主に個人向けサービスとなり、売上を拡大するには新たなマーケット自体の創造及び拡大が必要になると考える。今回のバリュエーションにおいては、やや保守的な見通しではあるが、マーケットの創出に成功した場合、BtoBよりも大きな売上の成長が期待できる分野であると考える。
気象情報の提供というビジネスは、実際に顧客に対して価値を提供していているビジネスであり、今後も価値を持ち続けるビジネスであると考える。その中で最大手の同社は今後も一定の成長をしていくものと予想する。以上の事から2008年以降、株価が上昇しているものの、中長期的に見てまだ投資余地がある会社であると考える。
本レポートは株式会社ウェザーニューズ(証券コード:4825)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
株価1562円 (2009年7月21日終値)に対し、理論株価は2232円となり乖離率は43%となる。同社は気象情報会社としては最大手であり、海事気象、交通気象、個人向けコンテンツ作成等、気象情報に関する様々なビジネスを行っている。株価的には2008年以降上昇傾向にあるものの、現時点の株価と将来業績予測を考慮するとまだ投資余地があるのではないかと考える。
3. 企業概要
会社名:ウェザーニューズ株式会社 (証券コード:4825)
設立:1986年6月
上場:2000年12月ナスダックジャパン上場、2002年12月東証二部に上場、2003年11月東証一部に指定替え
事業概要:自然現象のデータを独自に集積・予測し顧客向けにコンテンツを加工した上で企業・個人等に提供する事業を営む。
経営陣:2008年提出の有価証券報告書より
創業者である石橋博良氏が議決権の23.73%を所有する筆頭株主であると同時に代表取締役会長を務めている。この事から同社において、石橋氏の影響力が非常に大きいことが伺える。各取締役の職名から判断するに、各事業・部門における責任者を取締役に登用しているように思える。また、創業者の石橋博良氏が62才、取締役では最年長である磯野氏が77才である事に対し、石橋知博が34才、アントニオ・ブリッツォが40才と取締役内において年齢の幅がある事も伺える。
大株主:2009年4月13日年提出の第三四半期報告書より
上位2者である石橋博良氏と株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートを合わせると議決権の39.05%を保有している。ウェザーニューズ社の新株発行目論見書によると、2000年の時点では株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートの代表取締役は石橋博良氏となっている。この事から、株式会社ダブリュー・エヌ・アイ・インスティテュートについては実質的に石橋博良の支配下会社と考える。また、2008年の有価証券報告書提出時に比べて、2009年4月の第三四半期報告書の時点では上位10大株主がもつ株式の割合が63.68%から67.32%に上昇している。
従業員数(連結): 589人 (2009年2月28日時点)
連結、単体共に従業員数自体はここ5年減少傾向にある。その一方、連結、単体共に売上げ自体は増加もしくは微増傾向にある。以上のことから同社では非効率なビジネスを見直し、効率的なビジネスに集中した結果の従業員数の推移ではないかと考える。
また、単体における従業員数は減少傾向にあるものの、平均勤続年数は増加傾向にある。このことから、同社における社員の定着率は良いのではないかという事が伺える。
・経営理念
「Always WITH you!」というキャッチフレーズと共に、以下の10項目が経営理念として同社のWebサイトに掲示されている。
・サポーター価値創造
・社会に貢献する全球郷土人
・情報民主主義
・サポーターとの共感・共創
・感謝のリサイクル方程式
・Most Preferred Maker
・バランスのとれた成長安定で企業価値を最大化
・マンとマシンの共有的分業
・高貢献・高収益・高分配
・自己達成・自己実現・他者実現社員
4. ビジネスモデル
同社による認識では気象市場は6,000億円以上の市場規模があり、今後も先進国のみならず、アジア、南米などにおいて潜在的な市場は成長するとの記述が2007年の有価証券報告書以降ある。尚、同社のIRによると6000億円の数字は、先進国の気象庁における予算を合算した数字から算出している模様である。
この市場規模の認識の元、同社では官製の気象サービスに依存することなく気象コンテンツを提供する「フルサービス・ウェザーカンパニー」になることを目標として挙げている。同社のビジネスモデルとしては、大分すると以下の二つになる。
同社では、サービスを利用する企業、個人との間で構築された独自ネットワークと世界各国の官営気象データを元に、全世界の気象データベースを保持&更新を行う。BtoB(企業向け)市場においては、各事業に必要なデータを企業と共に収集・共有して各企業に合わせたサービスに利用する。また、その際、独自の気象予測、顧客の気象リスクを元に、顧客がどのような対応を取ればよいかという「最適化された対応策」を提示する事まで行う。一方、BtoS(個人向け:Sはサポーターの意味)では、個人のニーズに合わせた防災・減災、桜開花、等の生活者向けコンテンツをモバイル、インターネット、ブロードキャスト等の各メディアを通じて個人に発信を行う。提供している気象サービスとしては、BtoB、BtoSを合わせて、全部で33種類に及ぶ。代表的なサービスとしては、航海気象、石油気象、海上気象、道路気象、鉄道気象、モバイル、インターネットなどが挙げられる。
・バリュードライバー
官製及び世界各国から集めた気象データに加え、独自に集めた気象データを元に、各サービス及び顧客に必要なコンテンツに加工した上で、顧客の意志決定に役立てるデータを提供する。この気象情報に関する一貫したサービスを展開出来る所が同社の強みであると考える。
・中期ビジョン
同社では、中期ビジョン(2008年6月-2011年5月)として、以下の5項目を挙げている。
1. BtoB市場 - 重点市場(海事気象、交通気象)のやりぬき
2. BtoS市場 - 分衆市場の立ち上げ
3. 革新的なサービス及びサービスを実現する技術、インフラへの取り組み
北極海航路に向けた取り組み、超小型ドップラーレーダーの構築等、BtoB市場、BtoS市場共に従来にいないサービスを実現する為の技術、インフラ構築へ取り組む
4. エリア展開
2009年5月期は欧州、2010年5月期は北米、南米アメリカ、2011年5月期は日本を重点エリアと位置づけ販売体制の強化を行う。
5. 中期経営目標
(ア) 売上目標
① BtoB市場は10%以上成長
② BtoS市場は20%以上成長
(イ) 営業利益率
20%
(ウ) 配当
業績に応じた配当
・競合企業の分析
気象情報という性格上、競合企業としては官民の両方があげられる。現在、予報業務の許可を持つ事業者一覧としては、気象庁のサイトに一覧があり(http://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/minkan.html)広義ではこれらの企業が競合にあたると言える。上述のリストによると、一般向けの天気予報関連コンテンツを作成しているサイト(お天気.com、e-天気.net)や、海洋気象情報に特化している会社((株)サーフレジェンド)が見受けられる。現時点において、気象予報を主業務とした上場企業はウェザーニューズ社のみとなり、同規模で気象予報業務を行っている会社はなさそうに見えるが、個々のビジネスにおいては競合する企業があるといえる。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
2008年5月期より売上高に比べて営業利益が急激に伸びている事が分かる。これは原価率及び販管費率が2007年までと比べて低下している事が原因となる。2008年の有価証券報告書によると、これは2004年より進めてきた海外販売拠点の見直し等の事業運営の整理・整頓が効果を発揮した為とされている。
市場別・所在地別セグメント別売上げについて
同社のビジネスは主に気象情報に関するコンテンツ販売となり、事業別のセグメント情報は無いものの、販売市場及び、所在地別のセグメントは以下の通りとなる。
BtoB市場(法人向け市場)については、過去5年を通じて堅調に伸びていると言える。2009年5月期の決算短信によると重点事業である海事気象情報(航海、石油、海上)及び、交通気象(道路、鉄道、航空)共に順調に売上げを伸ばしているとの言及がある。一方、BtoS市場(個人向け市場)については、インターネット・モバイルを利用したコンテンツ販売が伸びているものの、CS放送の中止、注文受注サービスを意図的に減少させてきた事により、BtoS市場における売上げ自体はやや減少及び横ばい傾向となっている。
2007年より、「放送・報道気象コンテンツサービス」の区分をBtoBからBtoSに変更している
所在地別の売上げ及び利益については、過去5年ほど日本からの売上げが70%後半とほぼ安定している。また、北米からの売上げが減少傾向であり、欧州の売上げはほぼ横ばい、アジア・豪州からの売上げはやや増加傾向となっている。北米からの売上げについては、事業の見直し、整理等の結果、重点事業に集中した結果と考える。欧州については、売上げが減少しているにも関わらず、営業損失も大幅に減少している。これは過去数年行ってきた運営組織、販売組織の見直しが効果を出し始めた可能性がある。アジア・豪州については、航海気象を中心に売上げが伸びている模様。但し、売上げ、利益共に単純に右肩上がりで伸びている状況ではない。
資本効率について
負債側、資産側共に過去3年で大きく上昇している。これは、資産の増加に対して営業利益の伸び率が大きい為となる。これは、収益性のトールゲート型ビジネスの売上げが増加したことにより、より効率的に利益が上げられるようになってきた為と考える。
6. 資本政策の分析
・配当
同社の売上げの基礎となるトールゲート型サービスは、売上げと共に利益が成長するモデルであるという事の元、2007年5月期より配当については売上と連動する形を取っている。
この事から、同社においてはトールゲート型サービスの売上げ動向を重視しており、この売上げの将来が今後の同社の方針に大きな影響を与えると考える。
・自社株買い
2009年5月期末において、730,200株(発行済み株式の約6%)の自己株を保有している。自社株買いについては2006年2月16日に900,000株(約682百万円)取得しているが、それ以降自社株買いを行った形跡はなく、ここ数年にわたっては徐々に自社株を売却している。
・資金調達方針
資金調達においては、財務安定性及び資本コストの適正性を勘案して行う。基本的に多額の設備投資以外の資金需要は営業キャッシュフローを原資とし、必要に応じて金融機関から短期的な借り入れを行う。設備投資・投融資金については金融機関からの長期借り入れ及び、社債、増資等から調達するとされる。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:
現時点(2009年7月上旬) においてはまだ2009年5月期の有価証券報告書は提出されておらず、最新の情報は決算短信となる。決算短信には社債及び借り入れの明細情報が無い為、有利子負債コストは決算短信から支払利息と有利子負債を用いて概算する。
支払利息:51,249千円、有利子負債:2,801,833千円から有利子負債コストは1.8%と仮定する。尚、2008年5月期有価証券報告書より、この時期の有利子負債コストは1.48%だったことから、やや有利子負債コストが上昇していると見て取れる。
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは8.83%となる。
・売上高
2009年6月29日発表の決算短信によると、2010年5月期の売上げ予想は前年比6.7%増の122億円となり、営業利益は22.3%増の26億円を見込んでいる。そこで、2010年の予測としてはこの値を用いた。また、その後の予測シナリオについては以下の通り。
BtoB市場:過去3年のCAGRにおける成長率は7.33%となっている。BtoB市場はまだ成長が見込まれるものの、現時点では今後の展開がやや不確かなこともあり、2015年まで4.5%成長すると仮定。その後は、ゆるやかに減少していくとする。
BtoS市場:BtoS市場については、モバイル・インターネット関連の売上が成長していくと予想するものの、受注型注文サービスの売上が今後も減少していくと考えられることから、トータルでは5%弱程度の成長と仮定する。
・営業費用(売上原価・販管費)
同社予測に基づいて、売上122億で営業利益26億を達成する為には、売上原価率はおよそ50.3%程度である必要がある。そこで2010年の予測としてはこの値を用いた。これは2009年の売上原価率51.8%とほぼ同様の値となる。これは同社においてトールゲート型ビジネスが成長することにより、利益率が上昇している事を予測していると考える。今後もトールゲート型ビジネスが収益の柱となる事が予測されるので、売上原価率はほぼ同じ値で今後も続くと仮定する。
連結決算における販管費の固定費、変動費につての詳細は公表されていない為、単体決算における販管費の詳細を調べたところ、変動費割合は約10.9%だったので、この値を用いる。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、2011年までは平均償却年数を5.5年として計算した。また、以下で述べるように2010年以降に大きな設備投資を計画している事から、その後についてはやや減価償却が伸びると仮定。また、最終年度(2019/5)については、設備投資額と同額になるように調整。
・設備投資
2008年の有価証券報告書によると、重要な設備の新設という事で、インフラ用設備向けコンピュータ、ネットワークとして、約5億5千万円が計上されている。また、同社のIRから伺った所によると、2010年,2011年の設備投資額としては10億程度を計画している模様。そのため、バリュエーションにおいてもその値を用いる。その後については、現時点では未定ではあるが、ある一定規模の設備投資を継続して行う意志が感じられたことから、7億程度で推移すると仮定した。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月21日の株価1,562円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:2,232円 乖離43%
9. IR関連
IRによると、投資の意志決定に際し、資本コスト及びハードルレートについては特に定めていないという回答を頂いた。また、ここの所、自己資本比率が上昇しているが、長期的な目標水準についても、現時点では特に定めていない。これは2005,2006年に純利益において赤字を計上したが、その後業績が回復しており、現状は次のステップに向けた過渡期であるという認識の為とのこと。
また、将来業績、及び今後の設備投資の予定等についてIRの担当者の方から伺ったところ、非常に誠実な回答を頂く事が出来た。また、同社の現状認識及び、今後の成長についても強い意欲を持っている様に感じた。
10. まとめ
株価1562円 (2009年7月21日終値)に対し、理論株価は2232円となり乖離率は43%となる。チャート上では2004年から2007年年末にかけて株価が下落傾向であったものの、2008年以降から急激に株価が上昇している事が見て取れる。この事から株価上では金融危機に対する影響はあまり見て取れない。
同社の強みは、気象予報に関して官営サービスだけに頼らない独自ネットワーク/数値予報モデルを使って作り上げたコンテンツを提供出来る所にあると考える。また、単に情報提供だけに留まらず、顧客に対して気象予報を元にしたコンサルティングを行える点において、他社との差別化が出来るポイントであろう。この差別化が維持できれば、今後もトールゲート型サービスの増益が期待できるのではないかと考える。
財務面に置いては、ここ数年、流動比率、自己資本比率共に値が上昇している。また、次の成長ステージに向かう為、2009,2010年にそれぞれ10億円程度という例年に比べると大きい投資計画を持っている。これはIRの所でも記述したが、2005,2006年に計上した赤字以降、業務等の見直しを行った結果、その成果が現れており、次のステップへ向けて成長を加速する体制に入ったという事が言えると考える。
一般的に、同社のBtoBビジネスは、顧客企業に対する売上向上を支援すると言うよりは、利益(原価低減)に対して貢献するビジネスであると考える。海事気象においては、経済減速と共に船舶活動自体も減速した事により売上げに影響が出ているものの、不況により顧客がコスト管理に敏感になっている可能性がある事から、同社のビジネスはダイレクトには不況の影響を受けないであろうと予想する。BtoSのサービスは、主に個人向けサービスとなり、売上を拡大するには新たなマーケット自体の創造及び拡大が必要になると考える。今回のバリュエーションにおいては、やや保守的な見通しではあるが、マーケットの創出に成功した場合、BtoBよりも大きな売上の成長が期待できる分野であると考える。
気象情報の提供というビジネスは、実際に顧客に対して価値を提供していているビジネスであり、今後も価値を持ち続けるビジネスであると考える。その中で最大手の同社は今後も一定の成長をしていくものと予想する。以上の事から2008年以降、株価が上昇しているものの、中長期的に見てまだ投資余地がある会社であると考える。
2009/07/20
Interlude 20090720
思いつきと勢いで始めたこの企画だったが、5つの企業の分析を書いたことで気分的にも一段落してきた。そこで、気分転換としてここまでやってきた上での感想などを書いてみようかと思う。
将来業績予測よりも過去業績分析の重要性
DCFにてバリュエーションを行う際、将来業績予測を行って理論株価を算出してはいるものの、全ては将来の事なので、確かな事は何も言えない。よって数字操作によって簡単に事業価値が変わってしまう…。これは、DCF法に対する批判の一つであり、自分でバリュエーションを行う上でも良く感じる事である。但し、だからこそ過去業績分析が非常に重要になると考える様になった。
企業というモノが世の中に存在する訳では無く、企業の実態としては各ステークホルダーの集合体による活動となる。そこでどのような経営者、株主、従業員がいて、誰を顧客にして、過去にどんな経営を行ってきて、今後はどのような方向に進もうとしているのか?こういった分析を通して対象企業についてより深く知ること。理論株価算出の為の将来業績予測は必要な事ではあるが、バリュエーションを行うほどに、過去業績分析を通して企業についての理解を深める事の重要性を感じるようになってきた。
blogspotの操作感その他
レポートの原稿はWardで書いており、それをblogspotにアップロードしている。文章についてはコピー&ペーストで問題無いのだが、表(画像)のアップロードにおける操作感に不満がある。画像をアップロードすると画像関連htmlがインプットエリアの最上部に必ずインサートされてしまい、毎回そのhtmlを必要な所に移動させなくてはならない。画像アップロード時にあるカーソルの所にインサートすれば良いはずだと思うのだが。画像アップロード時にリフレッシュをする実装になっているのかも知れないが、ユーザーインターフェース的にちょっと不満を感じる。
いつまで続く?
現在、少々時間に余裕があるため、こ こ最近は集中してバリュエーションを行っているが、現在のようなペースがいつまで続くかは未定。ベースラインの一つとして、自分自身の投資目的の為の調査 という事もあるのと、こうした分析を通して企業について知るという行為を楽しめている事もあり、あまり無理をせずに、適度に力を抜いて続けていければと思う。
将来業績予測よりも過去業績分析の重要性
DCFにてバリュエーションを行う際、将来業績予測を行って理論株価を算出してはいるものの、全ては将来の事なので、確かな事は何も言えない。よって数字操作によって簡単に事業価値が変わってしまう…。これは、DCF法に対する批判の一つであり、自分でバリュエーションを行う上でも良く感じる事である。但し、だからこそ過去業績分析が非常に重要になると考える様になった。
企業というモノが世の中に存在する訳では無く、企業の実態としては各ステークホルダーの集合体による活動となる。そこでどのような経営者、株主、従業員がいて、誰を顧客にして、過去にどんな経営を行ってきて、今後はどのような方向に進もうとしているのか?こういった分析を通して対象企業についてより深く知ること。理論株価算出の為の将来業績予測は必要な事ではあるが、バリュエーションを行うほどに、過去業績分析を通して企業についての理解を深める事の重要性を感じるようになってきた。
blogspotの操作感その他
レポートの原稿はWardで書いており、それをblogspotにアップロードしている。文章についてはコピー&ペーストで問題無いのだが、表(画像)のアップロードにおける操作感に不満がある。画像をアップロードすると画像関連htmlがインプットエリアの最上部に必ずインサートされてしまい、毎回そのhtmlを必要な所に移動させなくてはならない。画像アップロード時にあるカーソルの所にインサートすれば良いはずだと思うのだが。画像アップロード時にリフレッシュをする実装になっているのかも知れないが、ユーザーインターフェース的にちょっと不満を感じる。
いつまで続く?
現在、少々時間に余裕があるため、こ こ最近は集中してバリュエーションを行っているが、現在のようなペースがいつまで続くかは未定。ベースラインの一つとして、自分自身の投資目的の為の調査 という事もあるのと、こうした分析を通して企業について知るという行為を楽しめている事もあり、あまり無理をせずに、適度に力を抜いて続けていければと思う。
キリンホールディングス株式会社(2503)
1. はじめに
本レポートはキリンホールディングス株式会社 (証券コード:2503)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
尚、キリンホールディングスとサントリーホールディングスは2009 年7月13日の報道により経営統合への交渉が始まったとあるが、本レポートにおいては経営統合の影響は織り込まず、キリンホールディングスが単独で事業を行った場合を想定する。
2. 要旨
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。同社では2006年より量的拡大に向けた投資を行い、売上及び総資産額を大きく伸びている。今後は、量的拡大から質的拡大を如何に充実させていくかという事が課題になると考える。
3. 企業概要
会社名:キリンホールディングス株式会社(証券コード:2503)
設立:1907年2月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:キリンホールディングスは純粋持ち株会社として、グループ戦略の策定、系などを行う。グループの事業としては酒類事業、飲料・食品事業、医薬事業、その他の事業(バイオ関連)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
略歴を見る限り、代表取締役(社長、副社長)及び常務取締役までが同社における生え抜きとなり、松田氏は協和発酵がキリングループの傘下入りした事による取締役就任、また岸氏、弦間氏は社外取締役と思われる。代表取締役社長の加藤氏から、常務取締役末席の大和田までの略歴を調べると、入社年度及び年齢順に並んでいる事が分かる。また、過去5年程の役員の状況を調べる限り、副社長において幾つか例外があるものの、全般的に社長から常務取締役末席まで、入社年度及び年齢順に並んでいるように見える。
大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
社歴として100年以上ある事もあり、大株主としては、信託銀行企業及びその他の企業で占められている。また、上位10株主の議決権を合わせても31.09%となっており、特定の会社等の影響を受けにくい株主構成であると考える。
従業員数(連結):36,554人 (2008年12月31日時点)
2007 年7月に麒麟麦酒からキリンホールディングスへの持株会社へ移行しているため、2007年12月期から単体における従業員数が激減している。また事業別従業員数は、酒類及び飲料・食料セグメントがそれぞれ約35%の人員を占め、医薬事業が約12%を占めている。尚、年収ラボの企業情報によると、2007年において同社はビール業界においては最も高い平均給与となっている。但し、2007年はすでに持株会社移行後になっており、純粋持株会社であるキリンホールディングスには、グループ内において比較的給与水準の高い社員が集まった結果という可能性もある。
・経営理念
「おいしさを笑顔にKIRIN」をキャッチフレーズに、「自然と人を見つめるものづくりで、「食と健康」の新たな喜びを広げていく」という事を経営理念として掲げている。
4. ビジネスモデル
キリンホールディングスでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、2008年12月期において酒類事業が売上の約半分、利益の70%以上を占める主要な事業となっている。主な事業及び、主要な子会社等は以下の表の通りとなる。
・キリングループ長期経営構想(KV2015)
キリンホールディングスは2006年5月に、「キリン・グループ・ビジョン2015」と名付けた長期経営構想を発表している。この長期経営構想のなかで、2015年における連結到達目標としては、以下のような目標を掲げている。
上記の目標を達成する為には、飛躍的な成長が必要であることから、その為の成長シナリオとして以下の3つを挙げている。
・酒類、飲料市場全体を視野に入れた、総合飲料グループ戦略の推進
・国際化の推進(アジア・オセニアでのリーディングカンパニーを目指し、拡大重点エリアとする)
・酒類、飲料、医薬に次ぐ健康・機能性食品事業の推進
・2007-2009年中期経営計画
2006年12月に2007-2009年中期経営計画を発表しているが、外部環境に変化等に対応する為、2008年8月に修正中期経営計画を発表している。中期経営計画の基本方針としては、「基盤事業強化と飛躍的な成長の実現」「企業価値の最大化に向けた財務戦略」「新グループ経営体制による運営」「KIRINブランドの価値向上とキリングループCSRの確立と実践」という4つを掲げている。
また、修正中期経営計画における強化ポイントとしては以下の3点となる。
・「事業会社の自律的成長」⇒綜合飲料グループ戦略推進に向けた事業構造改革
・「グループ内シナジーによる成長」⇒機能強化のためのグループ組織体制の改善
・「大胆な資源配分による成長」⇒次期中計とあわせ総額3,000億円規模の事業投資
2007-2009年中期経営計画における定量的な目標としては以下の通りとなる。
・バリュードライバー
同社の強みとしては、ビール、清涼飲料業界の大手としての規模を生かし、シナジー効果や積極的なM&A等で売上を伸ばす一方、過去業績分析で述べるように、事業の柱となる酒類事業において売上を伸ばしつつも営業利益率、資本効率を高める事が出来る経営力に強みがあると考える。
・競合企業の分析
日本におけるビール業界の競合としては、アサヒビール、サントリーホールディングス、サッポロホールディングスがある。また、長期経営構想発表時の資料によると、世界の食品セクターランキングにおいて、キリンホールディングスは24番目にランクしており、ビール関連企業の中では上位6番目となる。売上が上位の会社としては、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社、ハイネケンインターナショナル社、ペプシボトリンググループ社、SABミラー社となる。以上の事から、日本ではビール業界において最も大きな規模ではあるが、世界的に見みるとそれほど大きな規模とは言えない。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。2006年から2007年に掛けて売上が8%伸びているが、これは主にメルシャン(株)の連結等によるものとなる。また、2007年から2008年に掛けては売上が28%近くの伸びとなるが、これは主に豪州ナショナルフーズ社及び協和発酵キリン(株)の連結によるものとなる。これらの連結に伴って、営業利益及び純利益につても絶対額では増えているものの、営業利益率は2006年からやや下落気味である。販管費率は下がっているものの、原価率上昇のインパクトの方が大きかった為となる。
また、2006年から2008年にかけて総資産額が大きく伸びている一方、自己資本比率が2006年の50.6%から2008年の35.4%へ減少傾向となっており、2008年におけるD/E比率は0.72となっている。これは近年の成長戦略に要する事業投資資金として主に負債を用いてきた為となる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。全体の傾向としては、酒類が全体の6割~5割強の売上を挙げ、全体の7割強の利益を酒類が生み出している。売上の成長率では、飲料・食品及び医薬事業の成長が大きいが、これは近年の企業吸収による影響となる。
営業利益の成長という観点では、飲料・食品事業を除いて各事業とも10%~20%の成長をしている。飲料・食品事業については、営業利益が減少傾向であり、2008年12月期においては営業利益が50%以上減少している。この理由としては、原材料の高騰・消費の低迷及び豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却という理由が説明されている。
営業利益率の推移を見ると、医薬事業の営業利益率が他の事業に比べて非常に高い事が特徴となる。また、酒類事業の営業利益が過去5年を通して上昇傾向にある事もポイントの一つであり、これは酒類事業が良くマネージメントされている事を表していると考える。全体の営業利益が低下している原因としては、飲料・食品事業における営業利益率の低下が原因となっている。
所在地セグメント別の売上、営業利益率について
所在地別セグメントを見ると、日本における売上が全体の70%~80%を占めているものの、全体の傾向としては、日本における売上の割合は減少傾向にある。その部分を埋める形としてアジア・オセニアからの売上が伸びており直近の数字で20%弱を占める。また、売上の成長率をみても、アジア・オセニアの売上が他の地域に比べて高い成長をしている。
営業利益率を見ると、日本での営業利益率は横ばいながら、アジア・オセニア地域の営業利益率が過去数年高い事が分かる。また、その他の地域(欧州・アメリカ)での営業利益率についても過去5年を通して上昇傾向である。2008年12月期において、アジア・オセニア地域の営業利益率が大幅に減少している理由としては、事業別セグメントでもあったとおり、豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却の影響と考える。所在地別セグメントの売上成長から考えるに、同社の成長に対するドライバーとしては、アジア・オセニア地域での売上拡大になると考える。
資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別、地域別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全社的なROICの推移としては、横ばいもしくはやや下落傾向となっている。一方、事業別セグメントにおける資本効率を見ると、酒類における資本効率が上昇している。酒類事業は、営業利益率も過去を通して上昇傾向であることを合わせると、この事業に対する経営効率が年を追う毎に改善されている事を表していると考える。一方、飲料・食品事業及び医薬事業における資本効率は下落傾向にある。これは、企業の合併等により、資産が増えているものの、資産の増加割合に比べて営業利益の増加割合が低いという事を示すものである。ただし、企業合併等に絡むのれん代、ブランド代等の償却が進むにつれて、これらの事業における資産効率が上昇する可能性もあると考える。地域別セグメントの観点から見た場合の資本効率については、特に大きな特徴となる点は見受けられないように見える。
ROICツリー分析
キリンホールディングスの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはビール業界大手である、アサヒビールと、サッポロホールディングスを選択した。尚、2009年7月13日において、キリンホールディングスの時価総額は、約1兆3596億円、アサヒビールは約6731億円、サントリーホールディングスは約2115億円となる。
ROICツリーを見ると、アサヒビールが最も高いROICとなる。これは同社が最も高い営業利益率であり、また投下資本回転率も高い為となる。キリンホールディングスは、原価率において最も低くい値となっている一方、販管費率が最も高い値となる。投下資本回転率については、運転資本回転率、固定資産回転率共にアサヒビールより低い値となる。尚、サッポロホールディングスは、NOPLAT対売上比及び、投下資本回転率の両方において最も低い値となっている。
6. 資本政策の分析
・配当
2007-2009年における中期経営計画において、連結配当性向30%以上という値を目標値としている。2008年12月期の配当性向としては、27.4%となる。尚、余談ながら同社では1907年の創業以来、毎期欠かさず配当を行っている。
・自社株買い
2008年12月31日現在において、30,157,000株(発行済み株式の約3.06 %)の自己株式を所有している。株式の取得状況としては2005年に取締役会決議による自己株式を取得している。その後は、単元未満株主の買い取り請求等による自己株式の取得があるものの、株主総会、取締役会決議による自己株式の取得は行われていない。
・資金調達
2009年2月発表の事業方針によると、格付けに注視しつつも今後も成長戦略への事業投資資金は負債及び保有資産の流動化にて調達する予定としている。また、長期的にはD/E比率は0.5を目安としつつも、成長の為に一時的に1.0程度までは許容する方針となっている。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:ここ3年ほど有利子負債を増やして自己資本比率、D/E比率が下がっている点は株式コストの上昇要因になりえる一方、同社のIRは非常に充実しており同社に対するリスク認識低減に非常に役立っていると考える。両方の要素を考慮し、自分勝手割引率として10%とする。
有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率3.44%となる。キリンホールディングスが発行している社債の利率は約1%台程度であるものの、在外子会社であるLION NATHAN LTD.が発行している社債の利率が3%~8%台とキリンホールディングスが発行している社債に比べて割高になっている。これが連結で見た場合の有利子負債の上昇要因となる。
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは7.40%となる
・売上高
2009年の売上高予想は同社発表を用いた。またその後の予測については以下のシナリオに従うとした。尚、今回の予測においては、KV2015の売上げ達成はやや厳しい見込みとした。
酒類事業:足下の業績は、景気減速の影響を受けて悪化するものの、2010年以降より回復に向かうと仮定。長期的には、アジア・オセニア地域における成長が酒類事業の成長を引き上げるとし、2%~3%程度の成長と仮定した。
飲料・食品事業:酒類事業同様、飲料・食品事業についても、日本では低成長になるものの、アジア・オセニア地域の成長が事業全体の成長を引き上げるとし、会社予想の3%程度の成長が続くと仮定する。
医薬品事業:協和発酵キリンにおけるシナジー効果等が発揮されるとし、今後数年にわたって高い成長率15%~10%になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。
その他の事業:医薬品事業同様に、医薬・健康食品市場向けアミノ酸等を中心に今後数年にわたって高い10%程度の高い成長率になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。
・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価は、原価低減の努力等は行われるが、原材料費の高騰等の可能性を考慮し、今までよりもやや高めの61%程度で推移すると仮定する。
販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の70%が変動費になると仮定した。また、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。
結果として、2015年における営業利益率は7.2%となりKV2015における目標値である営業利益率10%以上の達成は厳しいと予測した。
・減価償却費
2007,2008年の各種投資における減価償却、のれん償却等が発生する事で、今後しばらくは1200億円程度の減価償却を行うと仮定する。
・設備投資
IR資料等の情報から、2009年から2011年に掛けて設備投資及び事業投資を含めて3000億円程度の投資を行うと仮定する。その後は投資が一巡するとし、年間500億円程度の設備投資になると仮定した。
・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・実効税率
40%と仮定した。
8. バリュエーション
2009年7月17日の株価1387円
上記書くシナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1036円 乖離-25%
9. IR関連
同社のIRサイトには、長期経営計画、中期経営計画、単年度事業方針を説明した資料に始まり、決算短信、決算説明会資料、有価証券報告書などの各種財務情報・資料がダウンロード可能となっており非常に充実している。また、資料の中身においても、長期経営構想や中期経営計画の具体的な説明等まで含まれており、投資家及び関係者に対して自社の方針をきちんと説明しようとする姿勢が感じる事が出来る。IR部門の目的は資本コストを下げる事という観点に立つと、中長期方針の説明から、事業毎に翌来の売上高及び営業利益の予想及びその理由等まで開示してあり、投資家が自ら同社に対する投資方針を決める際に非常に役立つ情報となっている。以上の事から、同社のIR部門の質は非常に高いと考える。
10. まとめ
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。キリンホールディングスでは2006年に発表した「キリン・グループ・ビジョン2015(KV2015)」に基づき、2015年における売上3兆円(酒税込み)、営業利益率(酒税抜き)10%以上を目指す為に、同年から売上の拡大を目指して、積極的にM&A等を行っている。これにより、2006年から2009年に掛けて売上及び資産総額が大きく伸びている。
2009年のキリングループ事業方針によると、今後の時期中期経営計画にむけて3000億円程度の成長投資を予定しているとある一方、今後の課題として、量的拡大から質的拡大というテーマを掲げている。具体的には、規模の優位の活用、シナジー、効率性、人事交流及び基盤効率重視から利益創出重視への投資戦略のシフトという点が挙げられている。この質的拡大は、同社における今後のテーマになると考える。また、投資資金の調達として、有利子負債の他に資産の流動化によるキャッシュ捻出も計画されている。資産流動化による資金調達は、全社的にみて資産効率の上昇に繋がると考える。
過去業績分析から判断するに、主に酒類事業において売上を拡大しつつも営業利益率及び、事業別資産効率が向上している事から、同事業における経営効率改善が上手くいっていると考える事が出来る。質的拡大にむけて、酒類事業にみられるような経営効率の改善をグループ全体にどのように広げていくかという事が、課題の一つとなる。
バリュエーションにおいて、理論株価に大きな影響をもつ要素としては、売上、原価率、設備投資となる(ここでの設備投資は、事業投資の額を含む)。特に2006,2007年と、規模拡大に向けて、営業CFを上回る額の投資CFを支出している。そこで、今後はこれらの投資CFを如何にして売上及び営業CFに結びつけるかという点に注目するべきと考える。
今回のバリュエーションでは、KV2015の目標達成は売上高、営業利益率共にやや厳しいという見立ての元の結果であるが、今後の売上拡大及び、グループ全体における経営効率の改善による営業利益率の向上次第によって、理論株価も上がっていくことになる。
本レポートはキリンホールディングス株式会社 (証券コード:2503)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
尚、キリンホールディングスとサントリーホールディングスは2009 年7月13日の報道により経営統合への交渉が始まったとあるが、本レポートにおいては経営統合の影響は織り込まず、キリンホールディングスが単独で事業を行った場合を想定する。
2. 要旨
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。同社では2006年より量的拡大に向けた投資を行い、売上及び総資産額を大きく伸びている。今後は、量的拡大から質的拡大を如何に充実させていくかという事が課題になると考える。
3. 企業概要
会社名:キリンホールディングス株式会社(証券コード:2503)
設立:1907年2月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:キリンホールディングスは純粋持ち株会社として、グループ戦略の策定、系などを行う。グループの事業としては酒類事業、飲料・食品事業、医薬事業、その他の事業(バイオ関連)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
略歴を見る限り、代表取締役(社長、副社長)及び常務取締役までが同社における生え抜きとなり、松田氏は協和発酵がキリングループの傘下入りした事による取締役就任、また岸氏、弦間氏は社外取締役と思われる。代表取締役社長の加藤氏から、常務取締役末席の大和田までの略歴を調べると、入社年度及び年齢順に並んでいる事が分かる。また、過去5年程の役員の状況を調べる限り、副社長において幾つか例外があるものの、全般的に社長から常務取締役末席まで、入社年度及び年齢順に並んでいるように見える。
大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
社歴として100年以上ある事もあり、大株主としては、信託銀行企業及びその他の企業で占められている。また、上位10株主の議決権を合わせても31.09%となっており、特定の会社等の影響を受けにくい株主構成であると考える。
従業員数(連結):36,554人 (2008年12月31日時点)
2007 年7月に麒麟麦酒からキリンホールディングスへの持株会社へ移行しているため、2007年12月期から単体における従業員数が激減している。また事業別従業員数は、酒類及び飲料・食料セグメントがそれぞれ約35%の人員を占め、医薬事業が約12%を占めている。尚、年収ラボの企業情報によると、2007年において同社はビール業界においては最も高い平均給与となっている。但し、2007年はすでに持株会社移行後になっており、純粋持株会社であるキリンホールディングスには、グループ内において比較的給与水準の高い社員が集まった結果という可能性もある。
・経営理念
「おいしさを笑顔にKIRIN」をキャッチフレーズに、「自然と人を見つめるものづくりで、「食と健康」の新たな喜びを広げていく」という事を経営理念として掲げている。
4. ビジネスモデル
キリンホールディングスでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、2008年12月期において酒類事業が売上の約半分、利益の70%以上を占める主要な事業となっている。主な事業及び、主要な子会社等は以下の表の通りとなる。
・キリングループ長期経営構想(KV2015)
キリンホールディングスは2006年5月に、「キリン・グループ・ビジョン2015」と名付けた長期経営構想を発表している。この長期経営構想のなかで、2015年における連結到達目標としては、以下のような目標を掲げている。
上記の目標を達成する為には、飛躍的な成長が必要であることから、その為の成長シナリオとして以下の3つを挙げている。
・酒類、飲料市場全体を視野に入れた、総合飲料グループ戦略の推進
・国際化の推進(アジア・オセニアでのリーディングカンパニーを目指し、拡大重点エリアとする)
・酒類、飲料、医薬に次ぐ健康・機能性食品事業の推進
・2007-2009年中期経営計画
2006年12月に2007-2009年中期経営計画を発表しているが、外部環境に変化等に対応する為、2008年8月に修正中期経営計画を発表している。中期経営計画の基本方針としては、「基盤事業強化と飛躍的な成長の実現」「企業価値の最大化に向けた財務戦略」「新グループ経営体制による運営」「KIRINブランドの価値向上とキリングループCSRの確立と実践」という4つを掲げている。
また、修正中期経営計画における強化ポイントとしては以下の3点となる。
・「事業会社の自律的成長」⇒綜合飲料グループ戦略推進に向けた事業構造改革
・「グループ内シナジーによる成長」⇒機能強化のためのグループ組織体制の改善
・「大胆な資源配分による成長」⇒次期中計とあわせ総額3,000億円規模の事業投資
2007-2009年中期経営計画における定量的な目標としては以下の通りとなる。
・バリュードライバー
同社の強みとしては、ビール、清涼飲料業界の大手としての規模を生かし、シナジー効果や積極的なM&A等で売上を伸ばす一方、過去業績分析で述べるように、事業の柱となる酒類事業において売上を伸ばしつつも営業利益率、資本効率を高める事が出来る経営力に強みがあると考える。
・競合企業の分析
日本におけるビール業界の競合としては、アサヒビール、サントリーホールディングス、サッポロホールディングスがある。また、長期経営構想発表時の資料によると、世界の食品セクターランキングにおいて、キリンホールディングスは24番目にランクしており、ビール関連企業の中では上位6番目となる。売上が上位の会社としては、アンハイザー・ブッシュ・インベブ社、ハイネケンインターナショナル社、ペプシボトリンググループ社、SABミラー社となる。以上の事から、日本ではビール業界において最も大きな規模ではあるが、世界的に見みるとそれほど大きな規模とは言えない。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。2006年から2007年に掛けて売上が8%伸びているが、これは主にメルシャン(株)の連結等によるものとなる。また、2007年から2008年に掛けては売上が28%近くの伸びとなるが、これは主に豪州ナショナルフーズ社及び協和発酵キリン(株)の連結によるものとなる。これらの連結に伴って、営業利益及び純利益につても絶対額では増えているものの、営業利益率は2006年からやや下落気味である。販管費率は下がっているものの、原価率上昇のインパクトの方が大きかった為となる。
また、2006年から2008年にかけて総資産額が大きく伸びている一方、自己資本比率が2006年の50.6%から2008年の35.4%へ減少傾向となっており、2008年におけるD/E比率は0.72となっている。これは近年の成長戦略に要する事業投資資金として主に負債を用いてきた為となる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。全体の傾向としては、酒類が全体の6割~5割強の売上を挙げ、全体の7割強の利益を酒類が生み出している。売上の成長率では、飲料・食品及び医薬事業の成長が大きいが、これは近年の企業吸収による影響となる。
営業利益の成長という観点では、飲料・食品事業を除いて各事業とも10%~20%の成長をしている。飲料・食品事業については、営業利益が減少傾向であり、2008年12月期においては営業利益が50%以上減少している。この理由としては、原材料の高騰・消費の低迷及び豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却という理由が説明されている。
営業利益率の推移を見ると、医薬事業の営業利益率が他の事業に比べて非常に高い事が特徴となる。また、酒類事業の営業利益が過去5年を通して上昇傾向にある事もポイントの一つであり、これは酒類事業が良くマネージメントされている事を表していると考える。全体の営業利益が低下している原因としては、飲料・食品事業における営業利益率の低下が原因となっている。
所在地セグメント別の売上、営業利益率について
所在地別セグメントを見ると、日本における売上が全体の70%~80%を占めているものの、全体の傾向としては、日本における売上の割合は減少傾向にある。その部分を埋める形としてアジア・オセニアからの売上が伸びており直近の数字で20%弱を占める。また、売上の成長率をみても、アジア・オセニアの売上が他の地域に比べて高い成長をしている。
営業利益率を見ると、日本での営業利益率は横ばいながら、アジア・オセニア地域の営業利益率が過去数年高い事が分かる。また、その他の地域(欧州・アメリカ)での営業利益率についても過去5年を通して上昇傾向である。2008年12月期において、アジア・オセニア地域の営業利益率が大幅に減少している理由としては、事業別セグメントでもあったとおり、豪州ナショナルフーズ社株式取得に関するのれん・ブランド費の償却の影響と考える。所在地別セグメントの売上成長から考えるに、同社の成長に対するドライバーとしては、アジア・オセニア地域での売上拡大になると考える。
資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別、地域別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全社的なROICの推移としては、横ばいもしくはやや下落傾向となっている。一方、事業別セグメントにおける資本効率を見ると、酒類における資本効率が上昇している。酒類事業は、営業利益率も過去を通して上昇傾向であることを合わせると、この事業に対する経営効率が年を追う毎に改善されている事を表していると考える。一方、飲料・食品事業及び医薬事業における資本効率は下落傾向にある。これは、企業の合併等により、資産が増えているものの、資産の増加割合に比べて営業利益の増加割合が低いという事を示すものである。ただし、企業合併等に絡むのれん代、ブランド代等の償却が進むにつれて、これらの事業における資産効率が上昇する可能性もあると考える。地域別セグメントの観点から見た場合の資本効率については、特に大きな特徴となる点は見受けられないように見える。
ROICツリー分析
キリンホールディングスの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはビール業界大手である、アサヒビールと、サッポロホールディングスを選択した。尚、2009年7月13日において、キリンホールディングスの時価総額は、約1兆3596億円、アサヒビールは約6731億円、サントリーホールディングスは約2115億円となる。
ROICツリーを見ると、アサヒビールが最も高いROICとなる。これは同社が最も高い営業利益率であり、また投下資本回転率も高い為となる。キリンホールディングスは、原価率において最も低くい値となっている一方、販管費率が最も高い値となる。投下資本回転率については、運転資本回転率、固定資産回転率共にアサヒビールより低い値となる。尚、サッポロホールディングスは、NOPLAT対売上比及び、投下資本回転率の両方において最も低い値となっている。
6. 資本政策の分析
・配当
2007-2009年における中期経営計画において、連結配当性向30%以上という値を目標値としている。2008年12月期の配当性向としては、27.4%となる。尚、余談ながら同社では1907年の創業以来、毎期欠かさず配当を行っている。
・自社株買い
2008年12月31日現在において、30,157,000株(発行済み株式の約3.06 %)の自己株式を所有している。株式の取得状況としては2005年に取締役会決議による自己株式を取得している。その後は、単元未満株主の買い取り請求等による自己株式の取得があるものの、株主総会、取締役会決議による自己株式の取得は行われていない。
・資金調達
2009年2月発表の事業方針によると、格付けに注視しつつも今後も成長戦略への事業投資資金は負債及び保有資産の流動化にて調達する予定としている。また、長期的にはD/E比率は0.5を目安としつつも、成長の為に一時的に1.0程度までは許容する方針となっている。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:ここ3年ほど有利子負債を増やして自己資本比率、D/E比率が下がっている点は株式コストの上昇要因になりえる一方、同社のIRは非常に充実しており同社に対するリスク認識低減に非常に役立っていると考える。両方の要素を考慮し、自分勝手割引率として10%とする。
有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率3.44%となる。キリンホールディングスが発行している社債の利率は約1%台程度であるものの、在外子会社であるLION NATHAN LTD.が発行している社債の利率が3%~8%台とキリンホールディングスが発行している社債に比べて割高になっている。これが連結で見た場合の有利子負債の上昇要因となる。
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは7.40%となる
・売上高
2009年の売上高予想は同社発表を用いた。またその後の予測については以下のシナリオに従うとした。尚、今回の予測においては、KV2015の売上げ達成はやや厳しい見込みとした。
酒類事業:足下の業績は、景気減速の影響を受けて悪化するものの、2010年以降より回復に向かうと仮定。長期的には、アジア・オセニア地域における成長が酒類事業の成長を引き上げるとし、2%~3%程度の成長と仮定した。
飲料・食品事業:酒類事業同様、飲料・食品事業についても、日本では低成長になるものの、アジア・オセニア地域の成長が事業全体の成長を引き上げるとし、会社予想の3%程度の成長が続くと仮定する。
医薬品事業:協和発酵キリンにおけるシナジー効果等が発揮されるとし、今後数年にわたって高い成長率15%~10%になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。
その他の事業:医薬品事業同様に、医薬・健康食品市場向けアミノ酸等を中心に今後数年にわたって高い10%程度の高い成長率になると仮定。長期的には成長率が落ち着くとする。
・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価は、原価低減の努力等は行われるが、原材料費の高騰等の可能性を考慮し、今までよりもやや高めの61%程度で推移すると仮定する。
販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の70%が変動費になると仮定した。また、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。
結果として、2015年における営業利益率は7.2%となりKV2015における目標値である営業利益率10%以上の達成は厳しいと予測した。
・減価償却費
2007,2008年の各種投資における減価償却、のれん償却等が発生する事で、今後しばらくは1200億円程度の減価償却を行うと仮定する。
・設備投資
IR資料等の情報から、2009年から2011年に掛けて設備投資及び事業投資を含めて3000億円程度の投資を行うと仮定する。その後は投資が一巡するとし、年間500億円程度の設備投資になると仮定した。
・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・実効税率
40%と仮定した。
8. バリュエーション
2009年7月17日の株価1387円
上記書くシナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1036円 乖離-25%
9. IR関連
同社のIRサイトには、長期経営計画、中期経営計画、単年度事業方針を説明した資料に始まり、決算短信、決算説明会資料、有価証券報告書などの各種財務情報・資料がダウンロード可能となっており非常に充実している。また、資料の中身においても、長期経営構想や中期経営計画の具体的な説明等まで含まれており、投資家及び関係者に対して自社の方針をきちんと説明しようとする姿勢が感じる事が出来る。IR部門の目的は資本コストを下げる事という観点に立つと、中長期方針の説明から、事業毎に翌来の売上高及び営業利益の予想及びその理由等まで開示してあり、投資家が自ら同社に対する投資方針を決める際に非常に役立つ情報となっている。以上の事から、同社のIR部門の質は非常に高いと考える。
10. まとめ
株価 1387円(2009年7月17日終値)に対し、理論株価は 1036円となり乖離率は-25%となる。キリンホールディングスでは2006年に発表した「キリン・グループ・ビジョン2015(KV2015)」に基づき、2015年における売上3兆円(酒税込み)、営業利益率(酒税抜き)10%以上を目指す為に、同年から売上の拡大を目指して、積極的にM&A等を行っている。これにより、2006年から2009年に掛けて売上及び資産総額が大きく伸びている。
2009年のキリングループ事業方針によると、今後の時期中期経営計画にむけて3000億円程度の成長投資を予定しているとある一方、今後の課題として、量的拡大から質的拡大というテーマを掲げている。具体的には、規模の優位の活用、シナジー、効率性、人事交流及び基盤効率重視から利益創出重視への投資戦略のシフトという点が挙げられている。この質的拡大は、同社における今後のテーマになると考える。また、投資資金の調達として、有利子負債の他に資産の流動化によるキャッシュ捻出も計画されている。資産流動化による資金調達は、全社的にみて資産効率の上昇に繋がると考える。
過去業績分析から判断するに、主に酒類事業において売上を拡大しつつも営業利益率及び、事業別資産効率が向上している事から、同事業における経営効率改善が上手くいっていると考える事が出来る。質的拡大にむけて、酒類事業にみられるような経営効率の改善をグループ全体にどのように広げていくかという事が、課題の一つとなる。
バリュエーションにおいて、理論株価に大きな影響をもつ要素としては、売上、原価率、設備投資となる(ここでの設備投資は、事業投資の額を含む)。特に2006,2007年と、規模拡大に向けて、営業CFを上回る額の投資CFを支出している。そこで、今後はこれらの投資CFを如何にして売上及び営業CFに結びつけるかという点に注目するべきと考える。
今回のバリュエーションでは、KV2015の目標達成は売上高、営業利益率共にやや厳しいという見立ての元の結果であるが、今後の売上拡大及び、グループ全体における経営効率の改善による営業利益率の向上次第によって、理論株価も上がっていくことになる。
2009/07/15
株式会社東京ドーム(9681)
1. はじめに
本レポートは株式会社東京ドーム(証券コード:9681)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。足下のレジャー事業は順調に推移しているものの、2007年に計上した多額の損失の処理に苦慮している現状となる。また、その影響もあり、同社には不確定な要素が多く、今まで以上に注視する必要があると考える。
3. 企業概要
会社名:株式会社東京ドーム(証券コード:9681)
設立:1936年12月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:東京ドームを中心としたレジャー事業及び化粧品・雑貨を扱う流通事業、その他の事業(不動産関係、金融関係etc)を行う。
経営陣:2009年4月提出の有価証券報告書より
代表取締役会長の林氏が79才、代表取締役社長の久代氏が68才という比較的高齢であるという事に加え、本田氏の59才が社内取締役における最も若い年齢となる。尚、経営陣の中で最も若い方は、社外取締役の井上氏が58才となる。この経営陣の平均年齢が高い事が、同社における経営陣の一つの特徴である。また、略歴を見る限り、社内取締役は全員同社における生え抜きである。経営陣が所有する株式は、全てを合わせても発行済み株式数の0.13%程度となり、経営陣の持つ株式が議決権に与える影響は殆ど無い。
大株主:2009年4月提出の有価証券報告書より
大株主としては、信託銀行、企業で占められており、特定の個人がいない点が特徴となる。
従業員数(連結):1,756人 (2009年1月31日時点)
2007年から2008年にかけて従業員が100人以上減少しているのは、主に2008年1月期においてゴルフ・リゾート事業から撤退している事が原因と考える。厚生労働省による平成20年賃金事情等総合調査(http://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/chingin/08/chingin.html)によると、資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業における平均勤続年数は17.9年となる。この事から同社における平均勤続年数は、ほぼ一般的な値であると考える。また、年収ラボのレジャー業界別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_reja.htm)によると、2008年時点では45社中13番目に高い平均給与となっている。
・経営理念
「私たちは、人とひととのふれあいを通して、お客様と『感動』を共有し、豊かな社会の実現に貢献します」を経営理念に、都市型レジャーを追い求め続けることを社会的な使命としている。
4. ビジネスモデル
株式会社東京ドームでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、レジャー事業が売上の約85%、利益の約90%を占め、同社における主要な事業となっている。
・バリュードライバー
東京都文京区という立地の良い場所に、東京ドーム、東京ドームホテル、ラクーア、後楽園ホール、ミーツポート等の商業施設を集中させ、魅力的な施設を提供している事が同社の価値の源泉である。
また、消費者に対して魅力的な施設であり続ける為に、施設のリニューアル、新規テナント等の開発等も継続して行う必要があり、その為の企画力、設備投資を行う為の資金力についても大きなポイントになると考える。
以下の表は、過去5年における各事業の資本的支出額の推移となる。この表を見ると、レジャー事業関連の支出がと出しており、かつ支出額も大きく伸びている事が分かる。この事から、同社において東京ドームシティ(TDC)を中心とするレジャー事業に力を入れている事が見て取れる。
・競合企業の分析
遊園地、商業施設として同様の事業を営む上場企業としては、東京ディズニーリゾートを運円するオリエンタルランド、ユニバーサルスタジオジャパンを運営する株式会社ユー・エス・ジェイ等が挙げられる。また、事業そのものに対する競合としては、各種テーマパーク、大規模ショッピングセンターなどの各種商業施設が考えられる。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。目立つところとしては2007年1月期に売上の約90%に相当する純赤字を計上しており、同時に流動比率も同期から大幅に悪化している事が見て取れる。流動資産、流動負債の内訳を詳しく見ると、流動比率が大幅に悪化した原因として、ファイナンス事業撤退による営業貸付金が2007年1月期より計上されなくなった事が主な原因である。2006年1月期において、営業貸付金は流動資産の約77%を占めていた事もあり、営業貸付金が計上されなくなった事のインパクトは非常に大きい。また、2008年1月期における現金の残高は、1年以内返済長期負債と短期借入金の合計額の約19%程度、2009年1月期は約23%程度となっている。この事から、これらの負債の借り換え及び、負債額の減少は非常に大きな課題と考える。一方、同社のビジネスは、消費者を直接顧客にしている事から、売上=現金収入が見込めるという利点がある。これは、2009年1月期において、売掛金回収期間が12日である事からも見て取れる。しかしながら総じて流動比率の改善は同社における大きな課題であると考える。
営業利益に関してみると、ファイナンス事業から撤退した2007年1月期以降、原価率は、76%~78%と安定して推移しているものの、ここ3年ほどやや悪化傾向ではある。また、販管費率は直近の値で1.9%となっているが、これは負ののれんの償却による効果が大きい。尚、同社の連結損益計算書では負ののれんは営業外収益となっているが、FCFに対して正のインパクトがある事から、ここでは負ののれんを販管費に組み入れて計算している。負ののれんの償却は2010年1月期をもって完了する見込みの為、2011年1月期以降より販管費率が上昇すると可能性が高い。なお、このことにより直近の値では営業利益率は20%弱となる。以上の事から財務上において大きな問題があるものの、足下の事業においては、しっかりと利益を確保している事が分かる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
セグメント別の売上、営業利益率について
セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。売上については、各セグメント共に総じて横ばいとなっている。営業利益についてみると、レジャー事業が全体の90%以上の営業利益を常に稼ぎ出す体質となっている。また、営業利益率においてもレジャー事業が20%強と最も高い割合となる。また、その他事業の営業利益率が2008年以降急上昇しているのは、2007年における金融事業撤退にからみ、それまでファイナンス事業に属していたリース事業がその他の事業に含まれるようになったことが影響している為となる。
資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。同社のレジャー事業は、設備産業とも考える事が出来る。これは2009年1月期において、有形固定資産が全資産の80%弱に相当する事からも見て取れる。ROICが低いことから、同社において加重平均資本コスト(WACC)がROICよりも下回る為には、有利子負債を使った財務レバレッジによるWACCを低減させる事が必須である事が分かる。また、同社の有価証券報告書におけるセグメント情報から、各事業における資産及び、営業利益から、各事業のおけるROICを推計したところ、以下の通りとなった。それぞれ事業が違うにも関わらず、ROICはほぼ同じ値となっている。
ROICツリー分析
東京ドーム社の資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(OLC)と、ユニバーサルスタジオジャパンを運営するユー・エス・ジェー(USJ)した。尚、2009年7月13日において、株式会社東京ドームの時価総額は、約555億円、OLCは約5800億円、USJは約1060億円となる。
ROICツリーによると、東京ドームは3社の中で最も低いROICとなる一方、営業利益率は最も高くなっている。これは、同社の販管費率が特に低いことが理由となる。また、投下資本回転率側を見ると、運転資本回転率、固定資産回転率共に東京ドーム社が最も低い値となる。特に固定資産はボリュームが大きいこともあり、これが3社において同社のROICが最も低い理由になっていると考える。
また、3社共に共通する項目として、固定資産回転率が低い事がある。これは、テーマパーク及び商業施設ビジネスは、初期に設備投資を行って固定資産を保有した後に、その投資の回収を数年にわたって行うというビジネス形態となっている為となる。
6. 資本政策の分析
・配当
固定資産に関する大幅な減損を計上した2007年を除いて、ここ数年は一株当たり5円の配当を行っている。尚、直近の決算において、配当性向は約14%となる。
・自社株買い
2009年1月31日現在において、709,019株(発行済み株式の約0.3%)の自己株式を所有している。これらの自己株式は2007年以降に取得されているものの、株主総会、取締役会の決議による取得ではなく、単元株未満の買い取り請求による取得によるものと思われる。
その為、同社による自発的な自社株買いを行っている形跡はない。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として12.5%を使用。流動比率の低さ及び有利子負債の大きさを鑑みて、高めの株主コストを設定する。
有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率1.83%
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは4.25%となる。尚、2009年1月期においてにおいて同社の実効税率は1.8%となっており、現時点において有利子負債のタックスシールドによる税効果コストは殆ど効かない。
・売上高
レジャー事業:ミーツポート開業の効果及び、ジオポリスのリニューアル、温泉施設の運営受託事業等により、2012年までレジャー事業全体として7%程度の成長を見込む。また、その後は0.5%程度の成長に落ち着くと仮定した。
流通事業:今期、ショップインについては出店3、退店1を予定しており、トータルで2店舗の増加を予定している。そこで、売上については今期5%程度の成長を仮定。その後は出店計画が未定なので横ばいとした。
その他の事業:その他の事業については、ここ数年減少稽古ではある。そこで、情報が少ないことと、全体に与えるインパクトも小さいことから、売上については今後も-1%程度のマイナス成長となると仮定。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年1月期の決算資料を見ると、売上高が0.8%程度増加しているにも関わらず、営業利益が13%程度減少している。この理由をIRに伺ったところ、メジャーリーグ、プロ野球(日本シリーズ、クライマックスシリーズ)等の野球関連の興業が無い為、これらが原価率の上昇に寄与している事に加え、新ジオポリス等減価償却も影響しているとの回答を頂いた。
そこで、今後の見通しとしては、売上原価率は保守的に見積もる為に今までよりはやや高め80%前半で推移すると仮定する。
販売管理費については、2010年で負ののれんの償却が終わる事から、2010年より販管費が高くなる事が予想される。また、新ジオポリスなどの減価償却も始まる事から、販管費については、売上の3%後半から4%半ば程度で推移すると仮定した。
・減価償却費
2010年1月期の減価償却は、同社見込みの82億円を用いる。2011年もジオポリス、ミートポーツの減価償却があるので同程度で推移するとし、さらにその翌年以降は減価償却が落ち着くと見込む。
・設備投資
2010年1月期の設備投資は、同社見込みの88億円を用いる。現時点では、特段新たな設備投資に付いての発表が無いが、今後も施設更新等の維持管理がある為、75億円程度の設備投資額を行うと仮定する。
・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・実効税率
2007年に計上した多額の評価損及び、負ののれん償却に絡み、2009年1月期の実効税率は1.76%となる。また、負ののれんの償却は2010年1月期で修了する事から、2011年1月期以降の実効税率は、負ののれん償却分を除いた19%になると仮定した。
・特別損失/特別利益
同社は2009年1月期末において約200億円に上る有価証券を保有している。日経平均の水準は、2009 年1月末と比べて現時点(2009年7月15日)の方が上回っている。今後の株価の水準によっては有価証券評価益、有価証券評価損が発生する可能性があるが、今回のバリュエーションではそれらについては織り込まない。
8. バリュエーション
2009年7月15日の株価295円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:328円 乖離11%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を直接電話で伺ったところ、レスポンスの良い回答を頂いた。また、その場で回答を頂けなかった質問についても、翌日にメールにて回答を頂いた。以上の事から、IRのレスポンスは非常に良いと考える。投資決定の際の資本コスト、ハードルレートについては、ホテル、スパ、レジャー施設毎に投資額、投資リスクの内容の質が異なる為事業毎に設定しているとの回答。また、設備投資、減価償却については、今後も引き続き施設等への投資計画があるものの、現時点の計画では、2009年1月期と同レベルではないものの、一定のレベルで設備投資をしていくとの事。また、現時点で同社では有利子負債の削減を積極的に進めているが、将来的なD/Eレシオについても一定の数値目標があるとの回答を頂いた。
10. まとめ
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。但し、以下に述べるように同社の現状は、不確実な要素が多く、各要素の推移によって理論株価が大きくぶれる可能性今まで以上に大きい。尚、同社の株価は2008年のリーマンショックにより大きく下げている。現時点ではその後も大きな回復はない。これはレジャー事業が景気動向に左右されやすいという事を表すと考えるが、一方、同社の立地条件は安近短に合致する事もあり、一概に不景気がマイナスに左右するとは言い切れない。しかしながら、同社のIRによると、ホテル事業について海外からの顧客数が減じているという影響がある模様。
2007年に計上した評価損等の影響により、2009年1月期において、同社は約160億円に上る繰延税金資産を有する。これは同期における売上の18%程度に上る。これにより、当面同社は税負担が通常に比べ小さくなる可能性が高い。これは今期における同社の実効税率が1.76%になっている事からも見て取れる。また、2007年1月期以降、特別損失として、トータルで約900億円に上る特別損失を計上している。2009年1月期の決算報告資料によると、2010年1月期以降は有価証券評価損等の特別損失を見込んではいない為今回のバリュエーションには織り込んでいない。しかしながら以上のような要素をバリュエーション結果にどう織り込むかは非常に難しい問題となる。
また、特別損失等を考慮しない本業の状況を見ると、収益柱であるレジャー事業における営業利益率が過去数年平均して20%を超えており順調である事が伺える。これは同社の立地の良さ及び各種商業施設における企画が成功を収めている為と考える。
足下における同社の課題は、有価証券報告書等にも明記されているように有利子負債の削減及び、流動比率の改善である。特に1年以内に償還予定の社債と短期借入金を合わせると、現金の4倍近くの値になり、これらの対応は非常に重要であると考える。また、有利子負債が多い事から今後の金利動向にも注意が必要である。
一方、同社のビジネスは設備産業型のビジネスであり、投下資本回転率は低くなる。これはROICツリー分析で述べたように、他の競合企業もROICが一桁パーセントの前半である事からも見て取れる。その為、投資家(株主)へのリターンをあげる為には、ある一定の財務レバレッジを効かす事によるWACCの低減が必須であると考える。どの程度のD/E比率が最適化は難しい問題ではあるが、財務レバレッジの必要性については考慮しておきたい。また、同社は固定資産回転率が他の2社に比べて半分以下の値となっており、これが同社の営業利益率が高いにも関わらずROICが低い原因となる。よって、固定資産回転率の向上も今後の課題と考える。
以上の事から、同社の現状は過去の遺産の処理に苦慮しつつも足下のビジネスは堅調であると判断する。現時点においては、実効税率の問題、有利子負債の問題及び特別損失の問題について今後がやや不透明であるため、これらの問題の目処が付いてから投資するという判断もあり得るし、これらの不透明な点を各種成長率、割引率に織り込んだ上で改めて投資判断を行うという手もあると考える。
本レポートは株式会社東京ドーム(証券コード:9681)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。足下のレジャー事業は順調に推移しているものの、2007年に計上した多額の損失の処理に苦慮している現状となる。また、その影響もあり、同社には不確定な要素が多く、今まで以上に注視する必要があると考える。
3. 企業概要
会社名:株式会社東京ドーム(証券コード:9681)
設立:1936年12月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:東京ドームを中心としたレジャー事業及び化粧品・雑貨を扱う流通事業、その他の事業(不動産関係、金融関係etc)を行う。
経営陣:2009年4月提出の有価証券報告書より
代表取締役会長の林氏が79才、代表取締役社長の久代氏が68才という比較的高齢であるという事に加え、本田氏の59才が社内取締役における最も若い年齢となる。尚、経営陣の中で最も若い方は、社外取締役の井上氏が58才となる。この経営陣の平均年齢が高い事が、同社における経営陣の一つの特徴である。また、略歴を見る限り、社内取締役は全員同社における生え抜きである。経営陣が所有する株式は、全てを合わせても発行済み株式数の0.13%程度となり、経営陣の持つ株式が議決権に与える影響は殆ど無い。
大株主:2009年4月提出の有価証券報告書より
大株主としては、信託銀行、企業で占められており、特定の個人がいない点が特徴となる。
従業員数(連結):1,756人 (2009年1月31日時点)
2007年から2008年にかけて従業員が100人以上減少しているのは、主に2008年1月期においてゴルフ・リゾート事業から撤退している事が原因と考える。厚生労働省による平成20年賃金事情等総合調査(http://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/chingin/08/chingin.html)によると、資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業における平均勤続年数は17.9年となる。この事から同社における平均勤続年数は、ほぼ一般的な値であると考える。また、年収ラボのレジャー業界別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_reja.htm)によると、2008年時点では45社中13番目に高い平均給与となっている。
・経営理念
「私たちは、人とひととのふれあいを通して、お客様と『感動』を共有し、豊かな社会の実現に貢献します」を経営理念に、都市型レジャーを追い求め続けることを社会的な使命としている。
4. ビジネスモデル
株式会社東京ドームでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、レジャー事業が売上の約85%、利益の約90%を占め、同社における主要な事業となっている。
・バリュードライバー
東京都文京区という立地の良い場所に、東京ドーム、東京ドームホテル、ラクーア、後楽園ホール、ミーツポート等の商業施設を集中させ、魅力的な施設を提供している事が同社の価値の源泉である。
また、消費者に対して魅力的な施設であり続ける為に、施設のリニューアル、新規テナント等の開発等も継続して行う必要があり、その為の企画力、設備投資を行う為の資金力についても大きなポイントになると考える。
以下の表は、過去5年における各事業の資本的支出額の推移となる。この表を見ると、レジャー事業関連の支出がと出しており、かつ支出額も大きく伸びている事が分かる。この事から、同社において東京ドームシティ(TDC)を中心とするレジャー事業に力を入れている事が見て取れる。
・競合企業の分析
遊園地、商業施設として同様の事業を営む上場企業としては、東京ディズニーリゾートを運円するオリエンタルランド、ユニバーサルスタジオジャパンを運営する株式会社ユー・エス・ジェイ等が挙げられる。また、事業そのものに対する競合としては、各種テーマパーク、大規模ショッピングセンターなどの各種商業施設が考えられる。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。目立つところとしては2007年1月期に売上の約90%に相当する純赤字を計上しており、同時に流動比率も同期から大幅に悪化している事が見て取れる。流動資産、流動負債の内訳を詳しく見ると、流動比率が大幅に悪化した原因として、ファイナンス事業撤退による営業貸付金が2007年1月期より計上されなくなった事が主な原因である。2006年1月期において、営業貸付金は流動資産の約77%を占めていた事もあり、営業貸付金が計上されなくなった事のインパクトは非常に大きい。また、2008年1月期における現金の残高は、1年以内返済長期負債と短期借入金の合計額の約19%程度、2009年1月期は約23%程度となっている。この事から、これらの負債の借り換え及び、負債額の減少は非常に大きな課題と考える。一方、同社のビジネスは、消費者を直接顧客にしている事から、売上=現金収入が見込めるという利点がある。これは、2009年1月期において、売掛金回収期間が12日である事からも見て取れる。しかしながら総じて流動比率の改善は同社における大きな課題であると考える。
営業利益に関してみると、ファイナンス事業から撤退した2007年1月期以降、原価率は、76%~78%と安定して推移しているものの、ここ3年ほどやや悪化傾向ではある。また、販管費率は直近の値で1.9%となっているが、これは負ののれんの償却による効果が大きい。尚、同社の連結損益計算書では負ののれんは営業外収益となっているが、FCFに対して正のインパクトがある事から、ここでは負ののれんを販管費に組み入れて計算している。負ののれんの償却は2010年1月期をもって完了する見込みの為、2011年1月期以降より販管費率が上昇すると可能性が高い。なお、このことにより直近の値では営業利益率は20%弱となる。以上の事から財務上において大きな問題があるものの、足下の事業においては、しっかりと利益を確保している事が分かる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)
セグメント別の売上、営業利益率について
セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。売上については、各セグメント共に総じて横ばいとなっている。営業利益についてみると、レジャー事業が全体の90%以上の営業利益を常に稼ぎ出す体質となっている。また、営業利益率においてもレジャー事業が20%強と最も高い割合となる。また、その他事業の営業利益率が2008年以降急上昇しているのは、2007年における金融事業撤退にからみ、それまでファイナンス事業に属していたリース事業がその他の事業に含まれるようになったことが影響している為となる。
資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。同社のレジャー事業は、設備産業とも考える事が出来る。これは2009年1月期において、有形固定資産が全資産の80%弱に相当する事からも見て取れる。ROICが低いことから、同社において加重平均資本コスト(WACC)がROICよりも下回る為には、有利子負債を使った財務レバレッジによるWACCを低減させる事が必須である事が分かる。また、同社の有価証券報告書におけるセグメント情報から、各事業における資産及び、営業利益から、各事業のおけるROICを推計したところ、以下の通りとなった。それぞれ事業が違うにも関わらず、ROICはほぼ同じ値となっている。
ROICツリー分析
東京ドーム社の資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(OLC)と、ユニバーサルスタジオジャパンを運営するユー・エス・ジェー(USJ)した。尚、2009年7月13日において、株式会社東京ドームの時価総額は、約555億円、OLCは約5800億円、USJは約1060億円となる。
ROICツリーによると、東京ドームは3社の中で最も低いROICとなる一方、営業利益率は最も高くなっている。これは、同社の販管費率が特に低いことが理由となる。また、投下資本回転率側を見ると、運転資本回転率、固定資産回転率共に東京ドーム社が最も低い値となる。特に固定資産はボリュームが大きいこともあり、これが3社において同社のROICが最も低い理由になっていると考える。
また、3社共に共通する項目として、固定資産回転率が低い事がある。これは、テーマパーク及び商業施設ビジネスは、初期に設備投資を行って固定資産を保有した後に、その投資の回収を数年にわたって行うというビジネス形態となっている為となる。
6. 資本政策の分析
・配当
固定資産に関する大幅な減損を計上した2007年を除いて、ここ数年は一株当たり5円の配当を行っている。尚、直近の決算において、配当性向は約14%となる。
・自社株買い
2009年1月31日現在において、709,019株(発行済み株式の約0.3%)の自己株式を所有している。これらの自己株式は2007年以降に取得されているものの、株主総会、取締役会の決議による取得ではなく、単元株未満の買い取り請求による取得によるものと思われる。
その為、同社による自発的な自社株買いを行っている形跡はない。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として12.5%を使用。流動比率の低さ及び有利子負債の大きさを鑑みて、高めの株主コストを設定する。
有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率1.83%
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは4.25%となる。尚、2009年1月期においてにおいて同社の実効税率は1.8%となっており、現時点において有利子負債のタックスシールドによる税効果コストは殆ど効かない。
・売上高
レジャー事業:ミーツポート開業の効果及び、ジオポリスのリニューアル、温泉施設の運営受託事業等により、2012年までレジャー事業全体として7%程度の成長を見込む。また、その後は0.5%程度の成長に落ち着くと仮定した。
流通事業:今期、ショップインについては出店3、退店1を予定しており、トータルで2店舗の増加を予定している。そこで、売上については今期5%程度の成長を仮定。その後は出店計画が未定なので横ばいとした。
その他の事業:その他の事業については、ここ数年減少稽古ではある。そこで、情報が少ないことと、全体に与えるインパクトも小さいことから、売上については今後も-1%程度のマイナス成長となると仮定。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年1月期の決算資料を見ると、売上高が0.8%程度増加しているにも関わらず、営業利益が13%程度減少している。この理由をIRに伺ったところ、メジャーリーグ、プロ野球(日本シリーズ、クライマックスシリーズ)等の野球関連の興業が無い為、これらが原価率の上昇に寄与している事に加え、新ジオポリス等減価償却も影響しているとの回答を頂いた。
そこで、今後の見通しとしては、売上原価率は保守的に見積もる為に今までよりはやや高め80%前半で推移すると仮定する。
販売管理費については、2010年で負ののれんの償却が終わる事から、2010年より販管費が高くなる事が予想される。また、新ジオポリスなどの減価償却も始まる事から、販管費については、売上の3%後半から4%半ば程度で推移すると仮定した。
・減価償却費
2010年1月期の減価償却は、同社見込みの82億円を用いる。2011年もジオポリス、ミートポーツの減価償却があるので同程度で推移するとし、さらにその翌年以降は減価償却が落ち着くと見込む。
・設備投資
2010年1月期の設備投資は、同社見込みの88億円を用いる。現時点では、特段新たな設備投資に付いての発表が無いが、今後も施設更新等の維持管理がある為、75億円程度の設備投資額を行うと仮定する。
・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・実効税率
2007年に計上した多額の評価損及び、負ののれん償却に絡み、2009年1月期の実効税率は1.76%となる。また、負ののれんの償却は2010年1月期で修了する事から、2011年1月期以降の実効税率は、負ののれん償却分を除いた19%になると仮定した。
・特別損失/特別利益
同社は2009年1月期末において約200億円に上る有価証券を保有している。日経平均の水準は、2009 年1月末と比べて現時点(2009年7月15日)の方が上回っている。今後の株価の水準によっては有価証券評価益、有価証券評価損が発生する可能性があるが、今回のバリュエーションではそれらについては織り込まない。
8. バリュエーション
2009年7月15日の株価295円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:328円 乖離11%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を直接電話で伺ったところ、レスポンスの良い回答を頂いた。また、その場で回答を頂けなかった質問についても、翌日にメールにて回答を頂いた。以上の事から、IRのレスポンスは非常に良いと考える。投資決定の際の資本コスト、ハードルレートについては、ホテル、スパ、レジャー施設毎に投資額、投資リスクの内容の質が異なる為事業毎に設定しているとの回答。また、設備投資、減価償却については、今後も引き続き施設等への投資計画があるものの、現時点の計画では、2009年1月期と同レベルではないものの、一定のレベルで設備投資をしていくとの事。また、現時点で同社では有利子負債の削減を積極的に進めているが、将来的なD/Eレシオについても一定の数値目標があるとの回答を頂いた。
10. まとめ
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。但し、以下に述べるように同社の現状は、不確実な要素が多く、各要素の推移によって理論株価が大きくぶれる可能性今まで以上に大きい。尚、同社の株価は2008年のリーマンショックにより大きく下げている。現時点ではその後も大きな回復はない。これはレジャー事業が景気動向に左右されやすいという事を表すと考えるが、一方、同社の立地条件は安近短に合致する事もあり、一概に不景気がマイナスに左右するとは言い切れない。しかしながら、同社のIRによると、ホテル事業について海外からの顧客数が減じているという影響がある模様。
2007年に計上した評価損等の影響により、2009年1月期において、同社は約160億円に上る繰延税金資産を有する。これは同期における売上の18%程度に上る。これにより、当面同社は税負担が通常に比べ小さくなる可能性が高い。これは今期における同社の実効税率が1.76%になっている事からも見て取れる。また、2007年1月期以降、特別損失として、トータルで約900億円に上る特別損失を計上している。2009年1月期の決算報告資料によると、2010年1月期以降は有価証券評価損等の特別損失を見込んではいない為今回のバリュエーションには織り込んでいない。しかしながら以上のような要素をバリュエーション結果にどう織り込むかは非常に難しい問題となる。
また、特別損失等を考慮しない本業の状況を見ると、収益柱であるレジャー事業における営業利益率が過去数年平均して20%を超えており順調である事が伺える。これは同社の立地の良さ及び各種商業施設における企画が成功を収めている為と考える。
足下における同社の課題は、有価証券報告書等にも明記されているように有利子負債の削減及び、流動比率の改善である。特に1年以内に償還予定の社債と短期借入金を合わせると、現金の4倍近くの値になり、これらの対応は非常に重要であると考える。また、有利子負債が多い事から今後の金利動向にも注意が必要である。
一方、同社のビジネスは設備産業型のビジネスであり、投下資本回転率は低くなる。これはROICツリー分析で述べたように、他の競合企業もROICが一桁パーセントの前半である事からも見て取れる。その為、投資家(株主)へのリターンをあげる為には、ある一定の財務レバレッジを効かす事によるWACCの低減が必須であると考える。どの程度のD/E比率が最適化は難しい問題ではあるが、財務レバレッジの必要性については考慮しておきたい。また、同社は固定資産回転率が他の2社に比べて半分以下の値となっており、これが同社の営業利益率が高いにも関わらずROICが低い原因となる。よって、固定資産回転率の向上も今後の課題と考える。
以上の事から、同社の現状は過去の遺産の処理に苦慮しつつも足下のビジネスは堅調であると判断する。現時点においては、実効税率の問題、有利子負債の問題及び特別損失の問題について今後がやや不透明であるため、これらの問題の目処が付いてから投資するという判断もあり得るし、これらの不透明な点を各種成長率、割引率に織り込んだ上で改めて投資判断を行うという手もあると考える。
2009/07/13
株式会社ドクターシーラボ(4924)
1. はじめに
本レポートは株式会社ドクターシーラボ(証券コード:4924)について、投資家としての立場から同社の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポート、同社IRへの質問からの回答などの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
2009年7月10日の株価158,200円に対して、理論株価は169,824円となり乖離率は7%となった。同社の事業は、メディカルコスメという皮膚科の医師が関わった化粧品販売を行っており、高い利益率をあげている。
化粧品事業は、ブランドの認知が非常に重要であると考えるが、同社のメディカルコスメという領域は今までに無かった事もあり、今後も成長が見込まれると考える。
3. 企業概要
会社名:株式会社ドクターシーラボ(証券コード:4924)
設立:1999年2月
上場:2003年3月JASDAQ、 2005年2月東証一部
事業概要:人の肌が持つ自然治癒力に着目した化粧品や、健康食品、美容機器等を販売する事業及び投資業務。
経営陣:2008年10月提出の有価証券報告書より
上場以前の2002年4月より石原氏が同社の代表取締役社長を務めている。創業者の城野 親德氏は設立時より取締役会長を務めるものの(2002年9月から2003年4月まで取締役でありつつも、会長職からは離れる)、略歴を見る限り同社の代表取締役を勤めた形跡は無い。また、現在の取締役は全員上場以前から同社の取締役もしくは従業員として勤務している。上場時点では取締役として8名が登録されていたがその後、取締役は4人に減った時期もあったが、現在は5名が登録されている。
大株主:2009年3月16日年提出の第二四半期報告書より
創業者の城野 親德氏、及び氏の配偶者の城野 智子及び、城野 智子が代表取締役を務める有限会社 城貴を合わせると、議決権の45.83%を所有している事となる。また、代表取締役の石原 智美氏も第三位の大株主である事から、経営陣と株主の両面において城野 親德氏と石原 智美氏の影響が大きいことが伺える。
尚、JASDAQ上場時の目論見書によると、上場時点において、当時の従業員137人の内、79人が少数ながらストックオプションを保有していた。
従業員数(連結): 587人 (2009年4月31日時点)
連結、単体共に過去5期を通して売上げと共に従業員数も増加傾向にある。また、平均勤続年数についても増加傾向ではあるが、設立10年という事を考えると、やや短いとも思える。2008年の有価証券報告書によると、168名が本社(統括業務、販売業務)における勤務であり、309名が対面店舗型(販売業務)における勤務となり、これらの二カ所が従業員の大部分を占める。また、対面型店舗において販売業務を行う従業員が、連結における従業員数の大部分(約55%)を占めている。
・経営理念
「肌トラブルに悩むすべての人々を救う」を経営理念に、皮膚の専門家の視点で企画開発されたスキンケア化粧品を中心に、美容と健康をサポートする価値ある商品の提供により、社会貢献を目指す。
4. ビジネスモデル
富士経済におけるスキンケア市場調査(https://www.fuji-keizai.co.jp/market/09035.html)によると、2008年は9932億円、2009年は9903億円の市場規模が見込まれている。その中で、同社では皮膚科の専門家の視点(創業者の城野 親德氏は美容皮膚科医師)から、人が本来備えている「自然治癒力」に着目したスキンケア商品(メディカルコスメ(注))の企画開発及び販売を行いっている。
同社では、以下の4ブランドを展開しており、それぞれの価格帯及びターゲット顧客層は以下の通りとなる。尚、ドクターブラントについては、ニューヨーク発コスメブランドであり、同社が日本における独占販売権を獲得している。
注:メディカルコスメは同社の登録商標。「国内および海外の皮膚科医・皮膚科学に携わる専門医自身、もしくはその協力者により開発された製品」と一般的に定義され、同義として「ドクターズコスメ」と紹介される場合もある。但し、同社では医療現場で治療と治療の間等にも使用されているコスメという所まで意識している模様。
以上の事から、同社はスキンケアという焦点を絞った市場において他社との差別化を行い、利益をあげる事を目指す戦略をとっていると言える。
・バリュードライバー
メディカルコスメという皮膚科の医者が開発に携わっているというブランド及び品質の元、比較的価格帯の高い化粧品の製造・開発・販売を行う事により、高収益のビジネスを展開する所になる。また、過去業績分析で述べるように、同社は広告宣伝費、販売促進費に多額の費用を費やしている。そこで、如何にしてブランドを顧客に認知、浸透させるかどうかが鍵になると考える。
・競合企業の分析
競合企業としては、以下のROICツリーで用いた資生堂、ファンケル以外にも化粧品の開発・販売を行う会社は国内外に数多くあり、企業間におけるブランド認知、差別化等に対する競争は激しい業界と考える。また、単純に化粧品のみならず、エステティックサロン及び美容関連のビタミン剤等についても広義の意味で競合となると考える。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。尚、同社は2007年より決算期を1月~7月に変更した為、2007年7月期は6ヶ月間での結果となる。
過去5期の推移を見ると、売上高、営業利益、純利益共に増加傾向にある事が分かる。しかしながら、成長率の観点から見ると、売上高の成長率に比べて営業利益の成長率の方が小さくなっている。原価率、販管費率を調べて見ると、原価率はほぼ横ばいに対して、販管費率がやや増加傾向にある事が分かる。事業の拡大と共に、従業員数等も増えている為、その結果、販管費率が上昇したものと考える。
売上に対して、原価率が低く(18%~19%)と、販管費率が高い(65%前後)事も同社の一つの特徴と言える。2008年7月期の販管費13,857百万円のうち、主な費用は広告宣伝費に約24%、販売促進費に約12%、給与手当に11%となり、これらで販管費の約50%を占める。その為、連結の売上原価は約39億円になるが、広告宣伝費の約34億円、販売促進費の約17億円を合わせると、約51億円となり、広告宣伝費+販売促進費>売上原価という事になる。この事から、ブランド名の認知及びブランドの確立を同社が重視しているかという事が伺える
事業別、販売経路別売上について
事業別販売実績を見ると、過去5期を通して約95%の売上げを化粧品事業から挙げている事が分かる。特に機械類その他事業については、化粧品を補完する商品の販売を行っている事もあり、積極的な販促活動は行っていない模様である。
販売経路別販売実績を見ると、卸売販売及び対面型店舗販売による売上の成長が通信販売よりも高い。その為、2005年5月期では約56%の売上が通信販売経由だったが、2008年7月期においては約48%の売上が通信販売経由となっており、卸売販売が約28%、対面型店舗販売が23%を占めている。
尚、2009年7月期における中間事業報告書によると、通信販売は第一四半期に行った広告宣伝、販売促進活動等が功を奏し、売上を伸ばしている模様。これは、今期においても国内通販登録会員数が順調に増加している事からも、売上が順調に伸びている事が伺える。また、通信販売購入者の推移によると、約7~8割の購入者がリピーターである。この事から、実際に商品を購入した人の満足度は高いという事が伺える。
一方、卸売販売や対面型店舗販売においては、景気減速及び個人消費減退の流れを受けて厳しい結果となっている模様。特に、対面型店舗販売においては、第二四半期累計で前年同期比92.5%と厳しい状態になっている。これは、対面型店舗販売においては、ドクターシーラボ、ジェノマーの2ブランドが厳しい状態にあるものの、最も高価格帯のブランドであるドクターブラントについては、新規出店効果もあり売上を伸ばしている。
資本効率について
過去5期を通して、負債ベース、資産ベース共に比較的高いROICをキープしている事が見て取れる。この事から、同社では資産を効率よく回転させて営業利益を稼ぎ出していると考える。
ROICツリー分析
ドクターシーラボ社の資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、化粧品業界として国内では時価総額が最も大きいと思われる資生堂と、時価総額がドクターシーラボ社と比べて倍弱ではあるが、同社と同じように独自のブランドを持っているファンケルを選択した。
ROICツリーによると、ドクターシーラボ社のROICが他の2社と比較して高い事が分かる。この差は主に売上原価率と固定資産回転率が他社と比較して優れている事による。
6. 資本政策の分析
・配当
同社の過去の配当性向は、以下に示す表のように、年々配当性向が上昇している。これは会社の発展段階を考慮しつつ配当性向を決めていると考える事も出来る。但し、配当により最も利益を得るのは、創業者である城野氏及び、氏の関連する有限会社 城貴である事は留意すべき点であると考える。
*:アクアコラーゲンシリーズの販売が1000万個を超えた事による記念配当1000円を含む。
・自社株買い
2009年4月31日現在において、7198株(発行済み株式の2.6%)の自己株式を所有している。取得時期としては、2008年7月期に4000株、2005年1月期に3198株取得している。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として12.5%を使用。成長期のビジネスである事から、やや高めの割引率を用いる。
有利子負債コスト:長期借入金(1年以内に返済予定)の平均利率1.26%。社債は無い。
WACC:時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは9.97%となる。
・売上高
通信販売:過去6期の通販登録会員者数の増加傾向及び、2009年7月期第二四半期における会員数も順調に増加している事もあり、今後もしばらくは通販登録会員者数が順調に増加していくと仮定。それにより、通信販売による売上も今後3,4年は20%前後の増加を見込む。その後は、緩やかに成長率は減少すると仮定。
卸売販売:化粧品専門店における販売及び、テレビショッピング(QVC)における通販が順調であることもあり、2009年7月期は約9%弱の成長を見込む。今後5年程度、10%前後の成長を見込み、その後はやや成長率が鈍化すると仮定。
対面型店舗販売:2009年第二四半期における対面型店舗販売の業績を見ると、不況の影響をまともに受けて、マイナス成長となっている事から、この販売経路は、景気に対して敏感であると思われる。そこで、対面型店舗販売については、2011年頃までややマイナス成長となり、その後再び成長過程にのるが、やや緩やかに成長していくと仮定。
海外:対面型店舗販売と同様に、海外セクターについても不況の影響をまともに受けているように見える。その為、海外セクターについても2011年頃までややマイナス成長となり、その後、緩やかに成長していくと仮定。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年3月18日における第二四半期決算説明会の資料によると、2009年7月期の売上原価率は18.4%を見込んでいる。これは、前年(18.2%)とほぼ同じである。過去5期を通しても原価率は18%~19%とほぼ安定しているので、今後もこの程度の原価率であると仮定する。
連結決算における販管費の固定費、変動費につての詳細は公表されていない為、単体決算における販管費の詳細を調べたところ、変動費割合は約79.3%だったので変動比率を80%と仮定する。この値を用いる。尚、変動費の中でインパクトが大きい値は、広告宣伝費、販売促進費、荷造運搬費、支払手数料となる。
尚、成長期のビジネスである事などから、固定費成長率は最初の5年は比較的高めの7%とし、後に5%となるように仮定した。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、平均償却年数を4年(売上高の2.2%~2.3%)として計算した。また、最終年度(2018/7)については、設備投資額と同額になるように調整。
・設備投資
同社は設備投資ビジネスではないものの、今後も売上の成長が見込める事もあり、設備投資額は売上高と連動するように仮定した。その結果、売上の3%程度を常に設備投資に廻すと仮定。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月13日の株価158,200円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:169,824円 乖離率7%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を行ったところ、翌営業日に回答を頂いた。回答のレスポンスは非常に良い。資本政策について伺ったところ、投資決定の際の資本コスト、ハードルレートの設定については特に行っていない。また、自社株買いについては、時期は未定ながら、今後も行っていく予定がある模様。
同社は中期経営計画をWebサイトにて公表しており、現在は2008年7月期から2010年7月期までの計画となっている。全社における売上、利益等の目標の他に各販売チャネル毎の売上目標、各ブランド展開戦略につての説明がある。
10. まとめ
株価158,200(2009年7月13日終値)に対し、理論株価は169,824円となり乖離率は7%となる。ドクターシーラボ社は設立10年の比較的若く、また成長中の会社である事から株式コストを12.5%とやや高めに設定したのにも関わらず、フェアバリューよりもやや高い理論株価となった。過去の株価推移を見ると、昨今の金融危機の影響をまともに受けている様なチャートには見えないものの、全体のトレンドとしてはやや株価が下落傾向である事が見て取れる。
以前、元産業再生機構の富山氏が、5千円、1万円の化粧品について、「機能材ではなくて感動財である」と説明されていた。そこで同社のコスト構造(広告宣伝費+販売促進費>原価)から考えると、まさにその事が見てとれる。同社が顧客に対して販売しているものは、製品の品質だけではなく、それ以上に同社及び製品のブランド、信頼感、利便性を販売していると考える。一方、競合企業(資生堂、ファンケル)のコスト構造を調べると、ドクターシーラボ社と同様のコスト構造をしている事が分かる。よって、「機能材ではなくて感動財」というキーワードは化粧品業界全体について言えるものであろう。その為、如何にして他社とブランディングの差別化を行うかが重要となるが、その際、同社の「メディカルコスメ」という差別化は有効に働くのではないかと考える。また、感動財を売るという観点から考えると、顧客とのコミュニケーションも非常に重要である。従業員の大半が対面型店舗における販売業務に従事している事から、これらの従業員に対する教育も重要な要素であると考える。
財務面では流動比率が2008年7月期末で300%以上あり、自己資本比率については75%程度あり財務面からの不安はあまり見あたらない。IRからの回答によると、同社は現時点において比較的資金に余裕があることから、特段大きな投資案件が発生しない限り資金調達の可能性は低いとの事。また、M&A及び資本提携などについては積極的に検討していく模様だが、意志決定は慎重に行うという回答を頂いた。
同社のビジネスは、美容、スキンケアという観点から顧客に価値を提供しており、今後も価値を提供し続ける事が出来ると考える。同社は非常に大きく成長しつつある企業であり、将来業績予測が難しい点があるものの、割引率を高めに設定する事で、将来業績の不確かさをバリュエーションに織り込むことが出来ると考える。現時点の予測及び割引率からみて、ほぼフェアバリューである事から、今後の売上実績、株価推移をみて投資判断を行っていけば良いと考える。
本レポートは株式会社ドクターシーラボ(証券コード:4924)について、投資家としての立場から同社の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月上旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポート、同社IRへの質問からの回答などの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
2009年7月10日の株価158,200円に対して、理論株価は169,824円となり乖離率は7%となった。同社の事業は、メディカルコスメという皮膚科の医師が関わった化粧品販売を行っており、高い利益率をあげている。
化粧品事業は、ブランドの認知が非常に重要であると考えるが、同社のメディカルコスメという領域は今までに無かった事もあり、今後も成長が見込まれると考える。
3. 企業概要
会社名:株式会社ドクターシーラボ(証券コード:4924)
設立:1999年2月
上場:2003年3月JASDAQ、 2005年2月東証一部
事業概要:人の肌が持つ自然治癒力に着目した化粧品や、健康食品、美容機器等を販売する事業及び投資業務。
経営陣:2008年10月提出の有価証券報告書より
上場以前の2002年4月より石原氏が同社の代表取締役社長を務めている。創業者の城野 親德氏は設立時より取締役会長を務めるものの(2002年9月から2003年4月まで取締役でありつつも、会長職からは離れる)、略歴を見る限り同社の代表取締役を勤めた形跡は無い。また、現在の取締役は全員上場以前から同社の取締役もしくは従業員として勤務している。上場時点では取締役として8名が登録されていたがその後、取締役は4人に減った時期もあったが、現在は5名が登録されている。
大株主:2009年3月16日年提出の第二四半期報告書より
創業者の城野 親德氏、及び氏の配偶者の城野 智子及び、城野 智子が代表取締役を務める有限会社 城貴を合わせると、議決権の45.83%を所有している事となる。また、代表取締役の石原 智美氏も第三位の大株主である事から、経営陣と株主の両面において城野 親德氏と石原 智美氏の影響が大きいことが伺える。
尚、JASDAQ上場時の目論見書によると、上場時点において、当時の従業員137人の内、79人が少数ながらストックオプションを保有していた。
従業員数(連結): 587人 (2009年4月31日時点)
連結、単体共に過去5期を通して売上げと共に従業員数も増加傾向にある。また、平均勤続年数についても増加傾向ではあるが、設立10年という事を考えると、やや短いとも思える。2008年の有価証券報告書によると、168名が本社(統括業務、販売業務)における勤務であり、309名が対面店舗型(販売業務)における勤務となり、これらの二カ所が従業員の大部分を占める。また、対面型店舗において販売業務を行う従業員が、連結における従業員数の大部分(約55%)を占めている。
・経営理念
「肌トラブルに悩むすべての人々を救う」を経営理念に、皮膚の専門家の視点で企画開発されたスキンケア化粧品を中心に、美容と健康をサポートする価値ある商品の提供により、社会貢献を目指す。
4. ビジネスモデル
富士経済におけるスキンケア市場調査(https://www.fuji-keizai.co.jp/market/09035.html)によると、2008年は9932億円、2009年は9903億円の市場規模が見込まれている。その中で、同社では皮膚科の専門家の視点(創業者の城野 親德氏は美容皮膚科医師)から、人が本来備えている「自然治癒力」に着目したスキンケア商品(メディカルコスメ(注))の企画開発及び販売を行いっている。
同社では、以下の4ブランドを展開しており、それぞれの価格帯及びターゲット顧客層は以下の通りとなる。尚、ドクターブラントについては、ニューヨーク発コスメブランドであり、同社が日本における独占販売権を獲得している。
注:メディカルコスメは同社の登録商標。「国内および海外の皮膚科医・皮膚科学に携わる専門医自身、もしくはその協力者により開発された製品」と一般的に定義され、同義として「ドクターズコスメ」と紹介される場合もある。但し、同社では医療現場で治療と治療の間等にも使用されているコスメという所まで意識している模様。
以上の事から、同社はスキンケアという焦点を絞った市場において他社との差別化を行い、利益をあげる事を目指す戦略をとっていると言える。
・バリュードライバー
メディカルコスメという皮膚科の医者が開発に携わっているというブランド及び品質の元、比較的価格帯の高い化粧品の製造・開発・販売を行う事により、高収益のビジネスを展開する所になる。また、過去業績分析で述べるように、同社は広告宣伝費、販売促進費に多額の費用を費やしている。そこで、如何にしてブランドを顧客に認知、浸透させるかどうかが鍵になると考える。
・競合企業の分析
競合企業としては、以下のROICツリーで用いた資生堂、ファンケル以外にも化粧品の開発・販売を行う会社は国内外に数多くあり、企業間におけるブランド認知、差別化等に対する競争は激しい業界と考える。また、単純に化粧品のみならず、エステティックサロン及び美容関連のビタミン剤等についても広義の意味で競合となると考える。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。尚、同社は2007年より決算期を1月~7月に変更した為、2007年7月期は6ヶ月間での結果となる。
過去5期の推移を見ると、売上高、営業利益、純利益共に増加傾向にある事が分かる。しかしながら、成長率の観点から見ると、売上高の成長率に比べて営業利益の成長率の方が小さくなっている。原価率、販管費率を調べて見ると、原価率はほぼ横ばいに対して、販管費率がやや増加傾向にある事が分かる。事業の拡大と共に、従業員数等も増えている為、その結果、販管費率が上昇したものと考える。
売上に対して、原価率が低く(18%~19%)と、販管費率が高い(65%前後)事も同社の一つの特徴と言える。2008年7月期の販管費13,857百万円のうち、主な費用は広告宣伝費に約24%、販売促進費に約12%、給与手当に11%となり、これらで販管費の約50%を占める。その為、連結の売上原価は約39億円になるが、広告宣伝費の約34億円、販売促進費の約17億円を合わせると、約51億円となり、広告宣伝費+販売促進費>売上原価という事になる。この事から、ブランド名の認知及びブランドの確立を同社が重視しているかという事が伺える
事業別、販売経路別売上について
事業別販売実績を見ると、過去5期を通して約95%の売上げを化粧品事業から挙げている事が分かる。特に機械類その他事業については、化粧品を補完する商品の販売を行っている事もあり、積極的な販促活動は行っていない模様である。
販売経路別販売実績を見ると、卸売販売及び対面型店舗販売による売上の成長が通信販売よりも高い。その為、2005年5月期では約56%の売上が通信販売経由だったが、2008年7月期においては約48%の売上が通信販売経由となっており、卸売販売が約28%、対面型店舗販売が23%を占めている。
尚、2009年7月期における中間事業報告書によると、通信販売は第一四半期に行った広告宣伝、販売促進活動等が功を奏し、売上を伸ばしている模様。これは、今期においても国内通販登録会員数が順調に増加している事からも、売上が順調に伸びている事が伺える。また、通信販売購入者の推移によると、約7~8割の購入者がリピーターである。この事から、実際に商品を購入した人の満足度は高いという事が伺える。
一方、卸売販売や対面型店舗販売においては、景気減速及び個人消費減退の流れを受けて厳しい結果となっている模様。特に、対面型店舗販売においては、第二四半期累計で前年同期比92.5%と厳しい状態になっている。これは、対面型店舗販売においては、ドクターシーラボ、ジェノマーの2ブランドが厳しい状態にあるものの、最も高価格帯のブランドであるドクターブラントについては、新規出店効果もあり売上を伸ばしている。
資本効率について
過去5期を通して、負債ベース、資産ベース共に比較的高いROICをキープしている事が見て取れる。この事から、同社では資産を効率よく回転させて営業利益を稼ぎ出していると考える。
ROICツリー分析
ドクターシーラボ社の資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、化粧品業界として国内では時価総額が最も大きいと思われる資生堂と、時価総額がドクターシーラボ社と比べて倍弱ではあるが、同社と同じように独自のブランドを持っているファンケルを選択した。
ROICツリーによると、ドクターシーラボ社のROICが他の2社と比較して高い事が分かる。この差は主に売上原価率と固定資産回転率が他社と比較して優れている事による。
6. 資本政策の分析
・配当
同社の過去の配当性向は、以下に示す表のように、年々配当性向が上昇している。これは会社の発展段階を考慮しつつ配当性向を決めていると考える事も出来る。但し、配当により最も利益を得るのは、創業者である城野氏及び、氏の関連する有限会社 城貴である事は留意すべき点であると考える。
*:アクアコラーゲンシリーズの販売が1000万個を超えた事による記念配当1000円を含む。
・自社株買い
2009年4月31日現在において、7198株(発行済み株式の2.6%)の自己株式を所有している。取得時期としては、2008年7月期に4000株、2005年1月期に3198株取得している。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として12.5%を使用。成長期のビジネスである事から、やや高めの割引率を用いる。
有利子負債コスト:長期借入金(1年以内に返済予定)の平均利率1.26%。社債は無い。
WACC:時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは9.97%となる。
・売上高
通信販売:過去6期の通販登録会員者数の増加傾向及び、2009年7月期第二四半期における会員数も順調に増加している事もあり、今後もしばらくは通販登録会員者数が順調に増加していくと仮定。それにより、通信販売による売上も今後3,4年は20%前後の増加を見込む。その後は、緩やかに成長率は減少すると仮定。
卸売販売:化粧品専門店における販売及び、テレビショッピング(QVC)における通販が順調であることもあり、2009年7月期は約9%弱の成長を見込む。今後5年程度、10%前後の成長を見込み、その後はやや成長率が鈍化すると仮定。
対面型店舗販売:2009年第二四半期における対面型店舗販売の業績を見ると、不況の影響をまともに受けて、マイナス成長となっている事から、この販売経路は、景気に対して敏感であると思われる。そこで、対面型店舗販売については、2011年頃までややマイナス成長となり、その後再び成長過程にのるが、やや緩やかに成長していくと仮定。
海外:対面型店舗販売と同様に、海外セクターについても不況の影響をまともに受けているように見える。その為、海外セクターについても2011年頃までややマイナス成長となり、その後、緩やかに成長していくと仮定。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年3月18日における第二四半期決算説明会の資料によると、2009年7月期の売上原価率は18.4%を見込んでいる。これは、前年(18.2%)とほぼ同じである。過去5期を通しても原価率は18%~19%とほぼ安定しているので、今後もこの程度の原価率であると仮定する。
連結決算における販管費の固定費、変動費につての詳細は公表されていない為、単体決算における販管費の詳細を調べたところ、変動費割合は約79.3%だったので変動比率を80%と仮定する。この値を用いる。尚、変動費の中でインパクトが大きい値は、広告宣伝費、販売促進費、荷造運搬費、支払手数料となる。
尚、成長期のビジネスである事などから、固定費成長率は最初の5年は比較的高めの7%とし、後に5%となるように仮定した。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、平均償却年数を4年(売上高の2.2%~2.3%)として計算した。また、最終年度(2018/7)については、設備投資額と同額になるように調整。
・設備投資
同社は設備投資ビジネスではないものの、今後も売上の成長が見込める事もあり、設備投資額は売上高と連動するように仮定した。その結果、売上の3%程度を常に設備投資に廻すと仮定。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月13日の株価158,200円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:169,824円 乖離率7%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を行ったところ、翌営業日に回答を頂いた。回答のレスポンスは非常に良い。資本政策について伺ったところ、投資決定の際の資本コスト、ハードルレートの設定については特に行っていない。また、自社株買いについては、時期は未定ながら、今後も行っていく予定がある模様。
同社は中期経営計画をWebサイトにて公表しており、現在は2008年7月期から2010年7月期までの計画となっている。全社における売上、利益等の目標の他に各販売チャネル毎の売上目標、各ブランド展開戦略につての説明がある。
10. まとめ
株価158,200(2009年7月13日終値)に対し、理論株価は169,824円となり乖離率は7%となる。ドクターシーラボ社は設立10年の比較的若く、また成長中の会社である事から株式コストを12.5%とやや高めに設定したのにも関わらず、フェアバリューよりもやや高い理論株価となった。過去の株価推移を見ると、昨今の金融危機の影響をまともに受けている様なチャートには見えないものの、全体のトレンドとしてはやや株価が下落傾向である事が見て取れる。
以前、元産業再生機構の富山氏が、5千円、1万円の化粧品について、「機能材ではなくて感動財である」と説明されていた。そこで同社のコスト構造(広告宣伝費+販売促進費>原価)から考えると、まさにその事が見てとれる。同社が顧客に対して販売しているものは、製品の品質だけではなく、それ以上に同社及び製品のブランド、信頼感、利便性を販売していると考える。一方、競合企業(資生堂、ファンケル)のコスト構造を調べると、ドクターシーラボ社と同様のコスト構造をしている事が分かる。よって、「機能材ではなくて感動財」というキーワードは化粧品業界全体について言えるものであろう。その為、如何にして他社とブランディングの差別化を行うかが重要となるが、その際、同社の「メディカルコスメ」という差別化は有効に働くのではないかと考える。また、感動財を売るという観点から考えると、顧客とのコミュニケーションも非常に重要である。従業員の大半が対面型店舗における販売業務に従事している事から、これらの従業員に対する教育も重要な要素であると考える。
財務面では流動比率が2008年7月期末で300%以上あり、自己資本比率については75%程度あり財務面からの不安はあまり見あたらない。IRからの回答によると、同社は現時点において比較的資金に余裕があることから、特段大きな投資案件が発生しない限り資金調達の可能性は低いとの事。また、M&A及び資本提携などについては積極的に検討していく模様だが、意志決定は慎重に行うという回答を頂いた。
同社のビジネスは、美容、スキンケアという観点から顧客に価値を提供しており、今後も価値を提供し続ける事が出来ると考える。同社は非常に大きく成長しつつある企業であり、将来業績予測が難しい点があるものの、割引率を高めに設定する事で、将来業績の不確かさをバリュエーションに織り込むことが出来ると考える。現時点の予測及び割引率からみて、ほぼフェアバリューである事から、今後の売上実績、株価推移をみて投資判断を行っていけば良いと考える。
2009/07/06
ソネット・エムスリー株式会社(2413)
1. はじめに
本レポートはソネット・エムスリー株式会社(証券コード:2413)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年6月下旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
2009年7月1日の株価301,000円に対して、理論株価は455,604円と51%程度割安となった。同社は会員となる医療従事者をベースにした各種サービスをWeb上で展開しており、非常に収益性が高いビジネスを展開している。
財務面・成長面においても現時点では特段と問題となる要素は見あたらず、投資家の期待収益率及び今後の株価の展開によっては魅力的な投資先となる可能性がある。
3. 企業概要
・会社名:ソネット・エムスリー株式会社 (証券コード:2413)
・URL:http://www.so-netm3.co.jp/
・設立:2000年9月
・事業概要:医療従事者専門サイト「m3.com」の運営を通じ、専門医療情報に特化したサービスの提供を行う
・経営陣:
谷村 格氏と西 章彦氏は会社設立直後からの社員でもあり、同社の設立経緯及び経営に大きな影響を持っていると考える。また、経営陣のバックグラウンドを大きく区分すると、コンサル系(谷村氏、横井氏、鈴木氏)、医療・製薬系(西氏、吉田(裕)氏)、ソニー系(吉田(憲)氏、渡邉氏)、その他(中條氏、遠山氏)と別ける事が出来る。経営陣のバックグラウンドを見る限り、経営及び事業のバックグラウンドに関する知識については十分有していると考える。また、ソネットという名前を使っているものの、ソニー系の経営陣は社外取締役、社外監査役の二人のみとなっており、経営陣におけるソニーの影響力はそれほど大きくないと考える事も出来る。
大株主:
経営陣に置いてはそれほどソニー色が強くなかったが、大株主という面で見ると、ソネットエンターテイメントが56.8%という過半数を占めており、同社からの影響を強く受けやすい構図となっている。また、上場時における目論見書(2004年8月時点)における株主の状況において、ソネットエンターテイメント社(86.54%)と谷村氏(9.21%)が上位95.75%の株式を保有していた。この事から、ソネットエムスリー社の設立経緯においては、ソネットエンターテイメント社と谷村氏の関係が非常に意味を持っていたと考える。
従業員数(連結):132人 (2009年3月31日時点)
事業の拡大と共に従業員数も同様に大きくなっている事が確認出来る。過去5年における単体における平均勤続年数がつねに1年~2年と非常に短期間かつ平均勤続年数が延びていないものの、これは従業員数の拡大と共に、新しく従業員が入社してきた為と考える事が出来る。但し、従業員の回転が速いという可能性もありえる。
また、過去5年において単体における平均年間給料が800万~900万円前後となっている。有価証券報告書等を元にランキング作成を行っている年収ラボのネットメディア別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_net.htm)によると、2008年時点では同社はネットメディア業界では最も高い平均年収となっている。
・経営理念
2007年の有価証券報告書以降、事業目的としては「インターネットを活用して、健康で長生きできる人を一人でも増やし、不必要な医療コストを一円でも減らすこと」という事が謳われている。またそれ以前は、「インターネットを活用して医療を改革していく」という目的が謳われていた。
また、エムスリーとは、医療(Medicine)、メディア(Media)、変容(Metamorphosis) の3つのMを表しているとされる。
4. ビジネスモデル
同社は医療分野に特化した情報流通の為のプラットフォームを構築している。主なサービスとして医療従事者専門サイト「m3.com」を運営しており、医療情報に特化したニュース、サーチエンジン、文献検索、コミュニティサイト等を会員向けに無料にて提供している。2009年3月末にて17.4万人の医師を含む44万人の医療従事者が会員となっている。また、厚生労働省の資料によると、2006年末時点における医師数は277,927人となっており、全体の60%近くの医師が同社の会員となっている事が分かる。(参考:平成18年 医師・歯科医師・薬剤師調査(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/index.html))
現時点において同社が有する最大の強みは、医療従事者の会員データベースを元に、医療従事者を顧客とする製薬会社、医療機器会社(以下クライアント企業)に対してマーケティング活動支援の為のプラットフォーム(MR君)を提供している事といえる。クライアント企業は、同社のデータベースを元に、自社製品の効率的なプロモーションを行う事が可能となる。近年において、製薬業界におけるMR活動は飽和状態にある一方、医療機関側においてもMRの活動を制限する動きもある。そこで、同社はその間をつなぐ為の効率的なプラットフォームを提供している事が同社における大きな価値提供の一つと言える(参考情報:Wikipedia(MR項)) 。
医療従事者からすると、必要な情報の発信元は顧客となる。そのため、ソネットエムスリー社からすると、顧客は利用料の支払と共に、無料会員である医師に対してのコンテンツの発信元でもある。ソネットエムスリー社は仕組みを提供する事が最大の価値である為、自らコンテンツの制作・発信をする必要性から解放されているといえる。
また、MR君以外においても、同社は医師をベースにしたネット調査事業、医師求人サービス、コンシューマー向け有料サービス(AskDoctors)等も提供している。特にAskDoctorsについては、有料会員が2008年末において40万人強と、過去3年で会員数が4倍強となっている。
現時点にでは、MR君等の既存事業が売上げ全体の60%を占めるが、今後は調査・コンシューマー向け分野が成長し、既存事業と並ぶ売上げの柱になることが予想される。
以下に、MR君における各プレイヤー及び各プレイヤーが提供する価値及び受け取る価値についてまとめる。
・バリュードライバー
利害関係者(製薬・医療機器会社、コンシューマー医療従事者)からみて、有益なプラットフォームであり続ける事が同社にとって重要なポイントとなる。その為、上質な会員の獲得及び、保持が非常に重要なポイントといえる。
・競合企業の分析
有価証券報告書によると、マーケティング支援会社及び医療関連コンテンツ制作会社、広告会社等が隣接ながら同社の競合となりえるとある。一方で、同社の最大の強みである、医療従事者の会員(17.4万人の医師を含む44万人の会員)を抱えている同種のサービスは見あたらない。また「MR君」に関するビジネスモデル特許も出願済みである事と、2000年から稼働している実績もある事から、競合企業からの参入障壁は高いと考える事が出来る。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
CAGRベースで見ると、売上高、営業利益、純利益、営業CF共に非常に高い割合で伸びている事が分かる。また、原価率、販管費率共にトレンドとしては低下傾向にあるため、結果として営業利益率が上昇している。事業自体が拡大しているにも関わらず、販管費率が低下傾向もしくは横ばい傾向にあるのは、効率が良い経営をしている結果ではないか。
営業CFに比べて投資CFが小さいという事も一つの特徴として上げられる。
2009年3月期の財務CFがマイナスとなっているが、これは2008年3月期において初めて配当が決議されその支払があった為となる。
・事業別・所在地別セグメント別売上げについて
事業としては医療関連事業しか無い為、事業別のセグメント情報は存在しないものの、同社のビジネスはマーケティング、調査、その他という3つの分野に分かれている。そこで、それぞれの分野における売上げは以下の通りとなる。
マーケティング分野における売上げが常に70~80%以上を占め、最も大きなビジネスである事が伺える。また成長率で見ると、過去5年のCAGR40%と高いうえ、調査・その他の分野におけるCAGRはそれぞれ60%,50%強と非常に高い伸び率となっている。一方直近のマーケティング分野における成長率は、2008-2009年で4.4%と以前の成長率に比べて伸び悩みが見える事も事実である。これは、同社のビジネスが認知されて来た事と、日本における医師の60%がすでに同社の会員になっている事から、ビジネスの規模そのもののがある一定のサイズになったという可能性も考えられる。
所在地別のセグメントとしては、日本、北米、その他の地域(韓国・欧州)に別れており、セグメント別の売上げ及び営業利益については以下の通り。有価証券報告書によると、海外において同社と同様なサービスは見あたらず、医薬品の処方に関して同様の制度を持つ国、市場に対して海外展開をしていくとある。同社は米国へは2003年10月より、韓国へは2005年6月より、欧州へは2008年4月より市場参入している。
尚、2006年以前は、日本での売上げが全体の90%以上を占めていたという事で、所在地別のセグメント情報は開示されていない。現時点で見る限り、売上げでは90%強を、営業利益では100%強を日本から挙げている。
・資本効率について
同社における資本効率は上記の通りとなる、負債ベース、資産ベースでROICが大きく異なる理由としては、同社が非常に多額の現金を保持している為となる。2009年3月期において、資産の65%が現金となっており、この事がROICに大きな影響を与えている。しかしながら、それを考慮しても、現時点における全社的な資本効率は非常に良いといえる。
2009年3月末時点における現金同等物の残高は、2009年3月期における売上げの96%に、全資産における65%に相当し、同社の規模からすると非常に大きな割合となる。また、過去5年においても、同様の傾向かみられる。そこで今後、この現金をどのように有効活用するかが同社における大きな課題とも言える。
同社のサービスの殆どがWeb経由で行われている事から、ソフトウエアに対する投資は重要度が高いと思われるが、全資産125億に対してソフトウエア資産は1%強程度の値(一億八千万)である。また、過去数年においても子会社等の買収に関する支出を覗き、営業CFに対して投資CFが非常に小さいことが言える。この事から、同社の強みは単純なソフトエアの優位性にあるのではなく、医療従事者、製薬会社、医療機器会社等の全てを巻き込んだ仕組みを作り上げた事にあると言えると考える。
6. 資本政策の分析
・配当
経営基盤の強化、新たな事業展開へ備える為に、利益の内部留保及び再投資することを基本方針としている。配当については、2008年3月期に初めて一株あたり3000円(総額7億8千万)を実施。2009年3月期においても一株あたり3300円(総額8億6千万)を実施する。
・自社株買い
該当事項は特になし。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:有利子負債は存在しない
WACC:よって株主コスト=WACCとなる。
・売上高
2009年4月21日発表の決算短信によると、2010年3月期の売上げ予想は前年比34.7%増の115億円となり、営業利益は20.3増の48億円を見込んでいる。売上げの詳細については公表していないものの、マーケティング、調査、その他の分野共に大幅な成長を見込んでいると思われる。
日本においては全医師の60%がすでに会員となっており、日本における会員数の大幅増はこれから難しくなる可能性がある。しかしながら、同社の主な顧客は製薬会社・医療機器会社となる。同社によると現時点でのMR君の利用企業数は26社となり、今後の成長余地としては2倍程度を見込んでいる模様。また、1企業当たりの売上げの成長余地としても現時点の2億から5億程度を見込んでおり、ここでは2.5倍の成長余地を見込んでいる。
調査・その他の分野においても、利用顧客・売上げ共に伸びていくと同社は予測している。また、これらの事業については担当スタッフが少ないこともあり、収益性が高いことも特徴の一つと言える。
一方、海外展開についても今後の売上げの鍵となる可能性がある。但し、現時点において海外セクターは過去2年ほど利益を計上しておらず、海外セクターの売上げも全体の10%程度となっている。今回は海外セクターについてはあまり考慮に入れていないが、今後の動向によっては成長の鍵となる可能性がある。
以上を元に、売上高の推移については2010年3月期の売上げ予想については会社予想をベースにし、マーケティング支援については徐々に成長率が低下、調査、その他分野についても2012年をピークにして徐々に成長率が低下すると仮定した。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年3月期における売上原価は21.9%となっており、過去5年のトレンドとしては減少傾向となる。そのため、今後も緩やかに減少していくと仮定する事が出来る。しかしながら、2010年3月期の会社予想としては、営業利益率が41%程度と昨年の46.7%に比べて悪化すると予想している。そこで営業利益率の低下原因として、売上高の上昇率と共に売上原価率が上昇すると仮定した。そこで、今期の売上原価率としては29.2%程度とし、今後は売上げの成長率の下落と共に徐々に売上原価率も低下していくと仮定した。
ソネットエムスリー(単体)における販売管理費の内訳から、販売管理費における変動費の割合は56%程度となっているのでその値を利用した。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、売上高に対して1%弱程度になるように仮定した。
・設備投資
日本における業務においては一定の設備投資が完了しているとも考えられるが、海外向け設備投資(米国・韓国・欧州)が今後数年あると仮定。長期的には減価償却と同水準の設備投資とした。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
多額の現金同等物を除き非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月1日の株価301,000円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:455,604円 乖離51%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を行ったところ、翌営業日に回答を頂いた。回答のレスポンスは非常に良い。但し、同社のIRページにおいては、すでにEDINET等で発表済みの最新の有価証券報告書、決算短信等に関するリンクが無いケースがあった。これについては、最新の情報を同社のIRページからダウンロード出来るように改善を望みたいと思う。
投資に際しては、目安となる資本コストを設定していないという回答となった。目安となる資本コストは、同社の投資の成否を分けるポイントとなる為、この点については再考が必要ではないかと考える。
その他は、特記するような情報は特にない。
10. まとめ
株価301,000円(2009年7月01日終値)に対して、理論株価は455,604円となり乖離率は51%。現時点において同社のビジネスはほぼ内需関連といえるため、チャートをみる限りは昨今の経済危機の影響をさほど受けたような動きには見えない。
現時点における同社の最大の強みは、医療従事者を会員ベースとし、製薬会社、医療機器会社等が自らのマーケティングの為に同社のプラットフォームを利用している事となる。また、過去の推移を見る限りそれほど投資CFが必要とされるビジネスでも無いように見える。よって、同社のビジネスはある種の「料金所型」ビジネスでかつ、着実にキャッシュを稼ぎ出していると言える。一方、調査・コンシューマー向け事業の順調に拡大しており、今後の売上げの柱となる事が予想されている。
また財務面についても、現金同等物が総資産の60%以上となり、財務面からの不安は現時点ではあまり見あたらない。同社のIRによると、現金については今後の投資活動(M&A)等に備えていると回答があった。一方で、同じくIRからの回答によると、同社は投資をする際の目安となる資本コストは特に設定していない。M&Aの成否は同社の投下資本利益率に大きな影響を与える為、今後の投資活動については同社の資本コストを意識した上での意志決定をしてもらいたいと思う。
同社の予想をベースにした将来予想では、現時点の株価は割安気味になる。現時点の上述の様に同社のビジネスは現在の不況の影響をそれほど受けるものでは無いと考えられるが、顧客たる製薬会社・医療機器会社等は不況の影響を受けている可能性がある。そこで、投資については今後の売上げ動向を注視しながら意志決定を行えば良いと考える。
本レポートはソネット・エムスリー株式会社(証券コード:2413)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年6月下旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。
2. 要旨
2009年7月1日の株価301,000円に対して、理論株価は455,604円と51%程度割安となった。同社は会員となる医療従事者をベースにした各種サービスをWeb上で展開しており、非常に収益性が高いビジネスを展開している。
財務面・成長面においても現時点では特段と問題となる要素は見あたらず、投資家の期待収益率及び今後の株価の展開によっては魅力的な投資先となる可能性がある。
3. 企業概要
・会社名:ソネット・エムスリー株式会社 (証券コード:2413)
・URL:http://www.so-netm3.co.jp/
・設立:2000年9月
・事業概要:医療従事者専門サイト「m3.com」の運営を通じ、専門医療情報に特化したサービスの提供を行う
・経営陣:
谷村 格氏と西 章彦氏は会社設立直後からの社員でもあり、同社の設立経緯及び経営に大きな影響を持っていると考える。また、経営陣のバックグラウンドを大きく区分すると、コンサル系(谷村氏、横井氏、鈴木氏)、医療・製薬系(西氏、吉田(裕)氏)、ソニー系(吉田(憲)氏、渡邉氏)、その他(中條氏、遠山氏)と別ける事が出来る。経営陣のバックグラウンドを見る限り、経営及び事業のバックグラウンドに関する知識については十分有していると考える。また、ソネットという名前を使っているものの、ソニー系の経営陣は社外取締役、社外監査役の二人のみとなっており、経営陣におけるソニーの影響力はそれほど大きくないと考える事も出来る。
大株主:
経営陣に置いてはそれほどソニー色が強くなかったが、大株主という面で見ると、ソネットエンターテイメントが56.8%という過半数を占めており、同社からの影響を強く受けやすい構図となっている。また、上場時における目論見書(2004年8月時点)における株主の状況において、ソネットエンターテイメント社(86.54%)と谷村氏(9.21%)が上位95.75%の株式を保有していた。この事から、ソネットエムスリー社の設立経緯においては、ソネットエンターテイメント社と谷村氏の関係が非常に意味を持っていたと考える。
従業員数(連結):132人 (2009年3月31日時点)
事業の拡大と共に従業員数も同様に大きくなっている事が確認出来る。過去5年における単体における平均勤続年数がつねに1年~2年と非常に短期間かつ平均勤続年数が延びていないものの、これは従業員数の拡大と共に、新しく従業員が入社してきた為と考える事が出来る。但し、従業員の回転が速いという可能性もありえる。
また、過去5年において単体における平均年間給料が800万~900万円前後となっている。有価証券報告書等を元にランキング作成を行っている年収ラボのネットメディア別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_net.htm)によると、2008年時点では同社はネットメディア業界では最も高い平均年収となっている。
・経営理念
2007年の有価証券報告書以降、事業目的としては「インターネットを活用して、健康で長生きできる人を一人でも増やし、不必要な医療コストを一円でも減らすこと」という事が謳われている。またそれ以前は、「インターネットを活用して医療を改革していく」という目的が謳われていた。
また、エムスリーとは、医療(Medicine)、メディア(Media)、変容(Metamorphosis) の3つのMを表しているとされる。
4. ビジネスモデル
同社は医療分野に特化した情報流通の為のプラットフォームを構築している。主なサービスとして医療従事者専門サイト「m3.com」を運営しており、医療情報に特化したニュース、サーチエンジン、文献検索、コミュニティサイト等を会員向けに無料にて提供している。2009年3月末にて17.4万人の医師を含む44万人の医療従事者が会員となっている。また、厚生労働省の資料によると、2006年末時点における医師数は277,927人となっており、全体の60%近くの医師が同社の会員となっている事が分かる。(参考:平成18年 医師・歯科医師・薬剤師調査(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/index.html))
現時点において同社が有する最大の強みは、医療従事者の会員データベースを元に、医療従事者を顧客とする製薬会社、医療機器会社(以下クライアント企業)に対してマーケティング活動支援の為のプラットフォーム(MR君)を提供している事といえる。クライアント企業は、同社のデータベースを元に、自社製品の効率的なプロモーションを行う事が可能となる。近年において、製薬業界におけるMR活動は飽和状態にある一方、医療機関側においてもMRの活動を制限する動きもある。そこで、同社はその間をつなぐ為の効率的なプラットフォームを提供している事が同社における大きな価値提供の一つと言える(参考情報:Wikipedia(MR項)) 。
医療従事者からすると、必要な情報の発信元は顧客となる。そのため、ソネットエムスリー社からすると、顧客は利用料の支払と共に、無料会員である医師に対してのコンテンツの発信元でもある。ソネットエムスリー社は仕組みを提供する事が最大の価値である為、自らコンテンツの制作・発信をする必要性から解放されているといえる。
また、MR君以外においても、同社は医師をベースにしたネット調査事業、医師求人サービス、コンシューマー向け有料サービス(AskDoctors)等も提供している。特にAskDoctorsについては、有料会員が2008年末において40万人強と、過去3年で会員数が4倍強となっている。
現時点にでは、MR君等の既存事業が売上げ全体の60%を占めるが、今後は調査・コンシューマー向け分野が成長し、既存事業と並ぶ売上げの柱になることが予想される。
以下に、MR君における各プレイヤー及び各プレイヤーが提供する価値及び受け取る価値についてまとめる。
・バリュードライバー
利害関係者(製薬・医療機器会社、コンシューマー医療従事者)からみて、有益なプラットフォームであり続ける事が同社にとって重要なポイントとなる。その為、上質な会員の獲得及び、保持が非常に重要なポイントといえる。
・競合企業の分析
有価証券報告書によると、マーケティング支援会社及び医療関連コンテンツ制作会社、広告会社等が隣接ながら同社の競合となりえるとある。一方で、同社の最大の強みである、医療従事者の会員(17.4万人の医師を含む44万人の会員)を抱えている同種のサービスは見あたらない。また「MR君」に関するビジネスモデル特許も出願済みである事と、2000年から稼働している実績もある事から、競合企業からの参入障壁は高いと考える事が出来る。
5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
CAGRベースで見ると、売上高、営業利益、純利益、営業CF共に非常に高い割合で伸びている事が分かる。また、原価率、販管費率共にトレンドとしては低下傾向にあるため、結果として営業利益率が上昇している。事業自体が拡大しているにも関わらず、販管費率が低下傾向もしくは横ばい傾向にあるのは、効率が良い経営をしている結果ではないか。
営業CFに比べて投資CFが小さいという事も一つの特徴として上げられる。
2009年3月期の財務CFがマイナスとなっているが、これは2008年3月期において初めて配当が決議されその支払があった為となる。
・事業別・所在地別セグメント別売上げについて
事業としては医療関連事業しか無い為、事業別のセグメント情報は存在しないものの、同社のビジネスはマーケティング、調査、その他という3つの分野に分かれている。そこで、それぞれの分野における売上げは以下の通りとなる。
マーケティング分野における売上げが常に70~80%以上を占め、最も大きなビジネスである事が伺える。また成長率で見ると、過去5年のCAGR40%と高いうえ、調査・その他の分野におけるCAGRはそれぞれ60%,50%強と非常に高い伸び率となっている。一方直近のマーケティング分野における成長率は、2008-2009年で4.4%と以前の成長率に比べて伸び悩みが見える事も事実である。これは、同社のビジネスが認知されて来た事と、日本における医師の60%がすでに同社の会員になっている事から、ビジネスの規模そのもののがある一定のサイズになったという可能性も考えられる。
所在地別のセグメントとしては、日本、北米、その他の地域(韓国・欧州)に別れており、セグメント別の売上げ及び営業利益については以下の通り。有価証券報告書によると、海外において同社と同様なサービスは見あたらず、医薬品の処方に関して同様の制度を持つ国、市場に対して海外展開をしていくとある。同社は米国へは2003年10月より、韓国へは2005年6月より、欧州へは2008年4月より市場参入している。
尚、2006年以前は、日本での売上げが全体の90%以上を占めていたという事で、所在地別のセグメント情報は開示されていない。現時点で見る限り、売上げでは90%強を、営業利益では100%強を日本から挙げている。
・資本効率について
同社における資本効率は上記の通りとなる、負債ベース、資産ベースでROICが大きく異なる理由としては、同社が非常に多額の現金を保持している為となる。2009年3月期において、資産の65%が現金となっており、この事がROICに大きな影響を与えている。しかしながら、それを考慮しても、現時点における全社的な資本効率は非常に良いといえる。
2009年3月末時点における現金同等物の残高は、2009年3月期における売上げの96%に、全資産における65%に相当し、同社の規模からすると非常に大きな割合となる。また、過去5年においても、同様の傾向かみられる。そこで今後、この現金をどのように有効活用するかが同社における大きな課題とも言える。
同社のサービスの殆どがWeb経由で行われている事から、ソフトウエアに対する投資は重要度が高いと思われるが、全資産125億に対してソフトウエア資産は1%強程度の値(一億八千万)である。また、過去数年においても子会社等の買収に関する支出を覗き、営業CFに対して投資CFが非常に小さいことが言える。この事から、同社の強みは単純なソフトエアの優位性にあるのではなく、医療従事者、製薬会社、医療機器会社等の全てを巻き込んだ仕組みを作り上げた事にあると言えると考える。
6. 資本政策の分析
・配当
経営基盤の強化、新たな事業展開へ備える為に、利益の内部留保及び再投資することを基本方針としている。配当については、2008年3月期に初めて一株あたり3000円(総額7億8千万)を実施。2009年3月期においても一株あたり3300円(総額8億6千万)を実施する。
・自社株買い
該当事項は特になし。
7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:有利子負債は存在しない
WACC:よって株主コスト=WACCとなる。
・売上高
2009年4月21日発表の決算短信によると、2010年3月期の売上げ予想は前年比34.7%増の115億円となり、営業利益は20.3増の48億円を見込んでいる。売上げの詳細については公表していないものの、マーケティング、調査、その他の分野共に大幅な成長を見込んでいると思われる。
日本においては全医師の60%がすでに会員となっており、日本における会員数の大幅増はこれから難しくなる可能性がある。しかしながら、同社の主な顧客は製薬会社・医療機器会社となる。同社によると現時点でのMR君の利用企業数は26社となり、今後の成長余地としては2倍程度を見込んでいる模様。また、1企業当たりの売上げの成長余地としても現時点の2億から5億程度を見込んでおり、ここでは2.5倍の成長余地を見込んでいる。
調査・その他の分野においても、利用顧客・売上げ共に伸びていくと同社は予測している。また、これらの事業については担当スタッフが少ないこともあり、収益性が高いことも特徴の一つと言える。
一方、海外展開についても今後の売上げの鍵となる可能性がある。但し、現時点において海外セクターは過去2年ほど利益を計上しておらず、海外セクターの売上げも全体の10%程度となっている。今回は海外セクターについてはあまり考慮に入れていないが、今後の動向によっては成長の鍵となる可能性がある。
以上を元に、売上高の推移については2010年3月期の売上げ予想については会社予想をベースにし、マーケティング支援については徐々に成長率が低下、調査、その他分野についても2012年をピークにして徐々に成長率が低下すると仮定した。
・営業費用(売上原価・販管費)
2009年3月期における売上原価は21.9%となっており、過去5年のトレンドとしては減少傾向となる。そのため、今後も緩やかに減少していくと仮定する事が出来る。しかしながら、2010年3月期の会社予想としては、営業利益率が41%程度と昨年の46.7%に比べて悪化すると予想している。そこで営業利益率の低下原因として、売上高の上昇率と共に売上原価率が上昇すると仮定した。そこで、今期の売上原価率としては29.2%程度とし、今後は売上げの成長率の下落と共に徐々に売上原価率も低下していくと仮定した。
ソネットエムスリー(単体)における販売管理費の内訳から、販売管理費における変動費の割合は56%程度となっているのでその値を利用した。
・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、売上高に対して1%弱程度になるように仮定した。
・設備投資
日本における業務においては一定の設備投資が完了しているとも考えられるが、海外向け設備投資(米国・韓国・欧州)が今後数年あると仮定。長期的には減価償却と同水準の設備投資とした。
・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。
・非事業用資産
多額の現金同等物を除き非事業用資産は保持していない。
・その他
その他特記事項は特になし。
8. バリュエーション
2009年7月1日の株価301,000円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:455,604円 乖離51%
9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を行ったところ、翌営業日に回答を頂いた。回答のレスポンスは非常に良い。但し、同社のIRページにおいては、すでにEDINET等で発表済みの最新の有価証券報告書、決算短信等に関するリンクが無いケースがあった。これについては、最新の情報を同社のIRページからダウンロード出来るように改善を望みたいと思う。
投資に際しては、目安となる資本コストを設定していないという回答となった。目安となる資本コストは、同社の投資の成否を分けるポイントとなる為、この点については再考が必要ではないかと考える。
その他は、特記するような情報は特にない。
10. まとめ
株価301,000円(2009年7月01日終値)に対して、理論株価は455,604円となり乖離率は51%。現時点において同社のビジネスはほぼ内需関連といえるため、チャートをみる限りは昨今の経済危機の影響をさほど受けたような動きには見えない。
現時点における同社の最大の強みは、医療従事者を会員ベースとし、製薬会社、医療機器会社等が自らのマーケティングの為に同社のプラットフォームを利用している事となる。また、過去の推移を見る限りそれほど投資CFが必要とされるビジネスでも無いように見える。よって、同社のビジネスはある種の「料金所型」ビジネスでかつ、着実にキャッシュを稼ぎ出していると言える。一方、調査・コンシューマー向け事業の順調に拡大しており、今後の売上げの柱となる事が予想されている。
また財務面についても、現金同等物が総資産の60%以上となり、財務面からの不安は現時点ではあまり見あたらない。同社のIRによると、現金については今後の投資活動(M&A)等に備えていると回答があった。一方で、同じくIRからの回答によると、同社は投資をする際の目安となる資本コストは特に設定していない。M&Aの成否は同社の投下資本利益率に大きな影響を与える為、今後の投資活動については同社の資本コストを意識した上での意志決定をしてもらいたいと思う。
同社の予想をベースにした将来予想では、現時点の株価は割安気味になる。現時点の上述の様に同社のビジネスは現在の不況の影響をそれほど受けるものでは無いと考えられるが、顧客たる製薬会社・医療機器会社等は不況の影響を受けている可能性がある。そこで、投資については今後の売上げ動向を注視しながら意志決定を行えば良いと考える。
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