2009/07/06

ソネット・エムスリー株式会社(2413)

1. はじめに
本レポートはソネット・エムスリー株式会社(証券コード:2413)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年6月下旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。

2. 要旨
2009年7月1日の株価301,000円に対して、理論株価は455,604円と51%程度割安となった。同社は会員となる医療従事者をベースにした各種サービスをWeb上で展開しており、非常に収益性が高いビジネスを展開している。
財務面・成長面においても現時点では特段と問題となる要素は見あたらず、投資家の期待収益率及び今後の株価の展開によっては魅力的な投資先となる可能性がある。

3. 企業概要
・会社名:ソネット・エムスリー株式会社 (証券コード:2413)
・URL:http://www.so-netm3.co.jp/
・設立:2000年9月
・事業概要:医療従事者専門サイト「m3.com」の運営を通じ、専門医療情報に特化したサービスの提供を行う
・経営陣:
谷村 格氏と西 章彦氏は会社設立直後からの社員でもあり、同社の設立経緯及び経営に大きな影響を持っていると考える。また、経営陣のバックグラウンドを大きく区分すると、コンサル系(谷村氏、横井氏、鈴木氏)、医療・製薬系(西氏、吉田(裕)氏)、ソニー系(吉田(憲)氏、渡邉氏)、その他(中條氏、遠山氏)と別ける事が出来る。経営陣のバックグラウンドを見る限り、経営及び事業のバックグラウンドに関する知識については十分有していると考える。また、ソネットという名前を使っているものの、ソニー系の経営陣は社外取締役、社外監査役の二人のみとなっており、経営陣におけるソニーの影響力はそれほど大きくないと考える事も出来る。

大株主:
経営陣に置いてはそれほどソニー色が強くなかったが、大株主という面で見ると、ソネットエンターテイメントが56.8%という過半数を占めており、同社からの影響を強く受けやすい構図となっている。また、上場時における目論見書(2004年8月時点)における株主の状況において、ソネットエンターテイメント社(86.54%)と谷村氏(9.21%)が上位95.75%の株式を保有していた。この事から、ソネットエムスリー社の設立経緯においては、ソネットエンターテイメント社と谷村氏の関係が非常に意味を持っていたと考える。

従業員数(連結):132人 (2009年3月31日時点)
事業の拡大と共に従業員数も同様に大きくなっている事が確認出来る。過去5年における単体における平均勤続年数がつねに1年~2年と非常に短期間かつ平均勤続年数が延びていないものの、これは従業員数の拡大と共に、新しく従業員が入社してきた為と考える事が出来る。但し、従業員の回転が速いという可能性もありえる。
また、過去5年において単体における平均年間給料が800万~900万円前後となっている。有価証券報告書等を元にランキング作成を行っている年収ラボのネットメディア別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_net.htm)によると、2008年時点では同社はネットメディア業界では最も高い平均年収となっている。

・経営理念
2007年の有価証券報告書以降、事業目的としては「インターネットを活用して、健康で長生きできる人を一人でも増やし、不必要な医療コストを一円でも減らすこと」という事が謳われている。またそれ以前は、「インターネットを活用して医療を改革していく」という目的が謳われていた。
また、エムスリーとは、医療(Medicine)、メディア(Media)、変容(Metamorphosis) の3つのMを表しているとされる。

4. ビジネスモデル
同社は医療分野に特化した情報流通の為のプラットフォームを構築している。主なサービスとして医療従事者専門サイト「m3.com」を運営しており、医療情報に特化したニュース、サーチエンジン、文献検索、コミュニティサイト等を会員向けに無料にて提供している。2009年3月末にて17.4万人の医師を含む44万人の医療従事者が会員となっている。また、厚生労働省の資料によると、2006年末時点における医師数は277,927人となっており、全体の60%近くの医師が同社の会員となっている事が分かる。(参考:平成18年 医師・歯科医師・薬剤師調査(http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/index.html))

現時点において同社が有する最大の強みは、医療従事者の会員データベースを元に、医療従事者を顧客とする製薬会社、医療機器会社(以下クライアント企業)に対してマーケティング活動支援の為のプラットフォーム(MR君)を提供している事といえる。クライアント企業は、同社のデータベースを元に、自社製品の効率的なプロモーションを行う事が可能となる。近年において、製薬業界におけるMR活動は飽和状態にある一方、医療機関側においてもMRの活動を制限する動きもある。そこで、同社はその間をつなぐ為の効率的なプラットフォームを提供している事が同社における大きな価値提供の一つと言える(参考情報:Wikipedia(MR項)) 。
医療従事者からすると、必要な情報の発信元は顧客となる。そのため、ソネットエムスリー社からすると、顧客は利用料の支払と共に、無料会員である医師に対してのコンテンツの発信元でもある。ソネットエムスリー社は仕組みを提供する事が最大の価値である為、自らコンテンツの制作・発信をする必要性から解放されているといえる。
また、MR君以外においても、同社は医師をベースにしたネット調査事業、医師求人サービス、コンシューマー向け有料サービス(AskDoctors)等も提供している。特にAskDoctorsについては、有料会員が2008年末において40万人強と、過去3年で会員数が4倍強となっている。
現時点にでは、MR君等の既存事業が売上げ全体の60%を占めるが、今後は調査・コンシューマー向け分野が成長し、既存事業と並ぶ売上げの柱になることが予想される。
以下に、MR君における各プレイヤー及び各プレイヤーが提供する価値及び受け取る価値についてまとめる。

・バリュードライバー
利害関係者(製薬・医療機器会社、コンシューマー医療従事者)からみて、有益なプラットフォームであり続ける事が同社にとって重要なポイントとなる。その為、上質な会員の獲得及び、保持が非常に重要なポイントといえる。

・競合企業の分析
有価証券報告書によると、マーケティング支援会社及び医療関連コンテンツ制作会社、広告会社等が隣接ながら同社の競合となりえるとある。一方で、同社の最大の強みである、医療従事者の会員(17.4万人の医師を含む44万人の会員)を抱えている同種のサービスは見あたらない。また「MR君」に関するビジネスモデル特許も出願済みである事と、2000年から稼働している実績もある事から、競合企業からの参入障壁は高いと考える事が出来る。

5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
CAGRベースで見ると、売上高、営業利益、純利益、営業CF共に非常に高い割合で伸びている事が分かる。また、原価率、販管費率共にトレンドとしては低下傾向にあるため、結果として営業利益率が上昇している。事業自体が拡大しているにも関わらず、販管費率が低下傾向もしくは横ばい傾向にあるのは、効率が良い経営をしている結果ではないか。

営業CFに比べて投資CFが小さいという事も一つの特徴として上げられる。
2009年3月期の財務CFがマイナスとなっているが、これは2008年3月期において初めて配当が決議されその支払があった為となる。

・事業別・所在地別セグメント別売上げについて
事業としては医療関連事業しか無い為、事業別のセグメント情報は存在しないものの、同社のビジネスはマーケティング、調査、その他という3つの分野に分かれている。そこで、それぞれの分野における売上げは以下の通りとなる。
マーケティング分野における売上げが常に70~80%以上を占め、最も大きなビジネスである事が伺える。また成長率で見ると、過去5年のCAGR40%と高いうえ、調査・その他の分野におけるCAGRはそれぞれ60%,50%強と非常に高い伸び率となっている。一方直近のマーケティング分野における成長率は、2008-2009年で4.4%と以前の成長率に比べて伸び悩みが見える事も事実である。これは、同社のビジネスが認知されて来た事と、日本における医師の60%がすでに同社の会員になっている事から、ビジネスの規模そのもののがある一定のサイズになったという可能性も考えられる。
所在地別のセグメントとしては、日本、北米、その他の地域(韓国・欧州)に別れており、セグメント別の売上げ及び営業利益については以下の通り。有価証券報告書によると、海外において同社と同様なサービスは見あたらず、医薬品の処方に関して同様の制度を持つ国、市場に対して海外展開をしていくとある。同社は米国へは2003年10月より、韓国へは2005年6月より、欧州へは2008年4月より市場参入している。
尚、2006年以前は、日本での売上げが全体の90%以上を占めていたという事で、所在地別のセグメント情報は開示されていない。現時点で見る限り、売上げでは90%強を、営業利益では100%強を日本から挙げている。

・資本効率について
同社における資本効率は上記の通りとなる、負債ベース、資産ベースでROICが大きく異なる理由としては、同社が非常に多額の現金を保持している為となる。2009年3月期において、資産の65%が現金となっており、この事がROICに大きな影響を与えている。しかしながら、それを考慮しても、現時点における全社的な資本効率は非常に良いといえる。

2009年3月末時点における現金同等物の残高は、2009年3月期における売上げの96%に、全資産における65%に相当し、同社の規模からすると非常に大きな割合となる。また、過去5年においても、同様の傾向かみられる。そこで今後、この現金をどのように有効活用するかが同社における大きな課題とも言える。

同社のサービスの殆どがWeb経由で行われている事から、ソフトウエアに対する投資は重要度が高いと思われるが、全資産125億に対してソフトウエア資産は1%強程度の値(一億八千万)である。また、過去数年においても子会社等の買収に関する支出を覗き、営業CFに対して投資CFが非常に小さいことが言える。この事から、同社の強みは単純なソフトエアの優位性にあるのではなく、医療従事者、製薬会社、医療機器会社等の全てを巻き込んだ仕組みを作り上げた事にあると言えると考える。

6. 資本政策の分析
・配当
経営基盤の強化、新たな事業展開へ備える為に、利益の内部留保及び再投資することを基本方針としている。配当については、2008年3月期に初めて一株あたり3000円(総額7億8千万)を実施。2009年3月期においても一株あたり3300円(総額8億6千万)を実施する。

・自社株買い
該当事項は特になし。

7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:有利子負債は存在しない
WACC:よって株主コスト=WACCとなる。

・売上高
2009年4月21日発表の決算短信によると、2010年3月期の売上げ予想は前年比34.7%増の115億円となり、営業利益は20.3増の48億円を見込んでいる。売上げの詳細については公表していないものの、マーケティング、調査、その他の分野共に大幅な成長を見込んでいると思われる。
日本においては全医師の60%がすでに会員となっており、日本における会員数の大幅増はこれから難しくなる可能性がある。しかしながら、同社の主な顧客は製薬会社・医療機器会社となる。同社によると現時点でのMR君の利用企業数は26社となり、今後の成長余地としては2倍程度を見込んでいる模様。また、1企業当たりの売上げの成長余地としても現時点の2億から5億程度を見込んでおり、ここでは2.5倍の成長余地を見込んでいる。
調査・その他の分野においても、利用顧客・売上げ共に伸びていくと同社は予測している。また、これらの事業については担当スタッフが少ないこともあり、収益性が高いことも特徴の一つと言える。
一方、海外展開についても今後の売上げの鍵となる可能性がある。但し、現時点において海外セクターは過去2年ほど利益を計上しておらず、海外セクターの売上げも全体の10%程度となっている。今回は海外セクターについてはあまり考慮に入れていないが、今後の動向によっては成長の鍵となる可能性がある。
以上を元に、売上高の推移については2010年3月期の売上げ予想については会社予想をベースにし、マーケティング支援については徐々に成長率が低下、調査、その他分野についても2012年をピークにして徐々に成長率が低下すると仮定した。

・営業費用(売上原価・販管費)
2009年3月期における売上原価は21.9%となっており、過去5年のトレンドとしては減少傾向となる。そのため、今後も緩やかに減少していくと仮定する事が出来る。しかしながら、2010年3月期の会社予想としては、営業利益率が41%程度と昨年の46.7%に比べて悪化すると予想している。そこで営業利益率の低下原因として、売上高の上昇率と共に売上原価率が上昇すると仮定した。そこで、今期の売上原価率としては29.2%程度とし、今後は売上げの成長率の下落と共に徐々に売上原価率も低下していくと仮定した。
ソネットエムスリー(単体)における販売管理費の内訳から、販売管理費における変動費の割合は56%程度となっているのでその値を利用した。

・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、売上高に対して1%弱程度になるように仮定した。

・設備投資
日本における業務においては一定の設備投資が完了しているとも考えられるが、海外向け設備投資(米国・韓国・欧州)が今後数年あると仮定。長期的には減価償却と同水準の設備投資とした。

・長期成長率
長期成長率は0.5%を仮定する。

・非事業用資産
多額の現金同等物を除き非事業用資産は保持していない。

・その他
その他特記事項は特になし。

8. バリュエーション 
2009年7月1日の株価301,000円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:455,604円 乖離51%

9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を行ったところ、翌営業日に回答を頂いた。回答のレスポンスは非常に良い。但し、同社のIRページにおいては、すでにEDINET等で発表済みの最新の有価証券報告書、決算短信等に関するリンクが無いケースがあった。これについては、最新の情報を同社のIRページからダウンロード出来るように改善を望みたいと思う。
投資に際しては、目安となる資本コストを設定していないという回答となった。目安となる資本コストは、同社の投資の成否を分けるポイントとなる為、この点については再考が必要ではないかと考える。
その他は、特記するような情報は特にない。

10. まとめ
株価301,000円(2009年7月01日終値)に対して、理論株価は455,604円となり乖離率は51%。現時点において同社のビジネスはほぼ内需関連といえるため、チャートをみる限りは昨今の経済危機の影響をさほど受けたような動きには見えない。
現時点における同社の最大の強みは、医療従事者を会員ベースとし、製薬会社、医療機器会社等が自らのマーケティングの為に同社のプラットフォームを利用している事となる。また、過去の推移を見る限りそれほど投資CFが必要とされるビジネスでも無いように見える。よって、同社のビジネスはある種の「料金所型」ビジネスでかつ、着実にキャッシュを稼ぎ出していると言える。一方、調査・コンシューマー向け事業の順調に拡大しており、今後の売上げの柱となる事が予想されている。
また財務面についても、現金同等物が総資産の60%以上となり、財務面からの不安は現時点ではあまり見あたらない。同社のIRによると、現金については今後の投資活動(M&A)等に備えていると回答があった。一方で、同じくIRからの回答によると、同社は投資をする際の目安となる資本コストは特に設定していない。M&Aの成否は同社の投下資本利益率に大きな影響を与える為、今後の投資活動については同社の資本コストを意識した上での意志決定をしてもらいたいと思う。
同社の予想をベースにした将来予想では、現時点の株価は割安気味になる。現時点の上述の様に同社のビジネスは現在の不況の影響をそれほど受けるものでは無いと考えられるが、顧客たる製薬会社・医療機器会社等は不況の影響を受けている可能性がある。そこで、投資については今後の売上げ動向を注視しながら意志決定を行えば良いと考える。

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