2009/07/06

株式会社アルプス技研(4641)

1. はじめに
本レポートは株式会社アルプス技研(証券コード:4641)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年6月上旬)の数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなっている。

2. 要旨
株価544円(2009年6月10日終値)に対して、ベースシナリオにおける理論株価は636円となり乖離率は17%となった。同社は常用雇用型派遣ビジネスを事業としており、派遣従業員の質が同社の提供する価値を左右する。
一方、同社は過去にMSCBを発行した事があり、同社に投資する際のリスクとしては、ビジネスリスクだけではなく、同社の財務戦略に対するリスクについても注視するべきと考える。

3. 企業概要
・会社名:株式会社 アルプス技研 (証券コード:4641)
・URL:http://www.alpsgiken.co.jp/
・ 設立:1968年7月
・事業概要:アウトソーシングサービス事業・その他の事業
・経営陣:
大きな特徴としては、自社生え抜きの役員はおらず、すべての役員が社外出身者から構成されている。また、監査役も含めると7割弱の経営陣が銀行出身者と、多数を占めていることも特徴である。その事から、経営陣のフィナンシャルリテラシーは一定水準以上である事が予想される。


大株主:
創業者である松井利夫氏が、個人名義及び、氏と関連が深いと思われる団体(有限会社松井経営研究所, 財団法人起業家支援財団)を含めると、23%強の株式を保有している事となる。また、有価証券報告書によると、松井氏は同社と顧問契約を結んでいる(2008年の年間顧問料:10,870,000円)。その為、松井氏は、すでに役員を退任しているものの、同社に対して一定の影響力を残していると考える。


・自己株式:136,600株 (1.21%)
・従業員数(連結):3351人 (2008年末)
主事業たるアウトソーシング事業では、2005年から2008年にかけてCAGRで7.52%の伸び率となっており、同社が本事業を拡大してきた事が伺える。


・経営理念
人と人のこころのつながりを大切にするという理念のもと、「Heart to Heart」という経営理念が1978年頃に定められる。

4. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下の通りとなる。
CAGRベースで見ると、売上高、営業利益、純利益、営業CF共に順調に伸びている事が伺える。
営業CFの成長率が、売上高、営業利益の成長率と比較し非常に高い点は少々注目出来る点であると思う。
投資CFは営業CFに比べると比較的少額かつ、比較的安定した支出となっている。これは、人材派遣事業という性格上、自社としての設備投資額をあまり必要としていない為だと考える。
財務CFは、主に借入金(短期、社債)の返済及び、配当金の支払に使用されている。

売上げ及び、営業利益の殆どをアウトソーシング部門が占めている。その他の事業については過去5年にわたり損失を計上し続けているものの、直近の営業利益と比較して2%程度の損失であるので、全体の利益に対して大きなインパクトは与えていないと考える。
過去5年のアウトソーシング部門における営業利益率は13%後半から14%と安定している。


セグメント別の売上、営業利益、営業利益率は以下の通りとなる。


ROICツリー分解
アルプス技研のWebページによると、同社は日本エンジニアリングアウトソーシング協会に属している。そこで、同協会に属している会社の中から、アルプス技研よりやや規模が大きいメイテック社と、ベンチャー系であるテックトラスト社をピックアップして、ROICツリー分解を行った。
ROICツリー上において、アルプス技研が他社と比較して特段優れている点は見あたらない。運転資本回転率、固定資産回転率は、メイテックよりもやや良い数字ではあるが、売上原価率、販管費率、営業利益率においては、メイテックの方が優れた数字であるので、結果としてROICもメイテックの方が優れた数字となる。
また、テックトラスト社は、NOPLAT対売上げ比においては他社よりも劣る数字ではあるが、投下資産回転率が他社の倍弱の数字となる。これは、同社の規模がまだ小さい故の事だと考えられる。


5. ビジネスモデル
・人材派遣事業における登録型と、常用雇用型の違い
人材派遣事業は主に「登録型」と「常用雇用型」の二種類が存在し、アルプス技研は「常用雇用型」の派遣事業を営む。登録型と常用雇用型の主な違いは以下の通り。

・技術者派遣業務
同社では以下の図のように、4種類の営業スタイルを基本としている。

出展:アルプス技研Webサイト

創業者 松井利夫氏のコンセプトである「機電一体設計(機械技術と電気電子技術の垣根を作らずに開発・設計を行う事)」を特徴に、様々なフィールドに対応を行う。対応する技術フィールドは、金型・工作機械設計、産業機械設計、情報処理サービス、高度道路交通システム等18の分野に及ぶ。

・請負・受託開発業務
のづくり拠点(蓼科テクノパーク、宇都宮テクノパーク)を持つことにより、
開発→試作→製造→評価
といった製造業における全てのプロセスを一括もしくは部分を請け負うインフラを有す。


・バリュードライバー
「アルプス技研の歴史は人材育成の歴史」と言われる程、同社は社員教育に力を入れてきており、同社の価値の源泉は人材育成力にあると考える。色々な意見があるものの、独特の社員教育方針を有する。
常用雇用型の事業を行う同社においては、派遣先が無くても社員の給料を支払わなくてはならず、派遣先の確保が事業の成否を左右する。そのため、優秀な人材の確保及び、人材の教育を通して、顧客に高付加価値業務を提供出来るかどうかが、収益の鍵となる。

・競合企業の分析
上場している製造業向けアウトソーシング関連会社としては、メイテック、フルキャストテクノロジー、トラストテック等が挙げられる。アルプス技研を含め、どの会社も本質的に技術系アウトソーシングを主業務としており、営業力・派遣社員の技術力・高度技術者の育成力・経営力が今後の差別化及び収益の鍵と考える。
前述のROICツリーより、売上原価率、販管費率、営業利益率共に、同業界における大手企業たるメイテックよりも劣る数値となっている。アルプス技研においては、これらの数値の改善が今後の課題となる。

6. 資本政策の分析
・配当
2006年12月期より、連結ベースで配当性向50%を指標とする利益配分率を行うとし、安定的な配当の継続のため、業績に関わらず一株あたり20円の配当を維持する事を基本方針とする。
2008年3月期は、創業40周年の記念配当もあったこともあり、年間52円の配当となり、配当性向は59.93%となる。

・自社株買い
取締役会の決議で自己株式を取得可能の旨が定款に定めてあるものの、現状では積極的に自社株買いを行っているようには思えない。

・その他
同社は2006年6月23日にMSCBの発行を決議している。このMSCBについての詳細及び、その後の株価への影響等については付録を参照の事。

7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として10%を使用。
有利子負債コスト:有報の有利子負債コスト注記から、2.3%と算定
WACC:加重平均により9.51%と算定

・売上高
・ベースシナリオ
昨今の金融危機の影響もあり、同社の直近の稼働率は71.8%と前年平均の93.%を大幅に下回っている。その為、同社の売上高も大きく影響を受けると思われる。2009年3月期の売上げは、同社予想の前年比18.7%減の約180億を想定。翌年も、景気回復の遅れから売上げがやや減少するものの、その後は緩やかに売上げが回復していくと予想。

・楽観シナリオ
2009年後半からアジア方面の景気回復が予想以上に早く進み、製造業のアジア向け輸出の回復と共に同社の売上げも予想より早く回復する。そこで、2009年の売上げは、同社予想を上回り、前年比約10%減とし、翌年以降速やかに売上げが回復し、その後は3~4%の売上げ増が続くと予想。

・悲観シナリオ
景気回復に予想以上に時間がかかると共に、同社への技術者派遣要請の依頼水準も低水準のまま数年がすぎる。2009年度の売上げは前年比-20%として、数年間下落傾向が続く。4~5年程後ぐらいから、緩やかに売上げが回復していく。

各種シナリオ共に、今後の稼働率の推移を見守って修正していく必要がある。

・営業費用(売上原価・販管費)
ここ数年、売上原価は下降傾向ではあるものの、昨今の金融危機の影響もあり、同社の直近の稼働率は71.8%と前年平均の93.%を大幅に下回っている。常用雇用者の派遣という同社の事業の性格上、技術者の派遣先が無くても、技術者に対して給料を払う必要があることから、売上高における売上原価の割合が上昇すると考えられる。
しかしながら、長期的には経費削減努力により売上原価の割合も低下していくと予想する。

アルプス技研(単体)における販売管理費の内訳から、販売管理費における変動費の割合は20%と仮定した。

・減価償却費
減価償却は過去の水準を考慮して、平均償却年数17年(売上高に対して1%程度)とした。

・設備投資
技術者派遣という同社のビジネスの性格上、自社として大きな設備投資が必要という事にはならない。一方、過去数年は、設備投資に比べて減価償却費の方が高水準となっている事から、整合性をとるために減価償却に比べてやや高い水準で設備投資を行うと仮定した。

・長期成長率
長期成長率は保守的に見積もり0%を仮定する。

・非事業用資産
同社は約40億近くの有価証券(主に株式)を保持しているものの、取引先等の関連がある会社の株式である事も想定される。そのため、非事業用資産は0であると保守的に見積もる。

・その他
その他特記事項は特になし。

8. バリュエーション 
2009年6月10日の株価544円
売上高の各種シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
バリュエーション結果の詳細については、添付資料(付録9.2~9.4)を参照の事

・ベースシナリオ
理論株価:636円 乖離17%

・楽観シナリオ
理論株価:1115円 乖離105%

・悲観シナリオ
理論株価:402円 乖離-26%


9. まとめ
9.1. 総評
株価544円(2009年6月10日終値)に対して、ベースシナリオにおける理論株価は636円となり乖離率は17%。昨今の経済危機の影響及び、派遣切り等の問題により株価が2008年当初に比べると株価が1/3程度になっている。
一方、世間で問題になっている派遣切りの多くは登録型の派遣業であり、アルプス技研は社員の技術力を売りにした常時雇用型の派遣事業を営んでおり、一概に同じようには判断できない。また、同社は社員教育に非常に力を入れている事及び、創業者は不況時でも研修費を切らないという方針を持っている。その為、技術力の向上及び派遣社員の人間性を高め、顧客からの信頼を得ることが長期的な成長の鍵と考えられる。
しかしながら、直近の稼働率は71.8%と前年平均の93%を大幅に下回っており、余談を許す状況にはない。その為、ここしばらくは製造業全体の景気動向及び、同社の稼働率に対して注意が必要となる。
しかしながら、同社は2006年に資金調達としてMSCBを発行している。詳細は付録に記述してあるが、結論として、表面的には無利息の社債であるが、株主価値の毀損を前提とした資金調達方法と言わざるを得ない。
そのため、ベースシナリオを基準とした株価としてはやや割安の水準にあるものの、そのような資金調達手法を用いるような経営陣がいる会社に対して投資を行うことは躊躇わざるを得ないという結論になる。

9.1. リスク要因
数年前までの有価証券報告書では、技術者不足がリスク要因として挙げられていたが、現在ではその項目は無くなっている。
同社は主に国内の製造業向けに技術者を派遣しており、国内の製造業の景気動向に業績が左右されると考えられる。また、長期的に日本の製造業が縮小していった場合、同社の市場そのものも縮小していく可能性がある。

一方財務面では、過去5年ほど自己資本比率が上昇しており現在では68%(連結)となっており、直近の流動比率も2倍強となっている。また、FCFもCAGRベースで過去5年の延びについても25%となっており、確実にキャッシュフローを稼ぎ出している。以上の事から、現時点において、財務的なリスクはそれほど大きくないと考えられる。

また、上述の様に同社は過去にMSCBを発行している。その為、今後の業績、財務状況のリスクと同様に、株主価値を毀損する可能性のあるオペレーションを行う経営陣であると言う点も大きなリスク要因となろう。

10. 付録

10.1. アルプス技研が発行したMSCBに関するまとめ
2006年6月23日の取締役会にて第三者割当による無担保転換社債型新株予約権付社債の発行を決議

社債の総額:20億円
利率:社債部分に利率は無い(0%)
担保:無
社債の払い込み日:2006年7月10日
新株予約権の割当日:2006年7月10日
新株予約権の行使期間:2006年7月11日~2008年7月9日まで
社債償還期限:2008年7月10日
転換価格:1615円
転換価格の修正:毎月第三金曜日までの東証におけるアルプス技研株価の3連続取引日における平均終値の平均値の90%
転換価格の制限:上限価格2423円、下限価格808円
割当先:全額野村證券
新株予約権の行使による発行株式の上限:120万株(最大で12%の希薄化)

資金の使用目的:14億円→教育システム、研修体制の整備・構築、残額→運転資金

取締役の業績連動報酬
固定報酬:総額1億5千万以内
業績連動報酬:5千万以内
業績連動報酬の算定方法:ROE及び売上高経常利益率(共に連結)を指標としてポイントを算出し、総額を算定する

新株予約権の行使結果
2006年8月~2006年12月までの5ヶ月に渡り発行株式の上限(120万株)まで行使される。
未転換残高の4億5千万は2007年1月26日に繰り上げ償還

転換価格の推移
当初1615円→1326.9円(7月26日)→1346.1円(8月21日)→1292.7円(9月19日)→1289.4円(10月23日)→1262.4円(11月20日)
転換価格の下落率:21.8%

株価の推移
7月10日:1726円 (払込日&割当日)
7月11日:1611円
8月1日:1479円
9月1日:1491円
10月1日:1484円
11月1日:1430円
12月1日:1382円
12月29日:1367円
払込日から年末までの株価の下落率:20.1%

TOPIXの推移
7月10日:1594.07
12月29日:1681.07
払込日から年末までのTOPIXの上昇率5%

考察
・本MSCBは、社債部分に利率が無い為、株式への転換及び、転換可能株式数(120万株)まで転換後の繰り上げ償還を行った場合においても、損益計算書(PL)に影響を与えない。

・割当先である野村證券は、時価の10%オフで増資を受ける事とほぼ等しいので、転換直後に株式を売却することで利益を得る事が出来る。また、転換可能株式数(120万株)が定まっているものの、転換価格修正条項により、株式が下落するほど少ない金額で多くの株式を得る事が可能。未転換部分の残額は、そのまま無利子で返却される。

・事実、7月10日の払込日以降、5ヶ月に渡り順次、株式に転換している。残額の4億5千万についても、翌年1月に繰り上げ償還している。この事から野村證券は、約半年強の間で利益を確定したと考えられる。

・野村證券が得た利益の源泉は、既存株主の株主価値であると考えられる。事実、同社の株価は、MSCBの発行後から年末まで、TOPIXは上昇しているにも関わらず、20%程度下落している。のは、他の要因も考えられるものの、MSCBによる影響が大きいと思われる。

・MSCB発行時のプレスリリースにおいては、無利息による資金調達が可能と思わせる記述がされているが、MSCBでは損益計算書に利息が計上されないだけで、資金調達のコストは株価下落という形で株主が払っていると考える事が出来る。その為、プレスリリースの文言は誤解を招く文言であると考える。

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