2009/07/31

サントリーホールディングス株式会社

1. はじめに
本レポートはサントリーホールディングス株式会社について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。同社は株式を証券取引所に上場していない非上場会社であるが、有価証券報告書提出会社である事から主に有価証券報告書を元に同社の分析を行った。分析に用いた各種数値については分析時点(2009年7月下旬)における数値となっている。
2009 年7月13日の報道により、キリンホールディングスとサントリーホールディングスは経営統合への交渉が始まったとされる。本レポートにおいては経営統合の影響は織り込まず、サントリーホールディングスが単独で事業を行った場合を想定する。

2. 要旨
バリュエーションの結果、理論株価は 1208円となった。これは一株当たりの純資産とくらべて約105%程度の乖離率となる。

3. 企業概要
会社名:サントリーホールディングス株式会社
設立:1921年10月
上場:未上場企業
事業概要:サントリーホールディングスは純粋持ち株会社として、グループ戦略の策定などを行う。グループの事業としては食品事業、酒類事業、その他の事業(外食事業、フィットネスクラブ、花苗の生産販売等)を営む。
経営陣:2009年3月提出の有価証券報告書より
同業であるキリンホールディングスと比べて、取締役の人数が非常に多いことが特徴となる(サントリーホールディングス:31人、キリンホールディングス:9人)。また、代表取締役の佐治氏と鳥井氏は創業者一族となる。サントリー株式会社は、2009 年2月16日付で、サントリーホールディングスの完全子会社となっている。

大株主:2009年3月提出の有価証券報告書より
創業者一族が関連する寿不動産株式会社が議決権の89.33%を保有する同族経営の会社となる。

従業員数(連結): 21,845人 (2008年12月31日時点)
事業別に見ると、食品事業が約45%、酒類事業が約30%、その他の事業が約22%の従業員を占めている。連結における従業員数は増えているものの、この割合は過去5年を通して殆ど変化がない事から、バランス良く人員を配置してきている事が伺える。また、キリンホールディングス株式会社同様、単体における平均給与は、ビール業界において高い部類に入ると言える。

・経営理念
「人と自然と響きあう」という企業理念を持ち、この企業理念を広げる為に「水と生きる SUNTORY」というコーポレートメッセージを掲げている。また、創業者である鳥井信治郎は「利益三分主義」として1/3は顧客に、1/3は社会に還元するべきという信念を持っていた。この事から同社では社会、文化活動に深い関わりを持っている。

4. ビジネスモデル
サントリーホールディングスでは、以下の3つの事業を営んでいる。過去業績分析で述べるが、食品事業が売上の5割、営業利益の8割を占める主要な事業となっている。

・社会文化活動
創業者の鳥井信治郎氏による「利益三分主義(顧客へのサービス拡大、事業の拡大、社会への還元)」という精神に則り、同社ではサントリーホール、サントリー美術館、サントリーミュージアム、サントリー音楽財団等を保有し、社会文化活動にも積極的に参加している。

・バリュードライバー
同社は同族非公開企業であり、他の一般の株主からのプレッシャーを受けない利点を生かし、長期的な視点に立った投資及びブランド戦略の構築が可能である事も同社の強みと考える。また、以下の過去業績分析で述べるような経営効率の改善を行うことができる、経営力も同社の強みの一部となる。

・競合企業の分析
競合企業の分析については、キリンホールディングスにおける競合企業の分析とほぼ重なると考える。

5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。この間ほぼ順調に売上高、営業利益及び純利益共に伸ばしている事が分かる。また、営業利益率も横ばいもしくは上昇傾向となっており、これが売上高の成長よりも営業利益の成長の方が大きい理由となる。原価率については、やや減少傾向を見る事が出来るものの、販管費率については横ばい傾向となる。
他に注目するべき点としては、過去5年を通して自己資本比率の上昇及びD/Eレシオの減少と共に、資産合計額が減少している事が挙げられる。この間、財務CFが一貫してマイナスとなっており、これは借入金及び社債償還が主な理由となる。この有利子負債返済により、実質有利子負債(借入金+社債―現金同等物)が、この5年で約1/4に減少している。
以上を踏まえると、同社ではバランスシートを小さくしつつも売上高及び営業利益を成長させている事となり、資産効率及び経営効率の改善が進んでいると考える。

事業セグメント別の売上、営業利益率について
事業別セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。食品事業の方が酒類事業よりも売上、利益共に上回っている事が見て取れる。過去5年を通して、売上、営業利益共に、各事業間における割合は、大きな変化が見られない。
食品事業の営業利益率が他の部門に比べて高い事が示すとおり、売上の段階では食品部門が約5割強を占めている物の、営業利益の段階では同部門が8割強を占める。この事から、利益について食品事業が大きく貢献している事になる。
尚、2007年12月期における酒類事業の営業利益率が0.2%と大幅に悪化しているが、これについては、戦略ブランドに積極的な販売促進費、宣伝広告費を投入した事が理由とされている。
全体的な傾向としては、各部門共に営業利益率が上昇傾向にあると見る事ができ、それぞれの部門にて経営効率が改善していると考える。

所在地セグメント別の売上、営業利益率について
所在地別セグメントを見ると、日本における売上が全体の90%近くを占めているものの、営業の成長率としてはアジア・オセニア地方が他の地域に比べて非常に大きく伸びている。一方、営業利益率を調べて見ると、大きく成長しているアジア・オセニア地域の営業利益率が低下傾向を示している一方、日本及び欧州の営業利益が伸びている。アジア・オセニア地域については、売上の大きな伸びに対して、経営改善等が追いついていない可能性を示していると考える。但し売上を大きく伸ばす過程において、一時的に利益追求よりも売上及び規模の拡大を狙うという考えもありえる。
営業利益率において、米州及び欧州が他の地域と比べて非常に高い値となっているものの、欧州地域は、売上及び利益の絶対額が全体と比較して小さい為、全体に対してはそれほど大きなインパクトを持っていない。

資本効率について
過去5年のROIC及び、各事業別、地域別資本効率は以下の表の通りとなる。事業別、地域別資本効率は、有価証券報告書のセグメント情報にある各事業、地域の営業利益からみなし税金分を引いた値を、各事業、地域に属する資本で割った値となる。尚、税率は40%として計算した。
全体的な傾向としては、負債ベースで見たROICが上昇しているこれは、有利子負債を積極的に返済している結果となる。またその結果として、事業別で見た場合、食品及び酒類事業の資本効率も高まっている。酒類事業の資本効率が他の事業と比較して小さい理由としては、酒類事業は仕込みから出荷までに時間を要する事業であることが大きな理由の一つであると考える。
所在地別資本効率を見ると、アジア・オセニア地域が横ばい、もしくはやや低下傾向にある事に比べ、他の地域はやや上昇傾向にあると言える。アジア・オセニア地域については、売上に関する分析時に述べたときと同様に、現在、成長過程にある地域である為、売上も伸びているが、それ以上もしくは同程度に資産も伸びている為となる。

ROICツリー分析
サントリーホールディングスの資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としてはキリンホールディングス株式会社の分析を行ったときと同じように、アサヒビールと、サッポロホールディングスを選択した。
ROICツリーを見ると、サントリーのROICが他社に比べて最も高くなっている。内訳としてみると、NOPLAT対売上費では、キリン、アサヒに比べて劣っている。原因としては、サントリーは売上原価率が他社に比べて低い物の、販管費率が4社の中で最も高い為、結果として営業利益の足を引っ張っている形となっている。また、投下資本回転率では、4社の中で最も高い値となる。内訳としては、運転資本回転率、固定資本回転率共に4社の中では高い部類の値となっている。これが、同社のROICが4社の中で最も高い理由となる。

6. 資本政策の分析
・配当
過去5年間は連結配当性向が12%強~18%程度となっている。具体的には、一株当たり2円~6円程度の配当を行っている。

・自社株買い
過去5年間において自己株式を取得した形跡は無い。

7. 将来動向 (シナリオの前提)
・資本コスト
株式コスト:
サントリーホールディングス株式会社は非公開企業である為、一般の投資家は同社に対して投資することはできない。しかしながら、同社の企業価値を算出するに辺り、株式コストは非常に重要なポイントとなる。そこで、割引率としては自分勝手割引率として10%を使用する。
有利子負債コスト:
有価証券報告書の社債明細によると、一部の社債について利率の明細が明示されていない所がある。その為、有利子負債コストは、キャッシュフロー計算書の支払利息と、有利子負債の額から算出する。その結果、2008年12月期における支払利息が約61億円となり、有利子負債額が約2648億円だったことから、有利子負債コストは2.31%とする。
WACC:
公開企業においてWACC計算時に用いる株主価値は時価を用いるものの、同社は非上場企業である為時価を用いる事はできない。そこで、便宜的に株主価値は貸借対照表における株主資本を用いる事とする。以上の事から、株主資本ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは6.60%となる

・売上高
同社では、決算発表時に今期の事業別の売上予想を発表している。そこで、今期についてはこの予想に従うとし、その後については以下のようなシナリオに従うとした。

食品事業:今期の売上げの伸びは3.6%とし。その後は2013年頃まで2.5%程度の成長とし、その後は緩やかに成長率が落ちていくと仮定する。

酒類事業:今期の売上げの成長は0.4%とする。その後は、1~2%程度の成長が続くと仮定する。

その他の事業:今期の売上げの成長は7.6%とする。その後は、3%程度の成長が続くと仮定する。但し、その他の事業については、売上全体の5~7%程度の売上程度の売上となる為、全体に対するインパクトはそれほど大きくない。

・営業費用(売上原価・販管費)
売上原価は、キリンホールディングス同様、原価低減の努力等は行われるが、原材料費の高騰等の可能性を考慮し、今までよりもやや高めの53%程度で推移すると仮定する。

販管費における変動費の割合は、有価証券報告書における主な販売管理費の費目から類推して、全体の75%が変動費になると仮定した。また、固定費成長率については、持株会社以降により経営効率が改善していくとし、1%程度の値とした。これにより、長期的には販管費率が低減していくと仮定する。

・減価償却費
過去の推移から、平均償却年数を9年と仮定し、その値に沿うように原価償却額を推移させた。

・設備投資
過去の推移から判断して、売上の伸びに応じた設備投資を行うと仮定する。

・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。

・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。

・実効税率
40%と仮定した。

8. バリュエーション 
上記の各シナリオを数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:1208円

9. まとめ
バリュエーションの結果、同社の理論株価は1208円となる。これは一株当たりの純資産とくらべて約105%程度の乖離率となる。同社の過去業績分析で述べたとおり、過去5年を振り返ると、有利子負債の積極的な返済を進めてバランスシートを小さくしつつも、売上、営業利益をのばし、さらに営業利益率を改善させている。これは同社における経営力を示していると考える事が出来、非常に評価できる点である。
過去業績分析から判断する今後の成長への課題としては、売上の成長が大きいアジア・オセニア地域が鍵になると考える。しかしながら同地域の営業利益率及び、所在地別で見た場合の資産効率が低下傾向にある事から、売上を伸ばしつつも、これらの指標を如何に改善していくかが課題になると考える。
また、今まで分析してきた他社と比べて役員として登録されている方の数が非常に多い点が気になるものの、過去業績分析を見る限り各指標が改善している為、役員の多さが経営に悪影響を及ぼしているようには見えない。その為、この点は同社経営陣のカルチャーの一つと考える。
同社は非公開企業であるが、決算概況、有価証券報告書、財務ハイライト等を公開するサイトを用意しており、これら資料及び、今回の分析から同社は独特の文化を持ちつつも、真っ当に経営している会社である事が見て取れる。

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