2009/07/15

株式会社東京ドーム(9681)

1. はじめに
本レポートは株式会社東京ドーム(証券コード:9681)について、投資家としての立場から同企業の企業価値評価をまとめたレポートとなる。分析に用いた各種数値については、分析時点(2009年7月中旬)における数値となっている。また、本レポートで用いている情報ソースは、同社のIRサイト、EDINET等から取得した有価証券報告書、各種決算短信レポートなどの一般からアクセス可能な情報のみからとなる。

2. 要旨
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。足下のレジャー事業は順調に推移しているものの、2007年に計上した多額の損失の処理に苦慮している現状となる。また、その影響もあり、同社には不確定な要素が多く、今まで以上に注視する必要があると考える。

3. 企業概要
会社名:株式会社東京ドーム(証券コード:9681)
設立:1936年12月
上場:1949年5月東京証券取引所上場
事業概要:東京ドームを中心としたレジャー事業及び化粧品・雑貨を扱う流通事業、その他の事業(不動産関係、金融関係etc)を行う。
経営陣:2009年4月提出の有価証券報告書より
代表取締役会長の林氏が79才、代表取締役社長の久代氏が68才という比較的高齢であるという事に加え、本田氏の59才が社内取締役における最も若い年齢となる。尚、経営陣の中で最も若い方は、社外取締役の井上氏が58才となる。この経営陣の平均年齢が高い事が、同社における経営陣の一つの特徴である。また、略歴を見る限り、社内取締役は全員同社における生え抜きである。経営陣が所有する株式は、全てを合わせても発行済み株式数の0.13%程度となり、経営陣の持つ株式が議決権に与える影響は殆ど無い。

大株主:2009年4月提出の有価証券報告書より
大株主としては、信託銀行、企業で占められており、特定の個人がいない点が特徴となる。

従業員数(連結):1,756人 (2009年1月31日時点)
2007年から2008年にかけて従業員が100人以上減少しているのは、主に2008年1月期においてゴルフ・リゾート事業から撤退している事が原因と考える。厚生労働省による平成20年賃金事情等総合調査(http://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/chingin/08/chingin.html)によると、資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業における平均勤続年数は17.9年となる。この事から同社における平均勤続年数は、ほぼ一般的な値であると考える。また、年収ラボのレジャー業界別業界年収ランキング(http://nensyu-labo.com/gyousyu_reja.htm)によると、2008年時点では45社中13番目に高い平均給与となっている。

・経営理念
「私たちは、人とひととのふれあいを通して、お客様と『感動』を共有し、豊かな社会の実現に貢献します」を経営理念に、都市型レジャーを追い求め続けることを社会的な使命としている。

4. ビジネスモデル
株式会社東京ドームでは、以下の4つの事業を営んでいる。過去業績分析で詳しく述べるが、レジャー事業が売上の約85%、利益の約90%を占め、同社における主要な事業となっている。

・バリュードライバー
東京都文京区という立地の良い場所に、東京ドーム、東京ドームホテル、ラクーア、後楽園ホール、ミーツポート等の商業施設を集中させ、魅力的な施設を提供している事が同社の価値の源泉である。
また、消費者に対して魅力的な施設であり続ける為に、施設のリニューアル、新規テナント等の開発等も継続して行う必要があり、その為の企画力、設備投資を行う為の資金力についても大きなポイントになると考える。

以下の表は、過去5年における各事業の資本的支出額の推移となる。この表を見ると、レジャー事業関連の支出がと出しており、かつ支出額も大きく伸びている事が分かる。この事から、同社において東京ドームシティ(TDC)を中心とするレジャー事業に力を入れている事が見て取れる。

・競合企業の分析
遊園地、商業施設として同様の事業を営む上場企業としては、東京ディズニーリゾートを運円するオリエンタルランド、ユニバーサルスタジオジャパンを運営する株式会社ユー・エス・ジェイ等が挙げられる。また、事業そのものに対する競合としては、各種テーマパーク、大規模ショッピングセンターなどの各種商業施設が考えられる。

5. 過去業績分析
過去五年間の主な指標は以下のテーブルの通りとなる。目立つところとしては2007年1月期に売上の約90%に相当する純赤字を計上しており、同時に流動比率も同期から大幅に悪化している事が見て取れる。流動資産、流動負債の内訳を詳しく見ると、流動比率が大幅に悪化した原因として、ファイナンス事業撤退による営業貸付金が2007年1月期より計上されなくなった事が主な原因である。2006年1月期において、営業貸付金は流動資産の約77%を占めていた事もあり、営業貸付金が計上されなくなった事のインパクトは非常に大きい。また、2008年1月期における現金の残高は、1年以内返済長期負債と短期借入金の合計額の約19%程度、2009年1月期は約23%程度となっている。この事から、これらの負債の借り換え及び、負債額の減少は非常に大きな課題と考える。一方、同社のビジネスは、消費者を直接顧客にしている事から、売上=現金収入が見込めるという利点がある。これは、2009年1月期において、売掛金回収期間が12日である事からも見て取れる。しかしながら総じて流動比率の改善は同社における大きな課題であると考える。
営業利益に関してみると、ファイナンス事業から撤退した2007年1月期以降、原価率は、76%~78%と安定して推移しているものの、ここ3年ほどやや悪化傾向ではある。また、販管費率は直近の値で1.9%となっているが、これは負ののれんの償却による効果が大きい。尚、同社の連結損益計算書では負ののれんは営業外収益となっているが、FCFに対して正のインパクトがある事から、ここでは負ののれんを販管費に組み入れて計算している。負ののれんの償却は2010年1月期をもって完了する見込みの為、2011年1月期以降より販管費率が上昇すると可能性が高い。なお、このことにより直近の値では営業利益率は20%弱となる。以上の事から財務上において大きな問題があるものの、足下の事業においては、しっかりと利益を確保している事が分かる。
(注:営業利益については、FCF算出用に科目を一部再構成しているため、有価証券報告書の値とは異なる。)


セグメント別の売上、営業利益率について
セグメント別の売上、営業利益については以下の通りとなる。売上については、各セグメント共に総じて横ばいとなっている。営業利益についてみると、レジャー事業が全体の90%以上の営業利益を常に稼ぎ出す体質となっている。また、営業利益率においてもレジャー事業が20%強と最も高い割合となる。また、その他事業の営業利益率が2008年以降急上昇しているのは、2007年における金融事業撤退にからみ、それまでファイナンス事業に属していたリース事業がその他の事業に含まれるようになったことが影響している為となる。

資本効率について
過去5年のROICは以下の表の通りとなる。同社のレジャー事業は、設備産業とも考える事が出来る。これは2009年1月期において、有形固定資産が全資産の80%弱に相当する事からも見て取れる。ROICが低いことから、同社において加重平均資本コスト(WACC)がROICよりも下回る為には、有利子負債を使った財務レバレッジによるWACCを低減させる事が必須である事が分かる。また、同社の有価証券報告書におけるセグメント情報から、各事業における資産及び、営業利益から、各事業のおけるROICを推計したところ、以下の通りとなった。それぞれ事業が違うにも関わらず、ROICはほぼ同じ値となっている。

ROICツリー分析
東京ドーム社の資本効率を同業他社と比較する為にROICツリー分析を行った。比較対象としては、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド(OLC)と、ユニバーサルスタジオジャパンを運営するユー・エス・ジェー(USJ)した。尚、2009年7月13日において、株式会社東京ドームの時価総額は、約555億円、OLCは約5800億円、USJは約1060億円となる。
ROICツリーによると、東京ドームは3社の中で最も低いROICとなる一方、営業利益率は最も高くなっている。これは、同社の販管費率が特に低いことが理由となる。また、投下資本回転率側を見ると、運転資本回転率、固定資産回転率共に東京ドーム社が最も低い値となる。特に固定資産はボリュームが大きいこともあり、これが3社において同社のROICが最も低い理由になっていると考える。
また、3社共に共通する項目として、固定資産回転率が低い事がある。これは、テーマパーク及び商業施設ビジネスは、初期に設備投資を行って固定資産を保有した後に、その投資の回収を数年にわたって行うというビジネス形態となっている為となる。

6. 資本政策の分析

・配当
固定資産に関する大幅な減損を計上した2007年を除いて、ここ数年は一株当たり5円の配当を行っている。尚、直近の決算において、配当性向は約14%となる。

・自社株買い
2009年1月31日現在において、709,019株(発行済み株式の約0.3%)の自己株式を所有している。これらの自己株式は2007年以降に取得されているものの、株主総会、取締役会の決議による取得ではなく、単元株未満の買い取り請求による取得によるものと思われる。
その為、同社による自発的な自社株買いを行っている形跡はない。


7. 将来動向 (シナリオの前提)

・資本コスト
株式コスト:自分勝手割引率として12.5%を使用。流動比率の低さ及び有利子負債の大きさを鑑みて、高めの株主コストを設定する。
有利子負債コスト:社債及び、各種借入金の平均利率1.83%
WACC:
時価ベースでみた株式コストと、有利子負債コストの加重平均をとった結果、WACCは4.25%となる。尚、2009年1月期においてにおいて同社の実効税率は1.8%となっており、現時点において有利子負債のタックスシールドによる税効果コストは殆ど効かない。

・売上高
レジャー事業:ミーツポート開業の効果及び、ジオポリスのリニューアル、温泉施設の運営受託事業等により、2012年までレジャー事業全体として7%程度の成長を見込む。また、その後は0.5%程度の成長に落ち着くと仮定した。

流通事業:今期、ショップインについては出店3、退店1を予定しており、トータルで2店舗の増加を予定している。そこで、売上については今期5%程度の成長を仮定。その後は出店計画が未定なので横ばいとした。

その他の事業:その他の事業については、ここ数年減少稽古ではある。そこで、情報が少ないことと、全体に与えるインパクトも小さいことから、売上については今後も-1%程度のマイナス成長となると仮定。


・営業費用(売上原価・販管費)
2009年1月期の決算資料を見ると、売上高が0.8%程度増加しているにも関わらず、営業利益が13%程度減少している。この理由をIRに伺ったところ、メジャーリーグ、プロ野球(日本シリーズ、クライマックスシリーズ)等の野球関連の興業が無い為、これらが原価率の上昇に寄与している事に加え、新ジオポリス等減価償却も影響しているとの回答を頂いた。
そこで、今後の見通しとしては、売上原価率は保守的に見積もる為に今までよりはやや高め80%前半で推移すると仮定する。

販売管理費については、2010年で負ののれんの償却が終わる事から、2010年より販管費が高くなる事が予想される。また、新ジオポリスなどの減価償却も始まる事から、販管費については、売上の3%後半から4%半ば程度で推移すると仮定した。

・減価償却費
2010年1月期の減価償却は、同社見込みの82億円を用いる。2011年もジオポリス、ミートポーツの減価償却があるので同程度で推移するとし、さらにその翌年以降は減価償却が落ち着くと見込む。

・設備投資
2010年1月期の設備投資は、同社見込みの88億円を用いる。現時点では、特段新たな設備投資に付いての発表が無いが、今後も施設更新等の維持管理がある為、75億円程度の設備投資額を行うと仮定する。

・長期成長率
長期成長率は0.0%を仮定する。

・非事業用資産
非事業用資産は保持していない。

・実効税率
2007年に計上した多額の評価損及び、負ののれん償却に絡み、2009年1月期の実効税率は1.76%となる。また、負ののれんの償却は2010年1月期で修了する事から、2011年1月期以降の実効税率は、負ののれん償却分を除いた19%になると仮定した。

・特別損失/特別利益
同社は2009年1月期末において約200億円に上る有価証券を保有している。日経平均の水準は、2009 年1月末と比べて現時点(2009年7月15日)の方が上回っている。今後の株価の水準によっては有価証券評価益、有価証券評価損が発生する可能性があるが、今回のバリュエーションではそれらについては織り込まない。

8. バリュエーション 
2009年7月15日の株価295円
売上高等の各種予想を数値に落とし込んだ結果、理論株価は以下のようになった。
理論株価:328円 乖離11%

9. IR関連
同社のIRに対して、資本コスト、資本政策及び将来動向に関する質問を直接電話で伺ったところ、レスポンスの良い回答を頂いた。また、その場で回答を頂けなかった質問についても、翌日にメールにて回答を頂いた。以上の事から、IRのレスポンスは非常に良いと考える。投資決定の際の資本コスト、ハードルレートについては、ホテル、スパ、レジャー施設毎に投資額、投資リスクの内容の質が異なる為事業毎に設定しているとの回答。また、設備投資、減価償却については、今後も引き続き施設等への投資計画があるものの、現時点の計画では、2009年1月期と同レベルではないものの、一定のレベルで設備投資をしていくとの事。また、現時点で同社では有利子負債の削減を積極的に進めているが、将来的なD/Eレシオについても一定の数値目標があるとの回答を頂いた。

10. まとめ
株価 295円(2009年7月10日終値)に対し、理論株価は 328 円となり乖離率は11%となる。但し、以下に述べるように同社の現状は、不確実な要素が多く、各要素の推移によって理論株価が大きくぶれる可能性今まで以上に大きい。尚、同社の株価は2008年のリーマンショックにより大きく下げている。現時点ではその後も大きな回復はない。これはレジャー事業が景気動向に左右されやすいという事を表すと考えるが、一方、同社の立地条件は安近短に合致する事もあり、一概に不景気がマイナスに左右するとは言い切れない。しかしながら、同社のIRによると、ホテル事業について海外からの顧客数が減じているという影響がある模様。

2007年に計上した評価損等の影響により、2009年1月期において、同社は約160億円に上る繰延税金資産を有する。これは同期における売上の18%程度に上る。これにより、当面同社は税負担が通常に比べ小さくなる可能性が高い。これは今期における同社の実効税率が1.76%になっている事からも見て取れる。また、2007年1月期以降、特別損失として、トータルで約900億円に上る特別損失を計上している。2009年1月期の決算報告資料によると、2010年1月期以降は有価証券評価損等の特別損失を見込んではいない為今回のバリュエーションには織り込んでいない。しかしながら以上のような要素をバリュエーション結果にどう織り込むかは非常に難しい問題となる。

また、特別損失等を考慮しない本業の状況を見ると、収益柱であるレジャー事業における営業利益率が過去数年平均して20%を超えており順調である事が伺える。これは同社の立地の良さ及び各種商業施設における企画が成功を収めている為と考える。

足下における同社の課題は、有価証券報告書等にも明記されているように有利子負債の削減及び、流動比率の改善である。特に1年以内に償還予定の社債と短期借入金を合わせると、現金の4倍近くの値になり、これらの対応は非常に重要であると考える。また、有利子負債が多い事から今後の金利動向にも注意が必要である。

一方、同社のビジネスは設備産業型のビジネスであり、投下資本回転率は低くなる。これはROICツリー分析で述べたように、他の競合企業もROICが一桁パーセントの前半である事からも見て取れる。その為、投資家(株主)へのリターンをあげる為には、ある一定の財務レバレッジを効かす事によるWACCの低減が必須であると考える。どの程度のD/E比率が最適化は難しい問題ではあるが、財務レバレッジの必要性については考慮しておきたい。また、同社は固定資産回転率が他の2社に比べて半分以下の値となっており、これが同社の営業利益率が高いにも関わらずROICが低い原因となる。よって、固定資産回転率の向上も今後の課題と考える。

以上の事から、同社の現状は過去の遺産の処理に苦慮しつつも足下のビジネスは堅調であると判断する。現時点においては、実効税率の問題、有利子負債の問題及び特別損失の問題について今後がやや不透明であるため、これらの問題の目処が付いてから投資するという判断もあり得るし、これらの不透明な点を各種成長率、割引率に織り込んだ上で改めて投資判断を行うという手もあると考える。

0 件のコメント:

コメントを投稿